第18話

 その渦は、霞に覆われていてもわかるほどに、巨大だった。


 パッと見た感じでも、ウツロブネよりもはるかに大きいってことが比べるまでもなくわかるほど。あの大渦に比べたら、この船はおもちゃみたいだ。


「いつの間に」


「レンの住人たちとの戦闘で、かなり流されてしまった。それで、メイルストロームおおうずに巻き込まれた」


「なにそれ」


「世界の底までつながっているという大渦のことで、月が最接近した際に現れるという言い伝えがヴァクワク島にはあるのです」


「本当にあるのとは……」


「思いませんでしたよ。漁師だって、こんなところへは近寄りませんから」


「じゃあ、この雨と風は」


「そこで待ち構えているという神様のしわざでしょうか」


 わたしは、ブラックホールみたいにまっくろな渦の中心を見つめる。


 海の水は、闇のなかへと吸いこまれていく。まるで、お風呂の栓を抜いてしまったみたいに。


 そんなすり鉢状の流れへと、ウツロブネも吸いこまれていく。


 あれだけ激しかった波だって、とうの昔になくなっている。海の流れは、大渦の中心へとウォータースライダーのように向かっていたから。


 船は、流れに乗って、渦の中心へと落ちていく……。


 空がますます暗くなる。円を描く波が、せりあがっていくようにさえ感じられた。実際には、わたしたちの船が下降していっているんだ。


 わたしはプリンちゃんを見た。彼女は、降りそそぐ雨と塩っ辛いしぶきでびしょ濡れだった。わたしも似たようなものだろうけど。


「これからどうするの」


 プリンちゃんがためらいがちに首を振った。


「この渦に巻き込まれて無事だったという話を聞いたことがありません」


「そんなことって……」


 わたしの言葉に、プリンちゃんはやっぱり首を振った。


 このままだと、わたしたちは渦に飲みこまれて、その下にいるっている神様の餌食えじきになる。


「まだ、なんとかなるはず」


 そう思って、こぶしを握りしめてはみたものの、何か打開策があるわけでもない。


 周囲には海の壁が渦巻いている。それを上っていくのは、ジェットエンジンでもなければムリそう。


 わたしは手すりに沿って、うように船首の方へ。


 船首からは、真下にそなえ付けられた女神像の後ろ髪が見える。彼女が指し示すような指先の向こうに、渦の中心があった。


 最初、そこには闇しかないと思っていた。だが、それは闇などではない。


 泡だつマリンブルーの向こうに、きらめくものが見えた。それは、刺すような人工的なものではなく、ホタルイカをはじめとした生物が発する儚げなものでもなかった。


「星の光……」


 そう、渦の向こうの闇に浮かぶ光はすべて、星の光だった。無限に広がりつづける宇宙という荒野がどこまでもどこまでも広がっていたのだ。


 頭上には、どんよりとした雲が覆いかぶさっている。


 そして、海。


 なのに、足元には宇宙があった。


 宇宙には、巨大な生命体が横たわっていた。

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