第17話

 わたしに槍を回避され、ぴょんぴょん飛びまわって地団駄じだんだ踏んでいたムーンビーストの上に、ぴちゃんとしずくが落ちる。


 それが雨乞あまごいの儀式となったかのように、雨が降りはじめた。そのいきおいたるや、巨人専用のシャワーが動いているかのような、強烈な勢いで。


 わたしとプリンちゃんはものの数秒で、びっしょびしょのぬれねずみと化した。


 見上げれば、マシンガンのごとく降り注ぐ雨粒。はるか上空には、不吉なほどに真っ黒な雲が浮かんでいた。


「いつの間に」


「あいつらが呼び寄せた……?」


 天を睨みつけるようにしながら、プリンちゃんが言った。


 分厚い雲の向こうには、何も見えない。青空も、太陽も。でもプリンちゃんはそういうものを探しているようでもなかった。


 見えない――それこそ神様を探しているみたいで。


「これも神様がやったことかもしれないってこと?」


「天気を操る神様はいます。ムーンビーストが信仰しているとは聞いたことがないですけど」


 そんな話をしている間に、雨は横殴りのものへ変わってきた。吹きつける風は勢いを増し、帆がパンパンにふくらむ。柱がギシギシと軋むほどに、風は強かった。


 ゴウゴウという暴風だけではなく、海も荒れてきた。波は強くなり、船は山を乗り越えるみたいにぐらりぐらりと揺れた。


 風もあるせいで、立っていることさえ難しい。


「す、すごい大荒れ……」


「落ちたら助けられませんからね!」


「え、なんて!?」


 隣にいるプリンちゃんの声が聞こえないほど、今の風雨は激しい。


 そんな中で、戦っていた船員とレンの住人たちは互いに戸惑っているようであった。今ではもう、戦うどころじゃない。だれもかれもが手近なものにしがみついて、船から落っことされないようにしていた。


 それを見て、ムーンビーストは苛立たし気に空を睨みつけたかと思えば、どこからともなくとりだした槍を空へとほうり投げた。


 モンスターの力で雲へと飛翔する槍。


 そこに、稲光が落ちた。槍を退けるかのように。それどころか、槍はバチバチと帯電しながら、ムーンビーストへと落下し、その体を上から下まで貫いた。


 ぶよぶよ筋肉は黒焦げとなり、その巨体は香ばしい鶏肉のような香りを漂わせながら、動かなくなった。


「ムーンビーストのしわざじゃないみたいだね」


「だとしたら、本当に神様のしわざ」


 大声で叫びかえしたわたしの前で、黒いガレー船とウツロブネとをつないでいたロープがブチリと切れた。


 二つの船が瞬く間に離れていく。ウツロブネにいたレンの住人たちは弾かれるようにして、向こうの船へと飛び乗っていく。何人かは荒波の中へと消えていき、その船の姿もまた、雨のカーテンの向こうへと溶けていった。


「やっといなくなった」


 安堵したわたしを見てなのか、プリンちゃんが首を振った。


「いや、問題はここからです。もしかりに相手が神様に間違いないのだとしたら――」


 船の中央から、声が上がる。波の音、風の音よりも大きな、絶叫にも近い声は、海を見るように言っていた。


 わたしたちもまた、海を見る。


 波間の向こうに、大きな渦があった。

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