第13話

 そうやって、二人して海を眺めていると、水平線の向こうから、黒っぽいなにかが上ってくるのが見えた。それは最初、鳥かなにかだとおもったが、次第に船だということがわかった。


「あれ、船だよね?」


「ええ。それも黒いガレー船」


 つぶやいたプリンちゃんの声音は、どことなくこわばっていた。


「知ってるの?」


「王様を狙ったやつらが使用している船です。月からやってくるとか」


 言われて、空の透明な月を探す。あった。青空に浮かぶ月は、不気味なほど真ん丸だ。


 今日は満月らしい。


「マズいですね、先日襲ってきたやつらと何か関係があるでしょう。見つからないうちに方向を変えなければ――」


 プリンちゃんの言葉をさえぎるように、絶叫がとどろいた。


「今のは」


「船首のほうからですね」


 わたしたちは顔を見合わせ、そして駆け出した。




 船首は、阿鼻叫喚あびきょうかんと化していた。


 船員は逃げまどい、和やかだった雰囲気は、今はもうない。


 中央のあたりには、ヒトが人形のように転がっている。


 そう、ニンギョウだ。人間の手足がバラバラになるなんてこと、あるはずがない。飛び散った四肢は絵の具のような赤い液体にひたって動かない。


 その近くには、軟体生物がいた。


 それを言葉で形容するのはむずかしい。油のようないろをしたその生き物は、絶えず変化するスライムのような見た目をしていた。


 そいつには意識があった。わたしたちに対する、強い殺意。


 そいつらは、船体を器用に上ってきて、甲板へと上がってくる。


 次から次へと。


 その一体と目が合った。トンボのような無数の目、そのすべてがわたしを捉えた――。


 テケリリ! テケリリ!


 そんな鳴き声にも似た音が、彼らのからだから吹きあがる。その鳴き声は、昔読んだエドガー・アラン・ポーの小説に登場する奇妙な鳥類のもののようで。


 ――興味がわいてきた。


「みのり!」


 ぎゅっと腕を引かれて、わたしは我に返った。


「キケンです、下がって」


「でも――」


 意識は今なお、あのグニグニ飛び跳ね、船とニンゲンとを粉々にするあの怪物を向いていた。見たくもないと思っているのに、見てしまう。


「いいから!」


 プリンちゃんが、思いのほか強い力で引っ張る。扉を乱暴に開け、武装した船員たちの間をすり抜けて、わたしの船室まで歩いていく。


「いいですか」


 船室の扉を閉めたプリンちゃんは、ローブの下から杖を取りだしながら言った。


「絶対にここを出ないでください」


 わたしは困惑しながらうなづいていた。頭の中では、あの奇妙な生物が、ぴょんぴょん跳ねている。そんな姿を嫌悪している自分と、かわいいとさえ思っている自分がいた。


 なにがなんだかよくわからないままに、プリンちゃんがまくしたててくる。


 あの化け物はショゴスといって、原始的ながらも非常に強力な存在。おそらくはあの黒いガレー船からやってきた先発隊だろう、と。


 わたしはよくわからないなりに頷いていた。それくらいしかできなかった。


「ワタシが戻ってくるまでここで待っていてくださいね」


 そう言って、プリンちゃんは出ていった。


 わたしは小さな足音が去っていくのを耳にしながら、ぼんやりとしていた。


 船がぐらりと揺れる。なにかあったんだろうか、わからないけれども、その拍子に壁に立てかけていた剣が足元へと転がってくる。


 その剣を手に取った瞬間、頭の中で。


 キーン。


 鈴の音が鳴りひびいた。


 ぼんやりとしたものが、サッと晴れていく。


「いかなきゃ」


 あのショゴスとかいう化け物を見に行くためではない。


 プリンちゃんや船員たちを助けるために。

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