私なりに

七「……ってことなの!」


いろは「なるほどー。」


いろはちゃんはコップに注がれたお茶を

飲んだ後にそう言った。

結露している。

水滴が机に染みを作っている。


昨日、麗ちゃんに出会って以降

どうしても現在の彼女のことが気になり、

このことを誰かに相談できないかと

うんうん唸りながら考えた結果、

直感でいろはちゃんを選び連絡をした。


いろはちゃんは私の家の方まで

来てくれると言ってくれたけれど、

せっかくなら知らない場所に行ってみたくて

私の方から向かうことにした。

彼女の家の近所にあった

ファミレスに足を運んでは

ソフトドリンクを並べて話をしていた。

昨日の出来事を話したところで

いろはちゃんは興味あるのかないのか

うっすら笑みを浮かべながらも

簡素な返事をした。


いろは「麗香ちゃんの連絡先は聞かなかったのー?」


七「忘れてた!久しぶりに会って嬉しくなっちゃって、すっかり。」


いろは「あはは、なんかぽいなぁー。」


七「どういうこと?」


いろは「うーん、犬っぽいって言えばいいのかな。嬉しいことでいっぱいいっぱいだと、他のことどうでも良くなっちゃうみたいな可愛らしさがあるよねってこと。」


七「えへへ。」


いろは「それで、麗香ちゃんの今を知りたい、と。」


七「どうすればいいかな。また会えるのを楽しみにしとく…とか?」


いろは「あ、知ってて私に声かけたわけじゃなかったんだー。」


七「え?何が?」


いろは「私、麗香ちゃんの幼馴染だよ。」


七「え、えっ!?」


思わず机に手をついて立ち上がる。

驚きのあまり

自分でも目を見開いているのがわかる。

いろはちゃんは落ち着いて

「まあまあ」と座るよう促していた。


いろは「だから私に声かけたのかなーって。」


七「ううん、全然知らなかった。偶然だよ!」


いろは「おー。じゃあ運良くいい人選したねー。」


七「それでそれで!?今麗香ちゃんってどんな感じなの?」


いろは「それなんだけど、私から話さない方がいいかなとは思うんだよねー。」


七「え、何で?」


いろは「勝手に自分のことが噂半分に話されてると思うとちょっと嫌じゃない?」


七「噂を話すの?」


いろは「ううん、話すなら事実だけど…事実だとしても、ちょっとは主観が入っちゃうじゃん?」


七「ひとつも駄目?」


いろは「そうだなぁ…大学生ってことは?」


七「知ってる。本人から聞いたよ!」


いろは「そっかー。」


七「それだけ?」


いろは「思い浮かぶのが何とも言えないものが多いんだよねー。」


七「えー。例えば?」


いろは「家庭のこととか?」


七「どんななの?」


いろは「まあまあ。それこそ、そういうのは本人が話したくなった時に話してもらうのが1番だよ。」


七「…そっかぁ。」


いろは「そういえば、麗香ちゃんが友達の家にお見舞いに行った話を深掘りしようとしたらよそよそしくなったんだっけ。」


七「そう!なんか、つーんって感じ。」


いろは「なるほどねー。」


七「なんか知ってる?」


いろは「詳しくは知らないよー。七ちゃんが昨日聞いた通り、そのお友達さんは足を悪くしてるってことくらい。」


七「そうなんだ。」


いろは「あ。あとね。」


目を僅かに伏せて、

目だけを動かして窓の外を眺めていた。

外ではファミレスののぼりが

ぱたぱた風で揺らいでいる。


いろは「そのお友達さんが足を悪くした原因は自分だーって言ってたかな。」


七「そうなの?脛とか蹴っちゃったの?」


いろは「あはは、流石にそうじゃないと思うな。」


七「麗ちゃん、悪いことしないと思うけど。」


いろは「確実に自分のせいとは断言できないんだけど、その可能性が高いって言ってた。」


七「何があったの?」


いろは「んー…まあ、ここまではいっか。麗香ちゃん、2年前に今の私たちみたいにいろいろ巻き込まれてたんだって。」


七「え。」


そんなこと話してくれなかった。

あの短時間しか話していないのだし

当然と言えばそうなのかもしれないけれど、

全然知らなかった。

そうだったんだ、と

漠然ながら困惑が浮かぶ。

どんなことがあったんだろう。

学校に閉じ込められたりしたのかな。

残念なことに全く想像できない。


いろは「だから責任感じてるみたい。」


七「そうなんだ…。」


いろは「そうだ、麗香ちゃんの連絡先教えとこうか。」


七「いいの?」


いろは「多分、今の七ちゃんには必要でしょ?麗香ちゃんには私から言っておく。嫌だったらブロックしてねとも伝えておくよ。」


七「えー!それはやだ!」


いろは「ふふ、そんなことしないよー。」


七「もー!どっち!」


いろは「しないしない。」


