溺れるまで
昨日、家に帰り着く前に
気がはやってしまって
麗ちゃんに連絡をした。
既にいろはちゃんから
連絡先を渡したと伝えられていたのか
驚くような言葉もなかった。
いろはちゃんと話した事…
その中で2年前に今の私たちみたいに
いろいろ巻き込まれていること、
友達の足を治そうと
いろいろ頑張っていると聞いたことを伝えた。
私たちが理不尽な出来事に
関わっていることが
彼女にとって大きかったのか、
あれだけ嫌そうに別れたというのに
今日また会うことになった。
心が踊るようで、
いつも面倒になる出かけ前の準備も
今日ばかりはすいすいと進み、
気がつけば終わっていた。
七「行ってきまーす!」
パパ「ああ。気をつけて。」
パパは数日前とは違い、
しっかり返事をしてくれるようになった。
指定された駅に向かい、
改札を通って空を見上げる。
明日は非常に強い勢力の台風が
関東へと向かって来るらしいのに、
いや、だからこそだろうか。
やけにあっさりと晴れている。
麗ちゃんからの連絡を見る前に
駅構内で首を右から左へゆっくり動かすと
柱の近くで立っている
麗ちゃんの姿を見つけた。
数日前に出会っていなかったら
当然のように見逃していただろう。
駆け寄って彼女の元に行く。
ポシェットがぐわんぐわん跳ねた。
七「おはよ!」
麗香「わ、びっくりした。おはよう。」
七「ふふん、ふふん。」
麗香「えっと…何?」
七「楽しみだったの!こんなすぐにまた会えて嬉しい!」
麗香「そう。…まあ確かに、こんなすぐに再会するなんてね。」
麗ちゃんは何を感じているのか、
表情が変化しないまま
「こっち」と歩き始めてしまった。
それから麗ちゃんが
よく足を運んでいるという
個人経営らしいカフェへと向かった。
お盆なのに開いていて珍しい。
中は木の温かみのある
こじんまりとした
隠れ家的な雰囲気になっている。
私たち以外のお客さんは
2人いるかどうかでがらんとしている。
奥の方にあったテーブル席を取って、
麗ちゃんは私の分の飲み物まで
買ってきてくれた。
アイスコーヒーとアイスココアが並んでいる。
麗香「甘いので良かった?」
七「苦いの飲めない!」
麗香「だろうと思った。」
七「なんでわかるの?」
麗香「子供舌っぽいって思っただけ。」
七「そんなに子供っぽくないもん!」
麗香「あはは、どうだか。」
麗ちゃんはちょっと笑って
アイスコーヒーに口をつけた。
昨日のいろはちゃんと
それとなく姿が重なる。
ちょっとだけ口角を上げているところとか、
コップを置いて
その後窓の外を眺めるところとか。
麗香「…早速で悪いんだけど。」
七「うん。っていうかそのために来てるもん。」
麗香「そっか、話が早い。でもその前に。」
鞄を漁り始め、
ほんの数秒でメモ帳とペンを取り出した。
何をどこにしまっているのか
わかっているのも麗ちゃんっぽい。
麗香「今年度、巻き込まれるって言ってたじゃん?具体的にどんなことがあったのか教えて欲しい。」
七「お友達の足のことは」
麗香「今年度起こったことを聞いた後。」
七「はあい。うーんとねー」
それから今年度起こったことを話した。
とは言っても、4月に学校に閉じ込められて
人狼をしたことと、
彼方ちゃんが修学旅行で
何故かいなくなってしまったことくらいしか
私の目ではわからなかったので話せなかった。
麗ちゃんは「またわかったら連絡して」と
事の詳細を記載したメモを閉じて言った。
七「ずっとメモして残してるの?2年間ずっと。」
麗香「そう。」
七「どうして?」
麗香「この後も話すけど、ひとつは友達の足を治す方法がないか探すため。もうひとつは…。」
七「もうひとつは?」
麗香「…叶うなら、この出来事の理由を知りたいから。」
どうしてこんな非現実的な事が起こるのか。
何故私たちでなければならなかったのか。
麗ちゃんの目には
悲観するような色が混じっている。
私は実際不思議なことが起こったとして、
ちょっぴりわくわくしていた。
知らないことが起こる。
もしかしたらドキドキワクワクするような
何か面白いことが起こるかも!と思える。
けれど、みんなしてそうじゃないんだろう。
麗ちゃんや、古夏ちゃん、蒼先輩など
これまでのみんなの話から
ようやくそう思うようになっていた。
とはいえ、悲観的になるのは
未だ深くは理解できないのだけど。
七「理由、知れたらどうするの?」
麗香「え?」
七「理由を知って、何かするの?」
麗香「たまに痛いところ突くよね。」
七「探偵っぽい!?」
麗香「それはまた違うかも。」
七「えー。」
麗香「そうだなぁ…理由次第かな。私もそこまで考えてなかったから、すぐにはこうって返事できない。」
七「復讐は駄目だよ!何にもならないの、私知ってるから!」
麗香「どうせドラマの見過ぎでしょ。」
七「そうだよ!」
麗香「思うんだ。その人の後悔ややりきれない何かが振り切れるなら、復讐もありなんじゃないかって。」
