第3話アポカリプスカフェテリア

「アポカリプスカフェテリア」は、いつもと変わらず静かな朝を迎えていた。店内には穏やかな空気が漂い、窓から差し込む柔らかな光が、テーブルやカウンターを温かく照らしている。アルマはカウンターの奥で、新しい紅茶の葉を入れながら、穏やかな微笑みを浮かべていた。今日は特別な日――彼女にとっても、カフェテリアに訪れる者たちにとっても。


カフェの扉がかすかに開き、鈴の音が軽やかに響いた。アルマは顔を上げると、扉の向こうからゆっくりと歩いてくる一人の男性を見つめた。彼は中年の男で、顔には深いシワが刻まれ、その目には長い年月の疲れが見て取れる。しかし、その背筋はまっすぐに伸び、歩き方には何か強い意志が感じられた。


「いらっしゃいませ、どうぞおかけください。」アルマはいつものように、穏やかな声で彼を迎えた。


「ここは…なんという場所なんだ?」男は不思議そうにカフェテリアを見渡しながら、ゆっくりと席に着いた。彼の目には、どこか懐かしさが混ざっている。


「ここは『アポカリプスカフェテリア』です。魂たちが次の旅路に進む前に、少しだけ立ち寄る場所です。」アルマは微笑みながら、彼の前に紅茶を置いた。


「アポカリプス…カフェテリア?」男は疑問の表情を浮かべたが、紅茶の香りを嗅いで少しだけリラックスした様子を見せた。「そうか…なら、俺もここで少し休ませてもらうとしよう。」


アルマは静かに頷き、彼が紅茶を飲むのを見守った。男はゆっくりと紅茶をすすり、その温かさが心に染み渡るような感覚を味わった。


「懐かしい味だな…どこかで飲んだことがあるような…」


アルマは微笑んだ。「それは、この紅茶があなたの記憶の中にある大切な場所を思い出させてくれるからかもしれません。」


男は少し考え込み、やがて顔を上げてアルマを見つめた。「俺は…ずっと何かを探していたんだ。でも、今となっては何を探していたのかさえ、思い出せない。それでも、この場所に来た時、少しだけ安心した気がする。」


「あなたは長い間、何かを求めていたのでしょうね。それはとても尊いことです。」アルマは静かに彼の言葉を受け止めた。「でも、ここでは少しの間だけでも、何も考えずに休んでみてはいかがでしょうか?」


男はその言葉に耳を傾け、静かに頷いた。「そうだな…休むことも、悪くはないかもしれない。」


しばらくして、カフェの扉が再び開いた。今度は、若い女性が入ってきた。彼女は長い黒髪を背中に流し、大きな瞳でカフェテリアの内部を見つめていた。その瞳には不安と迷いが浮かんでいたが、同時にどこか強い意志が感じられた。


「いらっしゃいませ、どうぞおかけください。」アルマは再び優しい声で迎えた。


女性は躊躇いながらも、空いている席に着いた。彼女は自分の手をじっと見つめ、何かを考え込んでいるようだった。アルマは彼女の前にコーヒーを置き、静かに微笑んだ。


「これは…私の好きなコーヒーの香り…」女性は驚いたように言った。「どうして…?」


「ここでは、あなたが一番リラックスできる飲み物をお出ししています。」アルマは説明しながら、彼女の瞳を見つめた。「あなたがここで少しでも心を癒せるように。」


女性はコーヒーを一口飲み、その温かさと深い味わいに、少しだけ表情が柔らかくなった。「…ありがとう。私は今まで、自分の人生が何だったのか、よく分からなくなっていた。でも、この場所に来て、少しだけ自分を取り戻せた気がする。」


「それは素晴らしいことです。ここは、あなたが新しい一歩を踏み出すための場所でもあります。」アルマは穏やかに語りかけた。「過去を振り返りながらも、未来への準備をする場所。それが、この『アポカリプスカフェテリア』です。」