七「でも、本当に教えてもらっていいの?」


いろは「嫌だったら麗香ちゃん自身がどうにか行動するよ。私たちみんな、特に麗香ちゃんはもう子供じゃないんだから。」


七「……そっか。」


子供じゃない。

その響きを口の中で転がしながら

スマホを開いて

彼女から連絡先をもらった。

麗ちゃんの名前が表示されている。

何年も出会っていなかった友達と

出会えたことですら奇跡なのに、

こうして麗ちゃんの幼馴染と友達で、

その子から連絡先までもらえるなんて。

世間って思っている以上に

うんと狭いものなのかもしれない。


いろは「七ちゃんなら、うまいこと麗香ちゃんのことを励ましてあげられるんじゃないかなとも思うんだよー。」


七「でも、昨日は怒られちゃった…。」


いろは「良くも悪くも真っ直ぐだからねー。」


七「良くも悪くも?」


いろは「うん。その正しさと優しさが刺さる時は刺さるってもんだよ。」


七「ジグソーパズルみたいな感じ?」


いろは「そんな感じー。凹凸が合えばってやつだね。」


七「そうなんだ。」


ちゅー、とコップに注いだ

メロンソーダを飲む。

しゅわしゅわして口の中がちょっぴり痛い。


七「どうにかしてさ、その友達の足って治せないのかな。」


いろは「どうなんだろうねー。でももう2年も前の話だから、わからないかな。」


七「でも可能性は0じゃないでしょ?」


いろは「麗香ちゃんもそう言っていろいろ探してるみたい。」


七「そうなの?ずっと?」


いろは「多分ずっと。ここ2年間ねー。」


七「それでも見つからないの?」


いろは「うん。囚われちゃったんだよ、麗香ちゃん。」


昔よりもちょっとだけ

笑顔が減った気がする、と

いろはちゃんは眉を下げた。

からん。

コップに入れていた氷が鳴った。

それが気になって、

コップにささっていたストローで

くるくると夏を回した。


七「お手伝いしたい。」


いろは「うん、そうしてあげて。」


七「いろはちゃんも。」


いろは「私?できることあるかなー。」


七「あるよ。幼馴染だもん。今も話すんでしょ?仲良しなんだよね?」


いろは「最近はまちまちだよ。でも、たまーに会うかな。」


七「仲悪い…?」


いろは「悪くはないと思うよ。でも、昔私が言ったことで恨まれてたりするかもなー、とは思うかな。」


七「悪いこと言っちゃったんだ!」


いろは「麗香ちゃんからしてみればねー。」


「難しいもんだよねー」と

彼女はさらっと言いあげてお茶を飲んだ。

麗ちゃんとはまた違った

大人っぽさがある人だな、なんて思う。


麗ちゃんの話はほどほどに

最近何があったか、

夏休みは何をして過ごしているのか、

宿題はどのくらい出たかなど

半分はどうでもいいことを話した。

学校が違うだけで

こんなにも差があるんだ、と

驚くことばかり。

そうしている間に時間はすぎ、

数時間時計の針は進んでいた。

「そろそろにしよっかー」と

伸びた彼女の声で

解散することになった。


いろは「今日はわざわざこっちの方まで来てもらっちゃってごめんね。」


七「ううん!あんまり来たことないところだったから楽しかったよ!」


いろは「ふふー、七ちゃん、いいねー。」


七「え、何が?」


いろは「なんかねー、七ちゃんの言葉って全部すかっとしてるから、社交辞令っぽくなくていいねって思ったの。」


七「うーんと、いいでしょ?ってそれ褒めてるの?」


いろは「あはは、褒めてるよー。本当にいいと思ったんだー。」


そう言ったいろはちゃんも

あまり裏表がなさそうにそう言う。

世間的には安心して話せる人というのは

こういう人なのかもしれない。


彼女と別れて電車に乗る。

再度スマホを開いた。

そこには麗ちゃんの連絡先が

ぽつんと光っている。


七「……囚われちゃった…。」


それは悪いことだ、と思う。

けど、そうじゃないのかな。

どうなのだろう。

麗ちゃんにとってその

足を悪くした友達のことは

どう映っているのだろう。

どうしたいのだろう。


囚われ続けていた方が

いいなんて事、あるのだろうか。

私の頭じゃ考えつかない。

囚われて、ずっと辛いくらいなら

忘れてしまった方がいい。

辛くない方がいいじゃないか。

楽しかったり

嬉しかったりする方が

何倍もいいじゃないか。


やっぱり、このままじゃ駄目な気がする。

駄目だよ。

そんな悲しいままは嫌じゃんか。


昨日の麗ちゃんの

ふとした暗い表情を思い出す。

そんなに前髪は伸びていないはずなのに

すっと影を作ったあの瞳が浮かんだ。

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