第45話 真苗に訊く
店に帰り着くと真苗はスッカリ可奈子に懐いて、一緒にその日の店の出し物を作っていた。
藤波は相変わらずビールケースを土台にしてまな板の上で調理する真苗をまざまざと見た。深詠子は死んではいない、この子が受け継いでいる。下村は二階に居る真苗を追い詰めて何を見付けたのだろう。深詠子にそっくりな真澄には立ち止まらずに首を絞めている。なのに深詠子に顔は余り似ていないが、真澄や孝史に比べて日頃から家事を手伝う真苗は、深詠子の性格を受け継いでいると下村は気付いてる。だが動転する下村にその余裕はない。あるのはただ
カウンター席でもの思いに耽っていると、料理の手を止めて可奈子が珈琲を出してくれた。流石は立花喫茶店の娘だと感心させられる。
「啓ちゃん、遅かったわね、お昼はどうしたの?」
まただと言うと可奈子は簡単の物を作って、それを食べた。
「今日も肝心な所で下村が動転して話が詰められなかったが、法律事務所の小間使いに会ったよ」
「ああ、あの市場帰りで店の前に立っていた弁護士さんの下っ端か、それでなんか言ってたの」
事件のあらましは調べ終えて、後はなぜ下村がそんな行動をしたかが、また解明されてない。
「どうも高嶋さんはそれに手こずっているんだ」
ハッキリとした憎しみがない以上は、これだけは心理的要素が強いだけに本人も自覚しにくい。
「そうね、普通は込み上げてくる憎しみに
藤波はパソコンを仕舞うと珈琲を飲み出した。
「それで下村の心境を予想して三木谷にメールを送った」
真苗から聞いて勝手に想像した文章を見せると「へ〜え、説得力あるわね」と可奈子は少しは進展すれば、二階の美詠子さんに報告できる。だいぶ慣れたから真苗に少しずつ小出しに聞いてみるか、と下ごしらえを可奈子と代わってもらった。こっちへ来た真苗を隣に座らした。
「どうだ慣れたから」
「ウン」
「それでお父さんのことだけど、今ではどう思ってる」
「もう何ともない」
これは本音なのだろうか、と暫く真苗を見た。
屈託ない表情で
「なあ、真苗」
「なあーに、お父さん」
ウッ、今この子は何て言ったのだ。暫く真苗を見詰めていると抱きしめたくなった。以前の肘掛けのない丸椅子ならそう出来ただろう。そうか、親父が昔ながらのあの椅子に拘ったのは、常連客同士の連帯感を大事にしてたのだ。
「お前、俺でなく本当のお父さんに会いたいか」
ちょっと不思議な顔をした。
「わかんない、だってどっちが本当のお父さんなの?」
「だって今、言ったじゃあないか」
「お母さんに言われたから」
うむ、そうか。真苗の頭越しに可奈子を見ると、あたしじゃないわよ、と首を横に振ってる。
「深詠子がそう言ったのか?」
「ウン」
「いつだ」
「お母さんが此のお店を教えてくれたとき」
じゃあ、事件の前日か。とすれば深詠子は普段の下村が精神的に相当追い詰められていると悟って、あの行動を予見したのか。
「真苗、それから翌日までの家の中の出来事を憶えているか」
「ウン」
「じゃあ教えてくれるか」
「ウン」
その前に可奈子が作ったレモンスカッシュを置いてくれた。真苗はストローで飲みながら語り出した。
前日の朝はお父さんは家に居た。ここ暫くはずっと前から家に居て、会社へ出掛けようとしなかった。それもそのはず、会社は既に倒産して誰も居ないが、それを知ったのはもっと後だ。仕事がないのは分かっていたが、まさか会社まで人手に渡っていたとは知らなかった。お母さんは知っていて、この日は朝から一緒に買い物に行くと言って家を出た。でもいつもと違う場所へ、しかも「此のバスに乗るのよ」と念を押すように言われて市バスに書かれた行き先と行き先系統番号を覚え込まされた。三条京阪で降りて仁王門通りに向かって少し歩いて古ぼけた店の前に立って「此のお店を憶えとくのよ」と言われた。
「そこで俺のことを教えてもらったのか?」
「ウン」
そこでまた炭酸水を飲んで続きを語る。
帰りも同じ系統で家に向かうバスに乗った。いつもは
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