第19話 深詠子の願い2
三人は遅い昼食を済ませてホールに戻り、控え室に行くとサンドイッチとお握りの食べ残しが目に付いた。どうやら両親と磨美はこれで腹ごしらえをしたようだ。磨美によるとあんな事件だけに訪れる弔問客も少ないと伺って、両親を残してみんなは控え室を出た。君嶋にすれば下村の両親は丹後の習慣が身についているのか、この心中事件には先ほどから恐縮されている。間に入った磨美も取り繕うのに苦労しているのは、両親が気にしている孫の真苗ちゃんらしい。その相談に磨美は控え室から両親を残して三人を連れ出し、葬儀会場に並ぶパイプ椅子に各自座った。
「両親は明日の葬式が終わり次第、真苗ちゃんを舞鶴へ連れて帰りたくて預け先を聞かれて困っているのよ」
どうしたものかと磨美から藤波は相談を受けた。真苗ちゃん自身もお母さんに言われていたのか、それを望んでないと磨美から聞かされた。
「このまま丹後に帰れば唯一人生き残った孫を養護施設に預けるなんて、世間体が悪いとその一点張りで、もうあたしでは持たないからこのさい藤波さんから事情を洗いざらい話して、両親にはそのまま舞鶴に帰ってもらったら?」
「ウ〜ん、どうかなあ。真苗ちゃん本人に決めてもらうか」
「でも、両親には下村の子で説明しているのに、しかも世間の道理より一つの愛に真髄した深詠子は承知しないでしょッ」
「あたしも磨美さんと同じでそう思う。わざわざ啓ちゃんの店まで連れて来て
エッ! 磨美はこの可奈子の変化に、どうなってるのと半信半疑で驚きながらも同感だと彼女の主張に賛成した。それでも磨美を見て笑って応える可奈子を気味悪そうに見入った。
「さっきお兄さんの話を聞いて深詠子さんの深い思いを知って、それに殉じようとする磨美さんには敬服したのよ。それで実際に磨美さんは深詠子さんから真苗ちゃんをどの様に聞かされていたの?」
可奈子にどのように話したんだろうと磨美は君嶋を覗った。
「磨美さんは深詠子さんと知り合ったのは藤波と別れて直ぐ何ですか?」
可奈子の問い掛けに、一点の陰りもない澄んだ目で話しても大丈夫だと君嶋に促された。
「ええ、深詠子からその人と別れて直ぐに会社と住む場所を変えて、一ヶ月以内にあたしの会社に来たの」
その人と言った時だけ磨美は藤波を覗った。
「いつ深詠子さんの妊娠を知ったんです?」
「そうね〜、深詠子とは入社と同時に仲良くなり、お昼には一緒に食べて帰りも途中まで一緒に帰り休日は誘い合わせて遊びに出掛けるまでになっていたから……」
そこで最初に共通の話題となったのは上司である下村の存在だった。入社早々、彼は深詠子には親切に、社内に於ける仕事関係を教えながら一目惚れだと聞かされて、ひと月でプロポーズされた。この話を深詠子は磨美に相談すれば、彼女も似たような経験をして、そこから下村に付いての更に詳しい情報が入手出来た。磨美に言わすとあの男は欠点はないが長所もない、つまり取り柄のない男だと批評された。男なら一つは
ーーそれで下村と付き合う気になったのね。
ーーそうなのよ。
と深詠子は逆手にとってこれで下村に迫った。
磨美は半ば良くないとは知りながらも、そんな厄介な物を受け容れてくれるのは下村しかいない。それで深詠子は付き合いだした。
「そうなの、深詠子さんも目的のためなら手段を選ばないのね」
と可奈子もチラッと藤波に同情の視線を寄せた。
下村を丸め込んでまで産み育てたいと願望する。そんな究極の人はさぞかしイケメンで、将来を見込める人なのか。協力する以上はどんな人か聞き出した。
それが年下でしかも大学を中退した学生で、相当、
ウ〜んと聴き終わると、磨美は長く深い溜め息を付いた。
ーー深詠子が持つその器量を犠牲にしてまで貫く相手の人ってどんな人?
深詠子はそれには笑った。
ーー何処にでも居る人だけれど、その価値はあたしにしか判らないから。会えば磨美はきっとがっかりするわよ。
ーーそんな事ないわよ。あたしだって男の価値判断は表面でなく、内面の中から見つけ出せるだけの思慮深さは、残念ながらあなた以上に持ち合わせているけど、判断基準は大きくズレているかも知れないけどね。
「深詠子とは会って直ぐに気の合う人だと思っても、今まで散々に聞かされた前の男の話を聞いて、男性観では食い違うから安心して彼氏を紹介出来るし、その別れた彼に出会っても頭ごなしには批評しないで、きっと秘めたものが有る人だと素直に見られると今も思う」
と磨美は可奈子に語り掛けた。当の本人は思い直したように、いつの間にか深詠子の棺の前に立ち尽くしていた。
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