2-1 思い出へ送る招待状

「結婚式の招待状、送付お願いします」


 郵便局の窓口で、結婚式の招待状の束をみせてお願いする。

結婚式に向けた準備で招待状の送付を任されたので郵便局に来たのだった。


 送れればなんでもいいじゃないかと思っていたのだが、大安吉日の消印で送るというルールというか慣習があるようなのだ。

この話を聞いたとき、ちょっと笑ってしまった。

別にいつ送ったって同じと思うけどね。


 まあ、結婚式は妻が主役で夫はおまけ。

妻が気にするのであれば好きなようにやってもらったほうがいい。

ささっと送って、ミッション達成といこう。


 そう思いながら窓口で招待状を渡そうとしたとき、一通の招待状が落ちる。

 

「っと、あ……」


 落とした招待状を拾うと、そこに書かれた送り先の名前をみてちょっと止まってしまう。


 そこには高校時代の後輩で、妻の親友だった女性の名が書かれていた。

昔は、妻と彼女と三人で一緒によく話していた記憶がある。

さっぱりとしていて、後輩なんだけどどこか大人っぽくて。

それでも話を聞いているうちに無防備に見せてくれる笑顔がかわいい子だった。


 しかし、彼女が三年の夏ごろだろうか。

受験に集中し始めてからはほとんど話す機会もなくなってしまった。

そしてそのまま、彼女は地元から離れた大学に進学し以降十年くらい会っていない。


「懐かしいな」


 つぶやいて拾った招待状を局員さんに手渡す。

確認してもらっている間、昔のことを思い出していた。


 よく妻と彼女と三人で話をしていた。

朝顔のようにかわいいイメージの妻と、菖蒲のように大人っぽいイメージの彼女。

どちらも懐いてくれていて、かわいい後輩たちで、まさに両手に花だった。


 しかし、三人で一緒の時間は彼女たちが高校三年生の夏に急に終わってしまう。

彼女たちが受験追い込み前の夏、今の妻となる後輩から電話がきた。


『もしもし、あの、先輩?』

『どうしたの?』

『今日、花火大会なんですけど、行きませんか?』

『いいよ、三人でいくの?』

『いや、あの子風邪ひいちゃったみたいなので私と二人です。だめですか?』

『いや、大丈夫だよ、行こう』


 てっきり三人で行くと思っていたので意外だったのと、少し残念だったのを覚えている。


 そのあと、妻と二人で花火大会に行った。

妻は朝顔柄の浴衣がとても似合っていて楽しい時間を過ごせた。

人混みがひどくて会場まで行けなかったが、近くの花火が良く見えるところで花火を見た。


 他愛ない話をして、時間がたった。

次々と打ちあがる花火を見て、色々な話をした。


 三人ならもっと楽しいだろうな、とも思っていた。


 一時間ほどで花火が終わり、家まで送った。

去り際に挨拶をする。


「先輩、またあってくれますか」

「うん、またな。今度は三人かな」

「え、あ、はい」


 そんな挨拶をしてわかれた。


 花火の日以降、妻が単独で誘ってくれるようになり、二人で出かけるようになった。

ご飯を食べたり、カフェで勉強を教えたり。

妻が受験を控えていることもあり頻度は少なかったが、ちょいちょいでかけていた。


 もう一人の後輩である彼女とは会わなかった。

誘おうかとも思ったけど、妻からやりたいことができた様子で勉強に集中してるらしいと聞いて、邪魔しないように連絡もしなかった。

でも、彼女が卒業する前には話せるかな、とも思っていた。


 しかし、彼女とはそれ以降話をしないまま現在に至る。

彼女は逃げるように上京し、会う機会どころか話す機会も作れないままだ。

彼女と話したかったな。

まあ、十年もたてば俺のことなど忘れているだろうけど。


 そんな昔の思い出に浸っているちょっとした間に、局員さんが手際よく郵送の確認を終える。

とりあえず目的は達成したので、妻の待つ家に帰ることにした。



 数日後の夜。

妻と一緒にリビングでテレビを見ている。

テレビでは、次の日曜日に開催される花火大会が取り上げられていた。


「懐かしいな」

「懐かしいね」


 思わずつぶやいた俺に、妻が応える。

三人で、という話をしたのは十年前の花火の夜が最後だ。


 当時は、どちらかというと妻よりももう一人の後輩の子が好きだった。

受験前に余計な迷惑をかけたくなくて、彼女が卒業するタイミングで想いを伝えようと思っていた。

しかし、彼女は避けるように高校生生活を送り、逃げるように目の前から姿を消してしまったのだった。


 彼女が卒業後、妻から告白を受けた。

正直彼女の姿が頭から離れなかったのだが、諦めて前に進もうとしてYESと回答した。


 結果、それから良い十年を過ごせたと思う。

妻との時間はとても幸せで大事な時間だ。

今この瞬間、テレビ越しの花火を妻と一緒に見ている時間も。


 なのに、今更彼女の姿が頭から離れない。

花火を一緒に見ていないのに、彼女の姿を思い浮かべて懐かしく思ってしまった。

妻は自分との花火を懐かしがっているのに。


 ちょっと自分が嫌になりながらも、テレビをなんとなく眺め続けている。

妻は通知が来たらしいスマートフォンを見て、ちょっとびっくりした表情を見せる。

そのまま少しやり取りすると、俺にむかって画面を見せながら声をかけた。


「よかった、あの子結婚式参加してくれるって」

「ああ、そう。よかった」

「久しぶりだー」


 心臓が大きく鳴った気がする。

なんとなく、もう二度と会わないと思っていた。

やっと思い出の箱の中に封印して前に進んでいたのに。


 そんな葛藤をよそに、妻は続けた。


「あ、そしたら今度花火大会いかない?三人で」

「花火大会?」

「うん、あの子には二人で行くって言って、こっそりあなた連れて行ったら昔みたいで楽しそうじゃない?」

「そうかなあ」

「まあ、来てくれるかもわからないしね、とりあえず花火これるか聞いてみるね」


 予想もしない提案にちょっと動揺して流してしまった。

しかし、妻はそんな俺の様子を気にせず、すっかり乗り気になってスマートフォンにむかって入力している。

少しやり取りをして、再び画面を見せながら話しかけてきた。


「花火くるって。浴衣だ、楽しみ」


 また一際大きく心臓が跳ねる。

この気持ちは懐かしさからくるものなのか、それとも。

せっかく蓋した思い出の箱から、中身がびっくり箱みたいに飛び出してこようとする。


 そんなこちらの様子を知ってか知らずか、妻は自分の部屋に入ってなにやらごそごそしたかと思うと出てきた。


「どうかな?」


 朝顔柄の浴衣。

十年前に妻が着ていた、二人で花火大会に行った時の浴衣だ。


「懐かしいね」

「すごい、憶えているんだね」


 並み程度しかない記憶力だが、花火の日に彼女と妻で浴衣を選びに行ったことを聞いたのは憶えている。

彼女はこれなかったけど朝顔柄を来ている妻をほめたらすごく喜んだことも。

これなかった彼女は紫菖蒲柄を買ったと聞いて、見てみたかったとひそかに思っていたことも。


「とても似合ってたからな。今も似合ってる」

「うれしい。まだ着れてよかった!」

 褒めたら、妻はとても喜んでくれた。

 

 うん、今の俺には妻がいる。

こんな優柔不断な俺にはもったいない妻だ。

十年前の付き合ってもいない彼女に引っ張られている場合じゃないよな。


 よし、とっとと寝てしまって吹っ切ろう。

無理やり自分を納得させて、寝室にむかった。

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