第20話

 それが夢だとわかったのは、樽に乗り込む前に見たイカがくねくねしていたから。


 超巨大なイカは、触手をなまめかしく動かしながら、真っ暗闇を漂っている。


 わたしはそれを見ている。見ている間にわたしの横を通り過ぎていったイカは、ちいさくなって消えていく。


 ――わたしが沈んでるんだ。


 泡が下から上へとのぼっていく。ここが海なんだとしたら、って話だけど。


 海だって思ってあたりを観察すれば、単なる暗闇じゃない。ほんのりネイビーがかっている。


 はるか頭上には光がある。


 わたしは落ち続ける。


 落ちる。


 落ちる。


 果てしない夢の底へ。


 下の方にぼんやりと影が見えてくる。その巨大な影は、タコのような触手を持つ巨大生物だってことはわかった。


 それは無数の触手をだらりと下げ、瞑想する人のようにかすかにしか動かない。


 その巨大生物が、どのような形をしているのかよくよく見ようとしたところで、わたしの意識は覚醒した。






 目を覚ました瞬間に感じたのは、熱っぽいような痛みだった。


 全身がだるい。


 わたしはぼんやりとしていた。先ほどまで見ていた、謎の夢を、体が忘れようとしているみたいに。


 少しすると、ぼんやりとかすみがかった恐怖も和らいだ。よくわからない沈むだけの夢のことも忘れてしまって、


「助かったんだ」


 そんな実感がこみあげてきた。


 しかし、ここはどこだろう――わたしが目を覚ましたのは、知らない部屋だった。


 その部屋は、狭いしボロボロで最悪だった。広さ的には四畳半ほどしかない。部屋というよりかは天然の洞窟に扉をつけましたといった風で、壁は鍾乳石のようにつるつるしている。床も似たような感じだ。


 ところどころ、ちいさな穴が開いている分厚い木製の扉には、カギがかかっている。


 なにより、部屋の大部分を占めるベッド二つ。その上には、プリンちゃんが横たわっていた。


「プリンちゃん!」


 わたしはベッドから跳ね起きて、プリンちゃんの顔を覗きこむ。……呼吸はしているし、胸も上下している。


 生きている。


「よかった」


 わたしたち、生きてるんだ。


 胸の奥底から湧き上がってくる感慨にひたっていれば、プリンちゃんのちいさな体が身じろぎする。


 その目がぱちりと開いて、目が合った。


「なにをしているのですか……?」


 なんといえばよかったのか、わたしは言葉が見つからなくて、プリンちゃんに抱きついた。


 プリンちゃんは、困惑したように硬直していた。

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