四話 鉄の国

青年はマーナの戦士が行くという、山岳の国に行くことにした。戦士はその国で武器を買う。軽装の彼は白の服を着て、わずかに湾曲のある細身の片刃刀、シャムシールを身に付けている。スーサリア、四方を山に囲まれたその国は、鉄の精練という高度な技術を持ち、火の精霊が信仰されている。何百もの坑道では多種多様な鉱物が採掘され、中でもアダマンタイトという金属で装備品を作ることのできるただひとつの国であった。この国にはよく魔物が出る。魔物はトカゲを醜悪にしたような姿をしており、採掘場に度々現れる。その魔物の討伐を担うのは坑道の警備隊であった。魔物の害はそのほとんどが未然に防がれる。マーナからそう遠く無い位置にあったスーサリアはマーナと太古の昔に盟を結び、それ以来友好関係にある。スーサリアではドワーフと人間は共存していた。そしてこの国で大魔術師とされている男はその実ドワーフであった。よく鍛えられた筋肉は戦士を連想させる。だが賢者のみが見せる鷲に似た鋭い目の輝きも隠しようがなかった。彼の被る鉄兜は古の戦いで用いられたもので、ところどころに薄い黒色のシミができていた。よく蓄えられた髭に、山岳の者らしい飾り気のない質素な茶地の服、そして使い込まれてよく馴染んだ鉄鎧、これだけでも彼は魔術師のようには見えなかった。彼は栄光あるスーサリア一の武器工であった。彼の打つ武器は仄かな橙色の光彩を放ち、鉄鎧など簡単に両断できる切れ味を持つ。スーサリアの技術力の結晶と言ってよかった。工房は熱気に包まれていた。熱鉄の熟したような赤色は工房の煤けた茶の煉瓦の壁を夕暮れのような橙色に染め上げ、大きな影がゆらゆらと動いている。その刀鍛治はゴオーン、ゴオーンと鉄を叩いていた。音は工房内を反響し、叩かれた時よりも大きくなって青年の耳を打った。工房にはルビーで作られた歯車と火の加護の入った紋章が刻まれている。刀鍛治は低いがよく響く声で唄っていた。「火よ、火よ、火の精霊よ、我らの刀に火の言葉を刻み、英雄に力を与えしめよ」段々と工房の紋章には熱鉄のような赤色が流れ出した。紋章は金色に光りだした。金槌の動きに呼応するように金色の光は強さを増していった。鉄はもはや鉄ではなかった。スーサリアの武器工はこの状態の鉄を炎鉄と言う。さて、作業が終わったようである。刀鍛治はようやく過度の集中から解放され、持っていた金槌を置き、ふと青年の方を見た。刀鍛治の皺の刻み込まれた顔は小麦色に染まり、盛り上がった筋肉は衰えを感じさせない。「青年よ、よく来た。火の精霊は君の訪問を歓迎しているようだ」火はさながら踊るようだった。刀鍛治の後ろでは、今まで穏やかに燻っていた火が火の粉を散らして燃え上がっていた。それと共鳴するかのように紋章はまた金色に輝きだした。刀鍛治は語った。「古来より火の精霊と風の精霊は友であった。火は風を生み出し、風は火を育てる。風雲吹き荒れる乱世は火を生み出し、火はまた風雲を生み出す。君は英雄となるやも知れぬぞ。風の加護を持つ者よ。」刀鍛治の後ろで火の粉が舞った。さらに火の激しさが増したようだ。刀鍛治は「君は随分と気に入られたようだ。」と言うと、おもむろに剣を青年に差し出した。「これを火の中へ」火は剣を包んだ。剣は光りはじめた。光彩を増した剣には工房の壁に描かれた紋章が描かれていた。刀鍛冶の元を辞すと、青年は明朝ここを発つことにした。

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