第11話 真苗に説明する

 磨美はそろそろ夕飯の支度に取り掛かると告げて連れて来た子と一緒帰り、可奈子も引き上げた。残った真苗ちゃんにはこの家の説明をした。

 二階を見て真苗も気づいたが、下は二階の広さの半分を店にして、残り半分を居住地にしてある。

 先ず店の入り口は、間口一間の引き戸で、隣は同じ一間間口の半分弱は普通のドアノブの付いた扉だ。このドアは定休日と営業時間外に主に使う。だから真苗ちゃんはこっちのドアから出入りしてもらう。店内と居住地の出入りには扉のない中央を使い、奥の引き戸は滅多に使わない。店内一番奥の通路側の扉を開けると男子用のトイレで、居住地側はその分広くて、そこにコンパクトにバスとトイレが収まり、トイレは女性用のトイレで洋式が普及した今では考えられない。藤波は余り使ってないが、真苗ちゃんが二階で寝起きしても、店の客に気にせずトイレに行けるし、表のドア側から外にも出られた。調理場だけが一階の居住地にはなく、真苗ちゃんは店が開くまでに夕食を済ますように言われた。

 家の中を細かく説明されたが、要は店を開ける夕方までと、定休日はどこでも好きなように使えた。まだ子供だから開店時、夜は寝るまで二階で目立たぬようにじっとしていれば良い。普通の家と違うのは夕方から寝るまでの三時間ほど不自由になるだけだ。先は分からんが、これも慣れて店の手伝いに顔を出すようになれば、そんな時間はなくなる。

 藤波がひと通り家の説明をすると、真苗ちゃんは早速今日仕入れた食材を店の開店まで手伝うと言い出した。今日使う食材を冷蔵庫から出すと真苗は、見た事ない魚に興味を持った。

「この目玉の大きい気味悪そうな魚、何なのこれ?」

「鯛のようにええ色してるやろ、見た事ないのか」

 どうやら魚は殆ど切り身で、一匹まるごと見たのは秋刀魚か鰯ぐらいなんやろう。

「これは金目鯛と言って、余り家庭の食卓には出ないからなあ」

「そしたら何処に行ったら食べられるの?」

「ええ料亭に行ったら食べられる」

「そしたら此処はあかんのちゃうの」

 えらいハッキリ言う子やなあ。

「そやけど、料亭ではええ値するけど、此処で出してもそんな値段では無理やねん」

「なんで無理なん?」

「そやかて畳の奥座敷で障子越しに庭を眺めながら食べるさかいや。それに真苗ちゃんのおうちに、今、座ってるような椅子なんかあらへんやろう」

「うん」 

 まあ、ぐじぐじする子よりハッキリしてた方がええか。それと可奈子が言ったように近いうちに椅子は取り替える。

「そやろう。そやさかいこんな古びた椅子は廃品回収業社でも持って行ってくれへん」

「そしたら何処へ持っていったらええん?」

「まあええとこ風呂屋の焚き付け材木やなあ」

 燃やしてしまうんか、と言ったきり黙った。何かナイーブなとこもあるんか。

「お母ちゃんは優しかったか」

「うん」

「どんな風に」

「いつも晩寝るときは本読んでくれた」

 そんな意外な面影は藤波には微塵も感じなかった。もっとも二人とも愛に溺れて同棲した一年半ではそんな場面に浸る間もなかった。

「どんな本、まさか、絵本は早うに通り越してるわな」

「そんなん里香りかちゃんでも読まへん」

 ああそうか、最近の子供は訳の解らんゲームに夢中なんか。

「里香ちゃんて、さっき二階で遊んでた子か」

「うん」

「もう一人の男の子は何て云うのや?」

「遼くん、遼太りょうた

「遼太くんか。あの子見たら真苗ちゃん、パッと明るくなったなあ」

「ほんまか?」

「此処でずっとあんな感じで居てくれたらええなあ」

「うん、ほなあ、そうする」

 此の子は何でこんなに気分転換がハッキリしてるは、両親のどっちの影響なんだ。

「お父さんはどうなんや、真苗ちゃんにちゃんと話してくれるか」

「お父ちゃんは忙しいさかい。休みの日以外はあんまり顔を合わさへんけど、おおたらよう話てくれる」

「どんな話や」

「学校のこととか里香や遼太のこと」

「そうか、そんならお父さんは自分のことは喋らへんのか」

「うん」

 何でもお母ちゃんがお父さんはお仕事が大変なんやさかい、あんたらから喋るように言われた。どんな仕事か解らんが、深詠子は三人の子供に掛かりっ切りなのに、この子を真面に育てていると感心した。

「そしたらこの枝豆を枝からむしり取ってくれるか」

 取り出した枝豆をカウンターの前に置いた。

「うん」

「むしり取ったら先っぽちょっとだけ切って、その塩水の入ったポールに浸けとくんや」

「何でそうすんの?」

 いちいち説明しなあかんのか。子供相手にするのは面倒くさいのに深詠子は苦労したんやろう。

「丁度店開ける頃にええ塩味になるさかい」

「うん、分かった」

 見ていると、子供にしては器用に手先を動かし、枝豆の鞘の端を綺麗に揃えて切ってその塩水に漬けていた。ひょっとしたら簡単な料理ぐらい深詠子が教えていたかも知れない。

「真苗ちゃん、さっきまで遊んでた二階の押し入れに親父の布団があるさかい暫くはそれで我慢してくれ」

「うん」

 と頷きながらも手はちゃんと動かしていた。

「お父ちゃん、今ごろどうしてるんやろ」

「あんな酷いことしたのに気になるんか」

「うん」 

 真苗の話だと、最初は夫婦喧嘩の後、お父ちゃんが弟と妹を相手に走り回っていると思った。だが血だらけでお母ちゃんが二階へ上がって来た時、まさか、あの、お父ちゃんがやったなんて、一緒に死んでくれって言うまで信じられへんかった。

 そうか、離婚を迫られた深詠子はともかく。そこまでしたわれた子供を手に掛けても、死にきれない下村への心境の接し方が、藤波と真苗では大きく違った。



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