青天

いつものポシェットに

スマホ、鍵、お財布、お菓子などなど

貴重品をぎゅっと詰め込む。

それから、何か必要なものはあるか

あたりを見回す。

小雨が降るかもと

いつだかに入れたままの

折り畳み傘が見つかった。


自室から窓の外を眺む。

昨日の台風は雨風が時折強くなり

轟々と音がしていたけれど、

一転今日はからっとしている。

早く外に出ておいで、と

両手を広げて待っているような夏の空だった。


七「じゃあ、これはいらないね。」


折り畳み傘をポシェットから出した。

ぺた、と張り付くフローリングの感触が

この部屋を夏たらしめていた。


七「パパー。」


大声で呼ぶ。

でも返事がない。

もう1回今以上の大声で

呼ぼうかと思ったが、

毎度怒られているのを思い出した。

事務所の方へと降りてそっと

扉のすりガラスの部分から覗く。

誰かがいるみたい。

話している声も聞こえる。

お仕事の話をしているのだろう。


こうしてパパが

仕事をしている姿を見れるのは好きだ。

人のために解決しようと

尽力していたり、

謎を解こうとしていたりする姿がかっこいい。

頑張っているパパはとにかく

誰がなんと言おうとかっこいいのだ。


七「いってきまーす。」


小さい小さい声で呟いて、

玄関先でつま先を鳴らす。

パパの背中を見るたび、

私もああなりたいな、という思いが募っていく。

何故探偵なのかと問われると

どうしてもピンとくる答えは

出てこなかった。

かっこいいじゃん、だとか

なりたいから、だとかそればかり。


でも、今日それを思い出せた気がする。

パパみたいに人のために

謎を解いて真実を伝えたい。

誰でもないあなたのために。

そうなれるように。


外に飛び出す。

自然と口角が上がっていた。

今日は麗ちゃんたちと

作戦を決行する日だった。


集合場所に向かい、

2人の姿を探す。

みんな背が高い上に

足早に去っていくものだから

目がチカチカしてしまう。

その中で。


いろは「おーい。」


七「あ!おはよう!」


いろはちゃんが

ゆらりゆらり柳のように

手を振っているのが見えた。

隣には麗ちゃんもいる。

走っていくと、

いろはちゃんはのんびり「おはよう」と

返してくれた。


七「遅れちゃった?」


いろは「うーん、全然?」


麗香「数分くらいじゃない?」


七「あちゃー。」


いろは「まだ乗る電車までは時間があるから大丈夫。」


七「よかった!」


麗香「じゃあホームの方行こうか。」


七「はーい!あのね、今日お菓子持ってきたんだよ!みんなで食べよ!」


いろは「わー、いいのー?」


七「もちろん!麗ちゃんも!」


麗香「遠足でもなければ新幹線でもないんだから。」


七「じゃあ…持って帰ってもいいよ…?」


麗香「あからさまに嫌な顔しないで。私はいらないから。」


七「それもやだ!無理矢理少しあげる!」


いろは「あはは。なんか普通に旅行に行くみたいな気分だなぁ。」


七「でも何もなければ実際旅行でしょ?」


麗香「そうだけど、何か起こればそれどころじゃないかもね。」


いろは「まあまあ気ままに行きましょー。」


麗ちゃんにとっては

友達の足を治すための

大事な機会であるのは間違いなくて、

何かが起こって欲しいと

思っているに違いない。

けど、私は何故かなんとなく

何も起こらずにこのまま

旅行して帰るのでも

楽しいのだろうな、と不意に思ってしまった。


だけど。


七「足を治す方法、見つけようね!」


麗香「うん。」


麗ちゃんが、嬉しくなって

笑顔になってくれる方が

私は嬉しいから。

だからただの旅行にならないことを

さりげなく願った。


それから程なくして電車が

轟音を鳴らして舞い込んできた。

3人でそれに乗り込む。

夏休みだからか、

やけに混んでいたのだった。

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