第6話 谷を渡る雲
昼前に軽トラが表通りから店に近付くと、軒下には肩からポーチを掛けて、袖のない花柄のワンピースの少女が地面に座り込んでいた。
「誰、あの子」
君の隠し子かと言えば、可奈子は急にハンドルを揺さぶった。
人通りの少ない昼前の軽トラは左右に振られた。慌ててしっかりハンドルを持ち直して減速した。
「あの子が三つ、四つに見えるかッ」
と可奈子に。睨まれた。
「どう見ても小学校低学年だなあ」
「あたし、五年ちょっと前に結婚したのよ。歳が合わないでしょう。それよりも八年前に別れた啓ちゃんなら合うけどねー」
今度は藤波が眉を寄せて可奈子を直視した。
軽トラは座り込む少女を避けるように店の軒下近くで止まり、藤波が降りて駆け寄り可奈子が続いた。
「何処の子や、そこに座られると店に商品を運び込めへんがな」
「お嬢ちゃん、お洋服汚れるから立ったら」
と可奈子が少女を立たせた。背は高かった。一メートル四十近くある。可奈子の肩あたりまである。くりっとした目が少女っぽくて可愛い。歳を訊けば八歳と答えて封筒に入った紙切れを小さなポーチから取りだして「これを読んで下さい」と差し出した。読み終えると藤波は眉を寄せた。
「なんで
「きのうお母ちゃんに連れて来てもろた」
「きのう? それで今日お母ちゃん、どないしたんや?」
「亡くなった」
ほとんど無表情で答えた。
「ハア? 云うてることがよう分からん」
「その手紙には
可奈子に見せるか藤波は思案した。
「なんや見せたくないん? そやかて何でこの子は店の前に居るん? この子名前なんちゅうの?」
「此の手紙には子供の名前は、まなえちゃんって書いてある」
「他には?」
「ちょっとややこしさかい後で見せる」
と手紙だけ抜き取って、藤波啓一朗へ、と書かれた封筒だけ「母親からや」と渡した。受け取った可奈子は、直ぐに裏の名前を見て驚いた。
「この子、
黙っている藤波に愛想尽かして今度は子供に訊ねた。
「まなえちゃん、お母さんなんで亡くなったん?」
「今朝、亡くなった」
「なに云うてんの、あんた、昨日来たんやったら病気ではないわな。どないして亡くなったん、事故?」
「
「エッ! オイオイそれはないやろう」
藤波が急に声を張り上げると、それでは子供が落ち着かへん、と藤波を睨んだ。
「真苗ちゃん、あんたなー、なに言うてんのか分かってんの?」
と直ぐに可奈子が優しく子供に語りかけた。
「うん」
真苗は少し落ち着いたようだ。
「今朝の事なら夕刊しか無理や。ちょっと店に置いてるテレビ見てみよう」
「それより今朝仕入れた材料を先に冷蔵庫に入れんとあかんのとちゃうん」
こんな時でも気の利いた事を言う可奈子を藤波は見直した。
取り敢えず子供を店に入れて、丸椅子に抱え上げて座らせた。それから可奈子に言われて藤波は慌てて軽トラの荷台から可奈子と一緒に食材を冷蔵庫にしまった。一段落して軽トラを駐車場に入れに行く。そのあいだ可奈子にはカウンター端のレジの上にあるテレビで今朝のニュースを調べさせた。リモコンでニュース番組ばかりをリストアップしていると、下村深詠子とその子供二人が殺されて行方不明の夫を警察が捜しているニュースが流れた。
「これか?」
と訊けば真苗ちゃんはコクリと二、三度頷いた。 そこで藤波がどやったと車を置いて店に戻って来た。
「テレビのニュースで
可奈子はリモコンで次々とニュース番組ばかりをまた選局し始めた。
「さっき話してた彼女、深詠子さんの名前が出てた」
エッ! と藤波も食い入るようにテレビを見た。
「子供と一緒に、どうやら亭主に殺されたんだって」
「エッ! どうなってんのや!」
そこでまたニュース番組にヒットして二人は見入った。殺された女の顔写真が写った。
「あっ! 深詠子や、間違いない。テレビ消してくれ。どうやらそこから逃げてきたらしい。あとはこの子に聞いてみよう」
「手紙に書いてないの」
「真苗ちゃんか。メモの内容を聞いてもこの子にはまだ分からん。それよりあのニュースはこの子が一番詳しそうや」
藤波は先ほどから黙ってカウンター前で、まだ足のつかない丸椅子に座ってる子に訊けと催促した。可奈子が椅子の前にしゃがんで真苗を見て「あのニュースやけど、真苗ちゃんはあの家に居たん?」
目の高さに合わされて真苗の目元が緩んだ。
「二階の自分の部屋に居た。そしたら下でお父ちゃんとお母ちゃんが大きな声で怒鳴ってた」
「夫婦喧嘩か、ようするの ?」
ウンと頷いた。
「でもこの日はいつもより騒がしかった、そしたら急に静かになった」
「それでどないしたん?」
「お母ちゃんが血だらけになって内の部屋へ来て、ここへ行きとゆうて封筒渡された。それから下を見たら妹と弟が逃げ回ってたけど静かになったらお父ちゃんが二階へ上がって来たんや。そしてお前もわしと一緒に死んでくれって言われて、嫌やって言うてお父ちゃんにぶつかったらお父ちゃんは下まで落ちたんや」
「それでどうしたん?」
「そのまま動かんさかい下へ降りて跨いだら向こうで妹が目剥いて倒れてた。揺さぶっても起きひんさかい玄関に行ったら、今度は弟も同じやった。そのうちお父ちゃんが起き出したから慌てて飛び出して来た」
途切れ途切れに何度か聞き直しながら、やっと真苗ちゃんからこれだけ聞き出せた。それとテレビニュースの情報から、喧嘩が
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