第22話

 案内されたのは、一つの部屋だった。そのとびらは、板チョコみたいな模様があり、ちょっと豪華そう。


 そのまわりには、槍を手にしたヘビ人間が直立不動で立っている。まるで、警察署の前に立っている警察官のよう。


 中に入れば、洞窟どうくつとは思えないほどにきらびやかな装飾が施されている。床には、絨毯じゅうたんが敷かれており、壁の鍾乳石しょうにゅうせきを覆い隠すように、アラベスク文様のような布がひかれていた。


 奥には、椅子がある。


 そこに座っているのは、やはりヘビ人間だ。


 そのヘビ人間には、他の個体とくらべて、オーラがあった。ただならない雰囲気に思わず息がもれた。


 それは、わたしたちを睥睨へいげいするエメラルドの瞳のせいなのか、首元や手首を彩る黄金の装飾品がそうさせるのかはわからない。


 ただ、胸に畏敬いけいの念が湧き上がってくるのを止められなかった。例えるなら、たいへんな思いをして登ってきた山から景色を眺めたときみたいな感じだ。


「よく来た」


 女王様と呼ばれていたヘビ人間が口を開いた。


「わらわは、リンカロスという」


「……ヘビ人間が何の用ですか」


 そう言ったプリンちゃんは、椅子にゆったりと腰かけるリンカロスを睨んでいた。ヘビ人間に思うところでもあるんだろうか。


 リンカロスは悠然ゆうぜんと笑い、


「海岸に倒れていたところを助けたのは、わらわの部下じゃぞ。そのような言い方をするのはいかがなものかな」


「……恩着おんきせがましい」


「あ、ありがとうございます?」


「不愛想じゃのう。たいして、そこの人間は愛想がいいようじゃ。そちの名は?」


「現川みのりっていいます」


「みのりか……夢の名ドリーム・ネームは?」


 夢の名? はじめて聞く単語に、困惑する。わたしは現川みのりという名前しかない。あとは友達が名づけてくれた「みーちゃん」ってあだなくらい。


「わたしが『プリンセス』って呼ばれているような感じで、夢見人にはこの世界の名前が与えられるのです」


「あるいは<ドリーム・オブ・ヒーロー>のように」


 誰か知らない名前だけれど「ヒーロー」なんてついている人が、ただものであるわけがない。


 ふむ、とリンカロスはちろりと唇をなめて、わたしのことを見てきた。


「おぬしはかの有名な夢見人とも違うようじゃ。どちらかといえば、カーターに似ておる」


「なるほど」


 そう言ったのはプリンちゃんだった。


「あの偉大な夢見人と同じように、みのりもまた生身でやってきていますからね」


「ふむ、なんという幸運。そのような存在と巡り合うとは」


 うんうんとリンカロスが頷いている。なにが幸運なのかよくわからなかった。


 プリンちゃんが、盛大にため息をついた。


「なぜ、ワタシたちをところに?」


「それはだな、おぬしらが浜辺に打ちあがっていたゆえ、助けてやろうと思ってな」


「武器を没収しておいて?」


 意味ありげにリンカロスが笑えば、プリンちゃんのかわいらしい眉間にしわがよった。


「おぬしらが危険な人間かもしれぬからの」


「しらじらしいことを言わないでください。どうせ、はなからワタシたちを捕まえるつもりだったのでしょう?」


「ねえねえ。なんでそんなにツンケンしてるの……」


「ツンケンなどしていませんが、このヘビ人間という種族は、邪神を崇拝すうはいしており、なんど覚醒の世界を揺るがしたかわかりません」


「邪神というのは心外じゃな。おぬしらの信じる神とは違うというだけではないか」


 リンカロスの、ヘビのような細い瞳孔どうこうが一層細くなる。刺すような視線が、四方八方から、プリンちゃんへ殺到さっとうする。


「その神様って……?」


「ああ、おぬしはドリームランドに来たのがはじめてなのか。わらわたちはイグという神を信仰しておる」


「ツァトゥグァじゃないの」


 その舌を噛み切ってしまいそうな名を、プリンちゃんが発した途端、ヘビ人間たちが騒然そうぜんとしはじめた。


 まるで、その名前に力があって、それを嫌悪し、忌避きひしているかのように。


 ざわざわとした空気を沈めたのは、リンカロスの一言であった。


静粛せいしゅくに」


 そのハスキーな一声が、浮ついたヘビ人間たちに、冷水を浴びせかけ、その瞳に浮かんでいた恐怖を覚ましていった。


 それから、リンカロスの目は、プリンちゃんを向いた。


「その神の名を軽々けいけいに口にしてはいただかないでもらいたい。部下がおびえるからな」


「……すみませんでした」


「いや、わかってもらえればいいのじゃ」


 と、リンカロスの刃のような空気が霧散むさんしていく。和やかな空気が広場に戻ってきて、わたしはホッと息をつく。


「あなたたちは、かの神を信仰していないのですか」


「もちろんじゃ。わらわたちはヘビから生まれた身、どうして大いなる父を信仰せずにいられるだろうか」


 大いなる父というのが、さっき言っていてイグって神様のことだ。


 じゃあ、さっきプリンちゃんが言っていた神様ってなんなんだろう。


 というか、この夢の世界とやらには、神様がいすぎてなにがなんだかわからなくなってきた。


「魔法使いよ、おぬしは邪教に身をやつした者たちのことを知っておるのか」


「まあ……ちょっとは」


「では話が早い。おぬしたちを運んできた甲斐があったというものじゃ」


「どういうこと?」


 夢の世界初体験のわたしは、二人の会話にすっかり置いてきぼりになっていた。ちょっと仲間外れになっている感じがして、そうたずねてみる。


「それを今から説明しよう。じゃが、やってもらいたいことがある、とだけは言っておこうかの」

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