第2話 可奈子
店を持つとサラリーマン時代と違って、朝はゆっくり出来るが、十数年続いた癖で朝は八時に起きて、ゆうべの残りもんで朝食を済ます。五百メートル北東へ歩くと平安神宮がある。その途中に有る可奈子ちゃんの喫茶店へ最近寄るようになった。
可奈子の店も間口は狭いが奧いきがある。中央の通路を挟んで両側にテーブル席が四つで八つある。この店は朝の観光客が来る前は、いつも中年以上歳を喰った近くの土産物屋とか雑貨店、その他観光客向けの店主ばかりで賑わっている。第一に可奈子の両親も別々に他のテーブル席に居る店主と世間話をしていた。同じ独身で三十代の藤波と可奈子だけは入り口傍のテーブル席に居た。
「せっかくみんな盛大に見送ったのに何で離婚したんや」
「嘘や、啓ちゃんはえらい気落ちしてたって、お父ちゃんが言うてた」
「そんなことあるわけないやろう」
「へ〜エ、やせ我慢して、まあええわ。あの時は格好ええ人やと思ったんや。第一、敬ちゃんと
藤波は親父を心配して戻って来たが、可奈子にすれば「内が結婚したさかいにあんたは戻って来たんやろう」と半年前に久しぶりに会って言われた。表面上の
子供の頃の可奈子はショートカットでやることも男っぽかった。華頂通りにある女子短大を卒業してから彼女はやっと髪を伸ばし始めた。藤波が彼女を意識し始めたのは髪を伸ばし始めてその容姿がガラッと変わったからだ。元々彼女は器量も悪くない。ただ平安貴族のお姫様の目鼻立ちをしながら、男っぽい行動が藤波の気持ちを阻害していた。まあその頃に他の女性と失恋した
「嘘つけッ、俺を意識して急に髪を伸ばしたんやろう」
「
彼女はうぬぼれるなと言うが、何処か迫力に欠ける。
可奈子とは三つ下だが早生まれと遅生まれで学年は一つしか空いてない。近所で同じ中学、高校までは一年間ずつ在籍していたが、勝ち気すぎて学校では同じような相手とは
「可奈ちゃん、夕方には観光客も居なくなるやろう。その頃には開けてるのに、何でうちの店に呑みに来いへんの」
「そやかて、あの居酒屋は年寄りばっかりでまるで老人ホームやないの」
「ホームは余計や、内の客は親父の遺した財産やさかいせめて倶楽部にしてくれ」
お父さんが遺したお客さんだけに、もう人生の賞味期限が切れてもおかしくない人ばかりで、そろそろ店のレイアウトを考えなアカンと言われてた。
「そやけど、みんな元気やで」
「そやかて、今のお客さん、あと何年来てくれるのや、そのうち足腰弱ってくるでしょう」
可奈子は何処まで本気で店のことを考えてくれているのか解らない。
「それより、可奈ちゃん。うちの店の心配より、みんなその歳で実家に帰って来て先行き気にしているで」
と藤波はひそひそ話をする他のテーブルを見渡した。疑心暗鬼じゃあないが、彼女も急に落ち着きをなくした。
「嘘や、みんなそれほどうちを気にするほどの暇人と
矢張り五年もこの町に居なかったギャップで、この町の人情を忘れている。それだけ新しい家庭に没頭しょうとした努力の跡が窺える。
「それで五年も、よう続いたなあ」
まあねと軽くいなされてしまった。
「啓ちゃんも噂では浮いた話があったんやて、それどうなったんや」
「なんや知ってるんか」
これは意外だった。余程、俺の周囲にアンテナを張り巡らさないと、こんなプライベートな情報は伝わらないはずだ。
「じつは啓ちゃんにだけは言うけど、あたしはあんな男と、ようも五年も持ったと自分ながら感心してるんや」
そんな変な処で感心するか、あの子供時分の突っぱねた可奈子は何処へ消えた。
「あっち向いたらだるま大師じゃないけれど、壁に向かって九年も座禅を組んでるような人とはよう付き合わんと思っていたけど。あれほど
「ホウ〜、その気になったか」
「もう〜、身には染みたけど、心にはまだ染みついてないわよ〜」
「そやけど、出戻ってからチョコチョコ顔を見せてくれてるがなあ」
「しゃあないやん、昔から知った仲やさかい」
しゃあないと言いながらも、髪が長くなってから
「それだけか」
「そうや」
観光客が増え出すと店でとぐろを巻いていたご近所さんも各店へ戻りだした。また来るわと藤波も腰を上げると彼女も着いて来た。
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