閑話 龍の会盟
風の導きは常に青年の胸のうちにあった。そしてまたキャラバン、砂漠の民、旅人、これらの者はみな風の加護を信じた。スーサリアには龍の祀り人がいた。祀り人はみな風の精霊を信じ、また祀り人の神である龍を信じた。龍は荘厳な存在であり、叡智である。この地には龍が眠っている。太古の戦争で人族と共に魔物を屠った彼らは、そのときの傷を癒すべくそれぞれ別々の地に戻って眠りについた。そして各種族の王たちは会盟して龍を守護することを誓った。それから幾千年もの時が流れた。そのような長い時の流れの中で龍たちは人族の中でも、風の精霊の加護を一際強く持つものに力を与え、世界の調停を任せた。幾千年の月日を経て、人族は結束を忘れてしまった。だが、太古の昔に龍の会盟を結んだ国々は万古の覇国と呼ばれ、結束を保った。龍の会盟に参加していない国々も無論あった。未だに戦争を盛んに行っている国々があるのは遠い地であり、古そこは霧の地と呼ばれ、高い山々には霧が立ち込め、その先に何が広がるか知るものはいなかった。だが古の戦争はその山々の一角を削りとったのであった。山々は隔たった二つの世界を交わらせた。万古の覇国は彼らを会盟に受け入れ、共に歩むことを提案した。だが彼らがその提案を呑むことはなかった。霧の地はまさに戦の地であった。精霊の加護を得た者たちは少数であり、大多数は加護を捨て、神への信仰を捨てていた。長い時の中で会盟だけが戦争への誘惑を断ち切れる訳では無かった。魔物の国、イビルニアは滅んだが、数多の種族の中には魔物の国の味方をする国もあったのだ。魔物の力には一種龍と渡りあえるものがあった。こうした意味で二つの世界の交わりは一面では悲劇であった。だが会盟は表面的には戦争を避け続けた。各地の大魔術師、王、将軍、種族の長たちは龍の会盟を守り続けてきた。外敵の侵入は防がれ、龍の眠る地は守られた。風の精霊の加護を持つものの体を借りた眠れる龍の残滓もそれぞれの地で会盟を守ってきた。だが、風は吹きはじめていた。ノルダスタの角笛が天地に鳴り響いた。伝承に伝わる終末のときを知らす角笛は勇壮な音で鳴り響いた。だが同時にその角笛はどうしようもなく不気味であった。数千年の時を超えて、平和を守り続けた龍の会盟は、今まさに戦禍の渦に巻き込まれつつあった。だが、青年の旅はまだ始まったばかりである。
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