女性はしばらく考え込んでいたが、やがて顔を上げてアルマに感謝の言葉を伝えた。「ここに来て良かった。本当に、ありがとう。」


アルマは微笑みながら、彼女に頷いた。「あなたの旅が、素晴らしいものでありますように。」


カフェテリアには再び静けさが戻り、窓から差し込む光が、さらに温かさを増していた。アルマはカウンターに戻り、再び紅茶を淹れ始めた。彼女の心は穏やかで、今日もまた多くの魂がここで一時の安らぎを得たことに満足していた。


その時、カフェの扉が再び開いた。入ってきたのは、初老の女性だった。彼女は小柄で、白髪が美しく整えられている。顔には優しい笑みが浮かんでおり、その瞳には長い人生を生き抜いた人特有の深い知恵が感じられた。


「いらっしゃいませ、どうぞおかけください。」アルマはいつも通り、優しい声で彼女を迎えた。


「ありがとう、でも私はここには座らないわ。」女性は微笑みながら答えた。「ただ、あなたに会いに来ただけなの。」


アルマは驚いた様子で彼女を見つめた。「私に…ですか?」


女性は静かに頷いた。「ええ、あなたに伝えたいことがあってね。私もかつて、このカフェテリアに立ち寄ったことがあるの。」


アルマは目を見開いた。「そうだったのですか…?」


「そうよ、そしてその時にあなたに助けられたの。あなたのおかげで、私は次の旅路に進むことができた。」女性は穏やかに語った。「だから、今日はその感謝の気持ちを伝えに来たの。」


アルマはその言葉に感動し、胸が熱くなった。「私の方こそ、ありがとうございます。あなたが幸せな旅を続けていることが、私にとって何よりの喜びです。」


女性は優しく微笑んで、アルマの手をそっと握った。「あなたがここで続けていることは、とても大切なことよ。多くの魂たちがあなたのおかげで安らぎを得て、新たな旅路に進むことができる。だから、どうかこれからも続けていってほしい。」


アルマはその言葉に深く感謝し、静かに頷いた。「もちろんです。私はここで、これからも多くの魂たちを見守り続けます。」


女性は微笑みながら、アルマに別れを告げると、カフェテリアの扉の向こうに消えていった。アルマはその背中を見送りながら、胸に深い感動と充実感を抱いていた。


カフェテリアに再び静けさが戻り、アルマは新しい紅茶を淹れながら、次の訪問者を待った。今日は特別な日だったが、これからも多くの魂たちがここに訪れ、彼女とともに安らぎを得ることであろう。


カフェテリアの窓から差し込む光が、さらに温かく、明るく感じられる。アルマはその光を感じながら、心の中で静かに微笑んだ。この場所は、終わりのない旅路の一部であり、彼女はその旅路を支える存在であり続けるだろう。


あとがき

『アポカリプスカフェテリア』をお読みいただき、ありがとうございました。


この物語は、生と死の狭間で繰り広げられるひとときの休息をテーマに描きました。カフェテリアという日常的な空間で、訪れる者たちが自分自身を見つめ直し、次の旅路へと向かうまでの過程を通して、私たちが普段考えない「終わり」や「再出発」について、少しでも考えるきっかけになれば幸いです。


物語の中心にいるアルマは、私たちが日々の中で見落としてしまうような、優しさや温もりを象徴しています。彼女の存在が、訪れる人々の心に小さな灯りをともすように、読者の皆さんの心にも何かしらの光を届けられたら嬉しいです。


日常の喧騒から離れた静かなカフェテリアで、魂たちが安らぎを得るように、この作品があなたにとっての安らぎのひとときとなることを願っています。


これまで物語を支えてくださった皆さんに、心から感謝を申し上げます。そして、また別の場所でお会いできることを楽しみにしています。


どうか、皆さんの旅路が素晴らしいものでありますように。


2024年8月 常盤海斗

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アポカリプスカフェテラス 白雪れもん @tokiwa7799yanwenri

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