第9話 磨美の話

 磨美が二階へ上がると藤波は可奈子に彼女の度量を聞いた。

「こう言う時はグズグズされるのが一番いやなのよね、なるほど深詠子さんが瞬時に手紙に書いただけあって磨美さんは臨機応変で頼りがいがある人ね」 

 可奈子は一連の彼女の動きからそう察した。

「会ったばかりでまだ挨拶もしていないのにどうしてそう思うんだ」

「そうね、あの子達が急に馴れ馴れしく騒ぎ出して、それどころじゃなかったけど。でも子供達を見付けたときの真苗ちゃんの顔見て手懐けるのがうまいと思った」

「いや気が付かなかった。どんな風だった」

「さっきまで表で遊んでいても何処となく落ち着かなくて。どうも外に出されて不安になったのね。あたしが大丈夫、何処へも真苗ちゃんは行かなくて良いようにおじさんは話してるんだからって、それでも余り落ち着きがないから、もう話済んだと思って店に入ったの」

「そうか、それで磨美の子を見てすっ飛んだのか」

「それより、なんで来たのか知らないけれどよく独りで来たわね」

 真苗は昨日お母さんと一緒に来た時と同じバスで来て、此の居酒屋までの道順を丁寧に教えられた。それでも何度か道に迷って「どん底、どん底」って念仏みたいに唱えていれば近所の人が教えてくれたそうだ。

「この名前は亡くなったお父さんが付けたの?」

「そうだ此処は祇園花見小路行く道筋で人通りはあるのに、みんな素通りするからどん底にすれば興味半分で立ち寄ると考えたんだ」

「そうなの、でもあの子もそれで道に迷っても憶えやすい名前で良かった」

「それでもしっかりした子なんだ」

「でもあの子、子供らしくないなあって思っていたけど磨美さんの連れて来た子達を見て急に子供らしくなって、やっばり今まで気を張ってたんだ」

 磨美が二階から下りてきた。

「ベットと箪笥以外はなんにもない部屋ね。ベットは折りたたみだから隅に片付けて遊びやすいように広くしたわよ」

「ああ、手間をかけたなあ、それでこっちは近所に住んでて、小さいときから知ってる立花可奈子、さんだ」

「立花可奈子です」

「あらそう、遅れましたけれど三沢磨美です」

「うっ、あっ、そうか結婚したんだなあ。三沢みさわは慣れないからまあ磨美さんでいいだろう」

 と二人をカウンター席に案内して、藤波はカウンター内で取り敢えずビールを勧めると磨美は遠慮なく頂いた。

「何から話せば良いかしら」

「先ずは真苗ちゃんの事かしら」

 なんでこの人が言うのと磨美は見直した。

「あの子は俺より可奈ちゃんに懐いてしまったようなんだ」

「立花さんに」

「だってそうだろう。あの会社でも俺はあんまり喋らなくて、上司と深詠子が取りなしてくれて少しは良くなったが」

「そうね、此処なら常連さんばかりで一見いちげんさんも少ないから跡を継ぐって言ってたもんね」

「それであの子も、お店手伝うって言ったもんね」

「真苗ちゃんが、そうなの」

「オイオイ、小学生を使うほど俺は困ってないよ。それより逃走している亭主だって行く所がなければ直ぐに捕まる。そうすれば此処にも警察がやって来ればどう言って追い払うか事情が解らなければそいつらに対処できない」

「そうね、深詠子はあんたと別れてからあたしとはもっと親密になった。あたしが結婚したせいもあるけれど、それで余計に親近感が湧いたと思う」

「親近感、それって同類相憐れむってやつか」

「啓ちゃん例えが悪いわよ」

 これには無視して磨美は続けた。

「あの下村は、深詠子があの会社を辞めてから次に見付けた会社の人で、困ってたら遠慮なく言ってくれって、それだけさり気なく言っては昼食に誘ってたんよ」

「初耳だ。そんなん俺はひと言も聞いてないッ」

「余計な心配を掛けたくなかったのね、そこがあねさん女房なんよ」

 と可奈子が言った。

「女房なんて時期尚早で余計だ」

「でもほっとけない処があるのよ、この人」

 と可奈子がまた横から口出しした。磨美は眼だけで牽制けんせいして構わず続けた。

「いよいよあんたらの雲行きが怪しくなると下村は積極的になったのよ」

「一年半ぐらいしか続かなかった原因はそれか」

「それもあるけれど、もっと複雑な根本的原因があったのよ」

 あんたのことを深入りしすぎて、その頃から愛だけでは喰っていけないってあたしにぼやいてた。多分あたしが結婚相手を決めて将来設計を始めると、深詠子はやはりキチッとした人とするべきだと現実を見つめ直し始めた。

「それは磨美ちゃんより、呪文のように耳に入れた下村の影響か」

なんでそう決めつけるのよ」

 と可奈子の口出しには当たっているだけに反論できない。

 深詠子に言わすと、下村は常に三叉路に来る度に、道しるべになる助言を与えてくれる。

「その助言ってなんなんだ」

「簡単に言えば人は霞を食べて生活出来ないってことよ」

「別にあの頃の俺は遊んでない。どんな仕事でも今まで以上にやって来た」

「でも建設現場や市場の配達人じゃあどうすればいいのって、あたしに愚痴を言われた」

「それで今日の仕入れも市場の内部には詳しかったのね」

 いちいち可奈子はもっともな合いの手を入れる。

「あの人をそんな若いうちからああしろ、こうしろって先を決めたくないんよ」

「好きになった弱味を曝け出しすから。年下を彼に持つとこうなるでしょう」

 可奈子の横槍には磨美は眉を寄せた。

 だから地道に深詠子が彼の将来像を黙って手探りで導くしかない。と言えば納得したみたい。結局、愛に対する深詠子の結論は、溺れてしまえば引き上げるか、突き落とすしかの二者択一しかないと割り切る。深詠子には真ん中の生き方が出来ないから、いざとなれば真苗ちゃんを預けるしかなかった。

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