七「駄目!」
麗香「頑なじゃん。」
七「だってそんなの誰も幸せにならないじゃん!せめて麗ちゃんは嬉しいとか楽しいとかになってなきゃ駄目だよ!」
麗香「復讐ができたら嬉しいって言ったら?」
七「それは…それでも駄目!後で麗ちゃんが悲しくなっちゃうから絶対駄目!」
麗香「はは、ごめん。意地悪した。」
今の麗ちゃんなら復讐だと言って
本当に何かしらことを
起こしてしまいそうだなんて
理由もなく思ってしまった。
そんなの麗ちゃんに悪い、と思い
小さく頭を振る。
やっぱり10年も経つと
人って変わるものなのかも。
良くも悪くも大人になっちゃうんだ。
からん。
昨日のようにグラスの中で氷が鳴る。
麗香「それで、友達の話ね。」
七「うん。私、その友達の足を治すお手伝いがしたい!」
麗香「そっか。」
七「麗ちゃんの大切な友達なんでしょ?」
麗香「そうだよ。」
七「じゃあ尚更!」
麗香「…1人で行こうかなって思ってるんだよ。」
七「どこに?」
麗香「足を治せる可能性のある場所に。」
七「そんなところがあるの!?病院?」
麗香「ううん。全然違うところ。そこに何度か行ってみようとしたんだけど、辿り着けなかった。」
七「道間違えたんじゃない?」
麗香「あはは、そういうんじゃないよ。電車に乗っている間にいつの間にかつける場所…みたいな。」
七「確定ではいけないんだ。」
麗香「うん。昔1回、たまたま行けただけ。2年間の間に10回以上は試してるけど、てんで駄目。」
七「でも、今回私ついていくよ!絶対絶対ぜーったいついていく!麗ちゃん1人は怖いもん!」
麗香「親か何か?」
七「友達!大切な友達だもん!」
彼女は静かに目をまんまるにした。
まるで信じられないものを
見ているんじゃないかってくらい。
驚いているみたいだった。
七「1人にしたらそのままどっか消えちゃいそうだもん!それはやだ。友達がいなくなっちゃうのは寂しいよ。」
麗香「ついてくるのは溺れに行くようなもんだよ。」
七「それは嫌だけど…でも、麗ちゃんのためならいいよ。一緒に溺れに行って、それで私がぐーって引き上げてあげる!」
麗香「はは、何それ。」
七「ほんとだよ!運動得意だし、泳ぐのだって昔に比べたらちょっと遅くなっちゃったけど、でも得意だよ!」
麗香「そうだね…そうだよね。」
麗ちゃんは少しだけ言葉を呑んで、
少ししてうん、と小さく頷いた。
そして。
麗香「……わかった。」
七「…!」
麗香「迷ってたんだ。七の意見を聞かずに連れていくのってわざと危険に巻き込むような気がして。それに、どちらにせよ利用する形には変わりないから。」
七「利用?」
麗香「今年巻き込まれている七がいるんだったら、もしかしたらそれに乗じて私も巻き込まれることができるんじゃないかってこと。」
七「それは利用じゃないよ。協力だよ!」
麗香「そっか、そうかもね。」
柔らかく笑った。
ようやく麗ちゃんが少し
私に対して心を許してくれたように思う。
七「あとね、いろはちゃんも一緒がいいの。」
麗香「いろはも?」
七「うん。麗ちゃんのこと大切にしてるのわかるし、あと、多分私だけじゃ心配でしょ?」
麗香「あ、それはわかるんだ。」
七「だってあれもこれも手出すなとか駄目とか言われるんだもん!信用できないって言われたもん!」
麗香「信用できないというよりかは常に危なっかしい、だね。」
七「だからいろはちゃんいた方が安心でしょ?あ、そうだ。2人今年度巻き込まれてるから、確率が上がるかも!」
麗香「適当言って。…でも、七1人じゃ心配なのはそりゃそうだね。」
七「じゃあ伝えとく!昨日ね、話した時にも言ったけど、もう1回言っとく!」
麗香「なんだ、既に言ってるんだ。」
七「うん!一緒に来てって言った!」
麗香「勝手に全部決めてくんだから。」
くす、と笑った。
嫌な笑顔じゃなかった。
穏やかな時間はすぐに去ってしまう。
今日も昨日と同様
話していたらあっという間に
数時間経ていた。
麗ちゃんが腕時計を見る。
麗香「決行は…明日と明後日の朝は台風の影響がありそうだから…そうだね、明後日の夕方に。」
七「その時なら電車動きそう?」
麗香「きっとね。」
七「てるてる坊主作っとく!」
麗香「それじゃあ台風はどうにもなんないと思うけど。」
七「ないよりはいいもん!パパにも作ってもらお!」
麗香「明日は外でないようにね。七くらいだったら飛ばされちゃうよ。」
七「麗ちゃんも!」
麗香「はいはい。」
2人揃ってお店を出る。
カフェはあんまり行ったことないからか
ちょっとばかり緊張して
肩に力が入っていたけれど、
麗ちゃんのおかげで
ずっと楽しいが続いていた。
空を見上げる。
嵐の前の静けさだろうか。
明日台風が来るとか
にわかに信じがたいほど
綺麗な夕焼けがあたりを支配していた。
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