第3話

 目を覚ますと、そこは狭い部屋だった。


 畳の敷かれた四畳半ほどの部屋。その真ん中に、わたしは布団に寝かされていた。


 天井はもちろん、知らないもの。


「ここは……」


「ヴァクワク城」


 声がした方を見れば、女の子が座っている。


 体を起こそうとすれば、全身が熱っぽくて重かった。マラソンを最初から最後まで全力で駆け抜けたときみたいに。


「動かないで。魔術が抜けるのにもう少しだけかかるから」


「魔術……」


「さっき気絶したでしょ。あのとき、ワタシがかけたの」


 わたしはそこで、自分が気絶したことをぼんやりと思いだした。


「あれが」


 女の子が頷いた。


 魔術だなんて信じられないけれど、闇のなかの落下とか、さっきのヤギみたいな女の人がやってきたスケルトン触手とかを思いかえすと、ありそうな気がしてくるから不思議だ。


 ――この子が、魔術を。


 女の子は、だぶっとしたローブを身にまとっている。その姿はさながら、ハロウィンにお菓子をねだりに来たこども。


 先端がクルクルっとしたゼンマイみたいな杖を手にして、本当に魔法使いみたい。


「ヴァクワク城って言ったけど、そんなお城って日本にあったっけ」


 わたしは歴史はそれなりに詳しい。でも、そんなワクワクしそうなお城は知らない。名前的には日本にはなさそうだけど。


 と、女の子が、手にしていた杖をぽとりと落とした。その小さくてかわいらしい口が、ぽかんと開いていた。


「わたし、なにか変なことを言っちゃったかな……」


「いえ。そういうわけではないのですが」


 といって、女の子がコホンと咳払いをする。


「今、日本と言いましたか」


「え、言ったような言わなかったような」


「言いました。はっきり覚えています」


 じっと女の子がわたしを見つめてきた。黒と金色の瞳は、オッドアイってやつだ。これで眼帯なんかつけてたら、わたしの好みだったかも。


「……なにか変なこと考えてませんか」


「ううん、かわいいねって思ってただけ」


「…………」


 女の子の細い眉が、への字に曲がった。


「ワタシはプリンセスといいます」


「プリンセスってことは、ワクワク城のお姫様」


「ヴァクワク城です。それに、夢の名前ドリーム・ネームがプリンセスというだけで、本名は――」


 そこまで言ったところで、プリンセスちゃんは口をつぐんだ。言ってはいけないようなことを言おうとしたときみたいに、口に手を当てている。


「本名は?」


「それよりも、ヴァクワク王がお会いになりたいそうです」


「ヴァクワク王って?」


「来ればわかります」






 ヴァクワク王がいるという場所まで、プリンセスちゃんに案内してもらう。


「プリンセスちゃんって言うのめんどいから、プリンちゃんでいい?」


「……勝手にしてください」


 ため息交じりにプリンちゃんが言った。


 廊下は、時代劇とかでよく見るやつとそっくりだった。


 板張りの床、お相撲さんが殴ってもびくともしなさそうな立派な柱、綺麗な障子……。


 通りすがる人々も、もれなくはかまを着ていた。ジロジロ見られるのは、わたしがおかしいからなんだろうか。まあ、綺麗とはいえないような格好だけども。


「ねえ、プリンちゃん」


「なんですか」


「ここって江戸時代?」


「ちがいます」


「じゃあ戦国」


「安土桃山でも明治でもありません」


「うわびっくり。なんで聞こうと思ったことがわかったの?」


「それは、あなたがわかりやすいからです」


 どういうことなんだろう、と思いながら、歩く。考えてもよくわからなかった。


 通路には窓があった。格子こうしの隙間から見えるのは、緑豊かな大地と街とそれをとり囲む海。


「ここって島なんだ」


「ええ、島です。島だからこそ、あなたがどうやってきたのか、ヴァクワク王は知りたがっています」


「知りたがっています、って言われてもなあ。闇のなかを落ちてきたら、気がつけばって感じ」


「意味わかりません」


「わたしもそう思うよ」


 そんな会話をしているうちに、ひときわ大きく、眩いほどの金色のふすまが見えてきた。


「あの先が王様のいらっしゃる部屋ですので、失礼のないように」


「まっさかあ、失礼なことすると思ってるの?」


「…………」


「返事してよっ!」

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