第15話

 爆発がした方へと向かえば、もくもく黒煙が上がっていた。


 焦げるような香り、灰まじりの煙の中から、ヒトが出てくる。


 プリンちゃんだ。


 向こうはこっちを見つけるなり、ススで黒くなった頬をふくらませて、


「みのるがどうしてここに。危ないって言ったじゃない!」


「だって心配で」


 プリンちゃんの目が、わたしが持っているハクナギノツルギを見た。


「別に、ワタシは大丈夫です。自分の心配でもしたらいかがですか」


「プリンちゃんに何ができるっていうのさ」


 わたしはプリンちゃんを上から下まで見る。魔法使いの格好をしているからって、女の子じゃないか。


「できますとも。ワタシにはあなたには不可能な夢見ができますし」


「ものが呼び出せるだけじゃん」


「魔術だって使えますので」


 プリンちゃんが何事か――人語とはとても思えない言葉を――早口で言えば、手のひらのうえで火が舞った。


「火の神様の力があれば、この通り」


「うわっずるい。教えてよ」


「いやです」


「ええーなんで」


「……あなたは神様を敬おうとはしなさそうだから」


「するかもしれないじゃん!」


 わたしはプリンちゃんに、その魔術とやらを教えてもらおうと、何度もお願いしたけれども、結局教えてはくれなかった。


 まあ、教えられていても、とっさに使えるかなんてわからないんだけど。


 ――急に船が大きく揺れる。


 わたしとプリンちゃんはとっさに手近なものをつかむ。煙の中にあったのだろう、黒焦げの物体――たぶんプリンちゃんが成敗したショゴス――が、半壊した手すりを潜りぬけて、海面へばしゃんと落ちていった。


「もう追いついたの!?」


 驚愕の声を上げたプリンちゃん。彼女が見ている方を、わたしも向いた。


 今まさに黒いガレー船が、虚船に横付けしたのだ。






 船員たちはやっとのことでショゴスを撃退したところだった。そんなところに、レンの住人たちだ。泣きっ面に蜂とはこのことだ。


 黒いガレー船の上には、いくつかのリーダーっぽいレンの住人がいて、その隣には、よくわからない動物がいた。


 それを動物というのは、動物という存在の冒涜になるのかもしれない。でも、あのショゴスとかいうスライムもどきよりかは、わたしたちの生命に近しいものがあった。


 筋肉質の体はカエルのようにまるまっていて、ヌルヌルのテカテカ。だというのに、顔のあるべきところには、ヒトデのようなかたちをしたピンクの触手が貼りついている。


 うねうねとうごめく触手はなんだかコミカルでさえあった。――小さな手に握られた、まがまがしくも原始的な槍がなければ。


「ムーンビースト――」


 と、プリンちゃんが身震いして呟いた。月にいるケモノってことなんだろうか。


 あんなので月がいっぱいなんだとしたら、金輪際、月を見上げてダンゴなんか食べたりしたくない。


 その月からやってきたらしい化け物は、何をするわけでもなく、こちらを見ていた。時折、びたんびたんと隣の男を叩いていた。レンの男は苦しそうにしながらも、苦笑いを浮かべていた。


「会社から電話がかかってきたお父さんみたい」


「言ってる場合ですか! なんとかしないと……」


 ああでもないこーでもないとつぶやきながら、プリンちゃんは考えこんでいる。


 そんな彼女の背後から、いかにも海賊という風体の男が、中華包丁みたいに大きな刃をした剣を振りかざしやってきてくる。


 真後ろまでやってきても、プリンちゃんは気がついてない。


「あぶない!」


 わたしは、プリンちゃんを押しのけ前にで、ギラリと輝く凶刃をハクナギノツルギで受け止める。


 硬いものと硬いものとがぶつかって、火花を散らす。


 相手の力はびっくりするほど強い。剣を持っていた両の手がジーンとしびれる。それは相手も同じだったようで、わたしと同じようにしびれた手を振っていた。


 ニコッと笑う。相手も、ぎこちない笑みを浮かべた。


「ヒトを切ろうとしたくせに、なに笑ってるんだ!」


 わたしは男の腹を思いっきり蹴っ飛ばす。くの字に折れ曲がったからだは、枯れ木のように軽く、たやすく吹き飛んでいった。


 ふう、と自然に息が漏れる。


「なにするのですか……!」


 声の方を見れば、プリンちゃんが頭を振っていた。押しのけた際に、頭をぶつけちゃったのかもしれない。


「ごめん。でも、プリンちゃんを守ろうとしたの」


「別に守らなくてもいいです。防御魔術はかけてますので」


 自分の心配でもしていてください、といって、プリンちゃんが言った。


 そんな言い方しなくてもいいじゃん……。

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