第11話

 ざぶんざぶん。


 そんな波音が、どこか遠くのことのように聞こえる。


 頭がグワングワンする。波音に合わせて、自分だけじゃなくて世界までもが大きく揺れるような感覚がした。


 ゆらりゆらり。そのたびに、吐き気がこみあげてくる。


 まるい窓から差し込んでくる日の光が、眠っているベッドに差し込んできてうっとおしい。木の隙間からしみこんでくる潮の香りがわずらわしい。


 喉がイガイガヒリヒリする。すっぱいものがまだこびりついているような気がして、ホースでもつっこんで洗おうかとも思う。


 そのかわりに水を飲んだ。


「うえっぷ」


 次の瞬間には、胃の中のすべてのものプラス飲んだ水を、ベッドの下へ吐いていた。


 船酔い。


 わたしは盛大に船酔っていた。船が遊園地のアトラクションみたいに動くたびに、胃がムカムカした。


 ベッドのしたのバケツがちゃぽんと音を立てる。胃液のなんともいえない、すっぱい香りがした。


「……気持ち悪い」


 ここ何日かは、こうしてベッドに横になっている。確か出航したのが1週間前だから、船酔いになっちゃったのは……うん、考えるのはよそう、また吐いちゃいそうだし。

 ざぶんざぶん。


 そんな波音が、どこか遠くのことのように聞こえる。


 頭がグワングワンする。波音に合わせて、自分だけじゃなくて世界までもが大きく揺れるような感覚がした。


 ゆらりゆらり。


 そのたびに、吐き気がこみあげてくる。


 まるい窓から差し込んでくる日の光が、眠っているベッドに差し込んできてうっとおしい。木


 の隙間からしみこんでくる潮の香りがわずらわしい。


 喉がイガイガヒリヒリする。すっぱいものがまだこびりついているような気がして、ホースでもつっこんで洗おうかとも思う。


 そのかわりに水を飲んだ。


「うえっぷ」


 次の瞬間には、飲んだ水をベッドの下へ吐いていた。


 船酔い。


 わたしは盛大に船酔っていた。船が遊園地のアトラクションみたいに動くたびに、胃がムカムカした。


 ベッドの下のバケツがちゃぽんと音を立てる。胃液のなんともいえない、すっぱい香りがした。


「……気持ち悪い」


 ここ何日かは、こうしてベッドに横になっている。確か出航したのが1週間前だから、船酔いになっちゃったのは……うん、考えるのはよそう、また吐いちゃいそうだし。


 うす暗い船室で、わたしは横になっていた。


 どのくらい経っただろう。


 きいっと、扉の開く音がする。


 夢の中で現実の夢を見るという、どっちがどっちなんだかわからなくなるような夢を見ていたわたしは、そっと顔を上げる。


 入ってきたのはプリンちゃんだった。ひさしぶりに見たその顔は、吐くたびにバケツにうつりこむわたしの顔よりかはマシだ。


「だいじょうぶですか」


「そっちこそ、ひどい顔だよ」


 わたしが言えば、プリンちゃんがうっすら笑みを浮かべる。おまえに言われたくないよってところだろうか。


 入ってきたプリンちゃんは、吐しゃ物まみれのバケツを持っていき、それから戻ってきた。


「みんなはどうなの……」


「船乗りですから、ピンピンしてますよ」


「そっか」


 シミ一つない天井の向こうでは、船員たちがせわしなく動いているに違いない。それを考えると、こうして横になっているのがなさけない。


 どうぞ、とプリンちゃんがグラスをわたしてくる。なみなみ注がれた水は、キンキンに冷えている。


 ごくりと飲みこめば、気が楽になった。


「船、はじめてですか」


「ううん、昔、一度だけ乗ったことがあるよ」




 思いかえしてみると、はじめてフェリーに乗ったのはおじいちゃんとだった。そのときおじいちゃんは75歳になろうとしてたんだけど、めちゃくちゃ元気で、日本中を飛び回っていた。


 で、夏休み、九州に行くおじいちゃんに、わたしはついていってみることにした。


 そのとき、わたしたちは阿蘇山にのぼった。


 おじいちゃんは、火口でなにかを探しているみたいだった。


 帰るとき、フェリーに乗っているときでさえも、海面にじっと目を凝らしていた。


「なにを探しているの?」


「ゴッド」


 そんな会話をした覚えがある。




「なんていうか、すごいおじいさんですね」


「だよね」


 ちょっとした昔話を聞いていたプリンちゃんは、目をまるくさせていた。おじいちゃんの『武勇伝』を聞けば、たいていの人はびっくりする。もしくは、白い眼を向けてくるか。


 でも、プリンちゃんは、ちょっと違っていた。


「神様は見つかりましたか」


 そんなことを聞かれたのは、はじめて。


 プリンちゃんをみれば、いたって真面目な顔をしているのが、また不思議。からかわれているわけじゃないみたいだし。


「ううん、神様なんていなかったよ」


 フェリーは太平洋側を通っていったけど、海は静かなものだった。遠くには月がぽっかり浮かんでいて、神様なんていない平和な夜だった。


「そうですか」


「なんで残念そうなの?」


「別に残念だなんて思っていませんよ」


 プリンちゃんの口調はびっくりするくらい早かった。


「もしかして、神様がいるだなんて――」


「いますよ神様」


 またしても火の玉ストレートみたいな返事が飛んできた。そんな当たり前のことのように言われちゃうと、わたしのほうがおかしいみたいじゃん。


「おじいちゃんみたいなこと言ってるね」


「すくなくともこの世界には神様がいますよ。あなただって思い知ったでしょう」


「え?」


「……この世界に来たのは、門の守護者によるものです」


「そういえばそうじゃん!」


 お坊さんの顔が、頭にちらつく。顔、ぼんやりとしていてよくわからなかったけど。


「あの神様のせいで……」


「その神様の言葉に頷いたのは誰ですか」


 ほかでもないわたしだった。


 っていうか。


「なんだか、プリンちゃんと話してたら楽になってきたんだけど」


「ワタシではなく、その水のおかげですよ」


 プリンちゃんが、グラスの水をあごでしゃくった。


「それは、聖なる泉の水で、ありとあらゆる酔いをさめるといわれています」


「なるほど……」


 おじいちゃんなら絶対飲まないな、これじゃあいつまでたっても酔えないって、文句を言いそうだ。

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