第16話 深詠子無言の帰宅3
葬儀社に依って搬送された三つの棺は、自宅一階奥の居間に安置して、直ぐに葬儀社の者が枕飾りを終えると、線香を上げて、葬儀社が手配した住職に依る枕経が唱えられた。枕経は普通は死者の枕元であげる御経だが此処では棺に向かってあげた。
住職が引き上げると、親族が着き次第打ち合わせのために、手前の洋室にあるのリビングテーブルを囲むソファーで寛いでもらった。
磨美はそこでも自分の家のように、葬儀社の人達にお茶を出していた。手慣れたものね、と可奈子がやっかみ半分に言った。だが家でも深詠子に手伝ってもらって、お互い様だと言われた。隣で藤波はヒヤヒヤしながら二人の遣り取りを聞いてる。葬儀社の人達も、彼女は故人とは近所の友人と聞かされ、今更ながら故人との親密度に感心した。
これほど勝手知ったる我が家同然に振る舞われると、自然と磨美はそんな風に深詠子から俺のことをしょっちゅう耳に入れていたのかも知れない。まるで小さい子供が、親に聞いて聞いてと駄々を
「それで僕の事はいいけれど、下村はどんな男なんだ」
「どんな男って?」
「だから深詠子にとってはお似合いだったのか」
「どうでしょう、彼って深詠子の尻に敷かれていたのよ」
「だが三人も子供が居れば主人としては、それでは威厳が保てずにやってられないだろう」
「それが子供の前では、深詠子は
藤波は聴いていて思わず笑ってしまった。
「どうしてなのよッ」
と可奈子には、それが気に入らず不機嫌に問うてくる。
「だってそうでしょう。深詠子ったら話し上手で人を丸め込めるのが巧いというか、あれは天性の持って生まれた素質かしら。映画に出れば監督も舌を巻くでしょうね」
「それでこの人を丸め込んだのッ」
可奈子も負けられないと言い張った。
「オイ、俺にはそうじゃない。心底、深詠子は本音で接した」
「嘘と誠の境目が曖昧な人を啓ちゃんはどうして見極めるのッ」
「ちょっと可奈子さん、聞き捨てならないわよ。深詠子は心を寄せた人には裏表なく本音で相手のことを考える人ですからね」
「さあどうでしょう、奥の棺の中で笑ってるかも知れないわね」
「じゃあどうぞご覧遊ばせ」
磨美も黙ってられずにけしかけると、可奈子も立ち上がろうとした。
「あのうー、もうそれぐらいにされたらどうでしょうか。お二人とも気持ち良く故人を送ってあげてください」
リビングの末席に居た年輩の葬儀社員が妖しい事の成り行きに割って入った。磨美が鋭い目で見返した時に玄関のチャイムが鳴った。可奈子に釘を刺して磨美が応対に出た。
「暫くご無沙汰なのに良く解りましたね」
「あの立派な家は遠くからでも分かるよ」
と言いながらリビングにやって来た。下村の父はまだ還暦前だが
磨美は早々に葬儀社の社員と対面させて、直ぐさま両親には葬儀社の人に手短に今後の予定をどうするか磨美は促した。
「三沢さんから電話で話を聞いて、此処でなくお宅の葬祭ホールで深詠子の葬儀一切を執り行って欲しい」
と開口一番に下村の両親から聞かされて話を始めた。両親は此処までの道中でスッカリ腹を決めていた。
社員はここから一番近い当社の葬祭ホールを勧めたが、両親はもう少し離れたホールを希望した。そこで地理的にも河原町の繁華街に近い鴨川に面した比較的落ち着いた場所に有るホールを勧めた。両親は社員より磨美の説明に納得してそこに決めた。
早速、慌ただしくご近所の目の届かない昼下がりの午後には、深詠子と子供達の棺を載せて一足先に自宅からホールに向かった。磨美は自宅の戸締まりと子供達には静かにお留守番を言い付けて出た。磨美の車に両親と可奈子が後ろで、助手席に藤波が乗り、磨美の運転で鴨川ホールに向かった。途中で磨美は、さきほど深詠子を引き取った警察前を通り、いつから面会できるか判らないが、息子さんは此処の警察署に留置されていると説明した。
「昨日の晩遅く自首して此処二、三日はそれどころじゃないだろう」
そうねと磨美は警察を行き過ぎたが、藤波は眉を寄せて建物を直視していた。
そこで両親が、孫は三人居たが一番上の真苗はどうしたと聞かれた。磨美がハンドルを持ちながらチラッと、どうするのよと謂う目付きをした。
「無事です。あの家から上手く逃げられて、ご心配無く」
と黙る藤波に代わって取り敢えず磨美は答えた。
「じゃあ何処に居るんだ、三沢さんの家ですか?」
それが〜と磨美は困って返事を
「真苗ちゃんは暫く児童養護施設に預かってる」
と可奈子が隣で両親に適当に説明した。
「じゃあ落ち着けば
と両親が言うと、藤波も磨美も、どうすると顔を見合わせた。丁度そこへ深詠子の兄から藤波の携帯に、今、京都駅に着いて何処へ行けば良いか訊かれた。そこから冠婚葬祭の鴨川ホールと言えばタクシーは解るから行ってくれると連絡した。これには下村の両親は、君嶋家の人には合わす顔がないと困惑した。
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