第15話 深詠子無言の帰宅2

 電話を切るとお母さんの話が出たせいか、傍でじっと見詰める真苗が目に飛び込んできた。居たたまれずに可奈子に連絡すると直ぐに来てくれた。

「検視ってなーに」と真苗ちゃんに訊かれて、死んだ原因を調べて、それによって加害者の殺意の有無を追究する。といちいち分かりやすく子供に返答するのが面倒くさくなった。だから可奈子には余計な事は、喋らないように言った。

 可奈子は引き戸を開けて入ってくるなり、いったいあの女は何様なの、といきり立っていた。今はそれどころじゃないと落ち着かせた。

「でもそうじゃないの、二日前に初めて会ったばかりなのに、親族を差し置いて啓ちゃんにヌケヌケと遺体の引き取りに来る様に仕向けるなんて」

「おいおい子供の前だ、さっきも言ったがもう少し穏やかに話せ」

「アラ、あなたのお母さんなのにごめんね」

 と真苗ちゃんに謝った。

 この子はどうすると訊かれ、磨美に連れて来るように言われた。

「そんなのダメ!」

「どうして」

「刺激が強すぎるわよッ、そんな事も分からないのッ」

 真苗は二人のやり取りに「お母さんがどうしたの? また会えるの?」

 と言い出すに至って、可奈子の意見に従った。此処はキチッとした状態で会わせる方がこの子の心の負担を和らげられる。結局そう思い直して可奈子の喫茶店に預けて、二人はタクシーで警察署へ向かった。 

「磨美が会って早々馴れ馴れしいのは、深詠子が俺の事を相当吹き込んで、向こうはだいぶ前から俺とは昵懇じっこんのように仕上がってるんだ」

「あなたの別れた彼女も勝手な人ね。こっちは全く知らないのに、向こうは啓ちゃんの事を知り尽くしているなんて、そんなの一方的過ぎるわよ。それで平気でいられるの」

「まあ今はそんな事を云ってる場合じゃない。何とか早く深詠子を弔うのが先決だ」

「まあ、それもそうね」

 と可奈子も表面的には一応納得と言うか棚上げした。深詠子は事件の有った最寄りの警察署に安置されている。署に着くと早速、磨美に深詠子の所在を訊ねた。さっき葬儀社の人が二人の子供はもう既に棺に納めてあり、今は深詠子を棺に納棺していた。

「一応子供はお顔の部分だけは扉があって、顔は見られるけれど……」

 そう云われて、まだ見ぬ深詠子の子供を確かめたかった。磨美に案内されて署内の安置所に行った。同じ此の場所に下村も留置されていると知って複雑な気分だ。

「下村はどうしてこんなことをしたんだ」

「自分も死ぬつもりだったからそうしたのよ」

「それがどうして此処の留置場に居るんだ」

 藤波の八つ当たりは無視した。

「会社の上司だったから、結婚した深詠子より下村とは付き合いが長いから分かるけど、第一に別れたくなかった。それが一番の理由だと思う。だからそれで本人も後悔しているはず」

 安置所には小さな棺がふたつ並んでいた。此の部屋は事件現場の遺体を保管する所で、身内が本人確認のために来る場所だ。最初から死体が棺に納めて在ることは普通はない。台の上に置かれた白木の棺の一部に、観音開きの小さな扉があった。藤波は合掌してから扉を開けた。夫の方はまだテレビでしか見ていないから判らないが、よく見ると何処となく深詠子に似ている気がした。だがもう一体の女の子の方は細い瞼の形が深詠子に生き写しだった。

美澄みすみちゃんの方は目許が深詠子に似てるでしょう」

 棺にある小さい窓のような扉を閉めてから、磨美にそう云われて静かに頷いた。

「もっと言うと、真苗ちゃんよりこの子の方が深詠子に似てるでしょう」

「だから一緒にったのか」

 それを傍で聴いた可奈子も、棺の小さな窓を開けて真澄と呼ばれた女の子を見た。そこへ葬儀社の人が、処理が終わりこれからご遺体はどちらに安置されるか問われた。磨美は本人の自宅に仮安置して親族が着き次第また指定する事にした。大人の棺はみんなで運んだが、小さい子供の棺は職員だけで車に載せた。タクシーで来た二人は磨美の車に乗せてもらう。磨美が運転して二人は後部座席に乗った。磨美の車が駐車場を出ると署前に待機していた深詠子を載せた葬儀社の車が後に続いた。

「それで下村の親族はいつ来るんだ」

「舞鶴から特急だと一時間半掛かる。電話してから支度して自宅から此処までだと三時間、遅くても四時間以内には着くでしょう」

「四時間だと、それじゃあ九州から飛行機で来るお兄さんと変わらないなあ」

「舞鶴ってそんなに掛かるの」と可奈子が驚いた。

「だって特急電車より飛行機の方が乗ってる時間は短い。それより葬儀社の話だと今晩お通夜で明日、葬式になるのか」

「そうらしいわね」

「じゃあこのまま自宅でなく、葬儀社の経営する葬祭ホールに行った方が良いだろう」

「まあそうだけれど。向こうの親族にも色々と葬式のやり方があるでしょう」

 電話では自宅で葬儀をするより、葬祭ホールでする方が、ご近所の目も届かないし密葬に近い形で、野辺送りが出来ると説明した。それでもハッキリしたことは、深詠子の自宅に着いてから決めると云う話になった。

「他人の葬儀をあたし達が勝手に決められないけど、今の状況ではそれしか方法がないわね。おそらくあとは到着した親族の同意を待つだけだと思う」

 それよりどうして真苗ちゃんを一緒に連れてこなかったのか追究された。これには可奈子が、慌ただしすぎて深詠子さんの安置する場所が決まった段階で、お母さんとゆっくりと対面させるべきだと云った。

「じゃあ、あの子は今どこに居るの?」

「ご心配無く、あたしの家で両親があやしていて、おとなしくしているわよ」

 警察署から深詠子は無言で自宅に戻った。


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