第5話:ギア・ダンジョン殺人事件の巻

 「さて、都市運営機構から皆様、少女絢爛への依頼があります」


今日のお客さんはラプチャーさんである。


相変わらず気圧される、仕事ができまくりそうなオーラの持ち主である。


が、それよりも気になることが一つ。


「あのー、どうしてわたし達に依頼なさるのですかー? トラブルシューターチームがいくつもある中でどうやって事件に対して依頼するチームが決まるのでしょうかー?」


都市運営機構はどうやって依頼するチームを決めているのだろうか。


適当に予定が空いているやつから、とかだったら、わたしたちでは命の危険があって全滅したり達成できない依頼が来たりするかもしれない。


これは絶対に聞いておかねば。


「ああ、時夢さんはまだご存じなかったのですね。折角の機会ですから説明させていただきましょう。都市運営機構は超能力の存在する法則の世界から、予知能力者等、運命をある程度予測可能な超能力者の脳神経構造を模した疑似脳髄による超能力ニューロコンピューターを、シャイタンパーでも動作するように『答えの力の覚醒者』に『究極の答えの力』が作用するようにしてもらいながらシャイタンパーに持ち込ませ、計65,536台をハイパーキューブ型に超並列接続した運命予測システム、通称オラクルマシンを要しております。このオラクルマシンが運命を予測し最も依頼を達成する可能性の高いチームを選ぶわけです」


要するに最適任のチームを選べる仕組みがある、というわけであり、その最適任がわたし達なのだ。


なら安心して依頼内容が聞ける…と言う前にさらにまだ聞かねばならないことがある。


「疑似脳髄って人格とか意識とかがあったりしないのですかー?」


「ご心配はいりません。オラクルマシンを構成する疑似脳髄はあくまで超能力者の能力を司る脳神経構造を模倣することにより運命予測を可能とした計算機械に過ぎません…、間違ってもあれらに人格や意識や自我などは無いことは都市運営機構でも精神感応能力者により確認済みです。実際疑似脳髄の外見は本物の人間の脳によく似ておりますので見て気持ちの良いものでもありませんし、知らない人間がオラクルマシンの主要部分を見たら時夢さんのような懸念を抱くのも当然ではあります」


博士やルンさんが使っているフォン・ノイマンアーキテクチャによるパソコンやゲーム機はせいぜい16ビットか8ビットのCPUしか無い。


博士が使っている最新の最高級機とされるパソコンで16ビットCPU、RAM容量は512KB、クロック周波数もせいぜい8MHz程度である。


…そのくせ、量子コンピューターがあるのだ。


そう、わたしの生きていた令和日本では未だ実用レベルに達していない量子コンピューター。


シャイタンパーではこの世界の法則でも問題なくその特性を発揮する常温超伝導物質がいろいろなところで使用されている。


常温超伝導物質を駆使すれば令和日本ではまだ存在しない実用レベル量子コンピューターを比較的少ない難易度で実現しうるのだとか。


まあ、地球においても一般人がゲームしたりたいていの仕事したりネットしたりする分には量子コンピューターなんてどうでもいいものだそうだが、研究者にとっては素材や化学や製薬といった分野で飛躍的に研究開発の速度を増大させると考えられているそうな…。


博士も自分のパソコンに量子演算ユニットを増設して活用しているんだとか。


ちなみに量子演算ユニットもゲーム機もパソコンも、シャイタンパーを走り回っているアンモニア燃料電池と常温超伝導モーター駆動の自動車もすべて同じ異世界から輸入されているそうである。


地球のIT技術の進歩について博士と話したら、イラストや動画を生成し、あるいは声優よろしく音声合成を行うAIの話とかに目をまんまるにしていたものである。


その後大学の教授を紹介されて知ってる限り地球のIT技術について…、わたしの大学の専攻は図書館学で、計算機科学とか情報工学の素養なんぞ無いのだが、まあ1時間ほど話すこととなった。


世界によって計算機科学とか情報工学の進歩具合はいろいろのようである。


そしてまたどこかの異世界産の、超能力で運命を予測するニューロコンピューターときたものだ。


嗚呼、もはや会えぬ到達不能地球のお父様、お母様、あなたがたの元息子はかくも広大無辺な世界で生きております。


ちなみに今は娘です。


閑話休題。




 「さて、話を再開いたしますが」


どうも話をそらしてごめんなさい。


「今回の依頼の舞台はシャイタンパーに存在するダンジョンとなります」


ほぉ、ダンジョンとな。


地球で言うダンジョンとは元々地下牢という意味から転じ、テーブルトークロールプレイングゲームにおいてしばしば地下に存在する迷宮じみた構造を指す言葉となった。


まあ、『地下迷宮』と日本語には翻訳されている。


そして令和日本のネット小説と言ったジャンルにおいては、しばしばダンジョンとは海が広がっていたり砂漠が広がっていたり、と一種の小異界とも呼べるものとなっていることがある。


令和日本のネット小説においてダンジョンはしばしば宝箱が無限に湧いたり魔物というか敵が無限に湧いたり、敵を殺すといろいろ魔法の道具だのお金だの何かに使える素材だのが手に入るという言わば資源が湧き出る豊穣の地とされている。


かつては小説家の創作をゲームデザイナーがネタにしていたが、今ではコンピューターゲームを小説家がネタとしているので、結果としてそうなった。


…、シャイタンパーにおけるダンジョンというのはどのようなものであろうか。


「さて、皆様はダンジョンについてはお詳しいでしょうか」


「概略くらいなら知っているが自分で行く気はなかったからな」


「弱い敵しか出ない場所には興味がなかったからボクは詳しくないね。一度行ってみたことはあるけどゲームならともかく現実で弱いものイジメは嫌いなんだ」


「ワタクシ低い身分の出身で学がないのでございます」


「わたしのいた到達不能地球にダンジョンなんてありませんからー」


「では、シャイタンパーにおけるダンジョンとは如何なるものか、ということから説明させていただきましょう」




 「シャイタンパーにおいてダンジョンとはダンジョンマスターと呼称される異能者…、自覚の有無はともかく故郷の世界で神々の意志の代行者だったと思われる者たちによって作られる特異な空間を言います」


「敵や宝が無限に湧き出る場所というのはもちろん異常で特異な空間です。このような空間は何者かの意思無くば存在しないものなのです。そのような特異な場所が存在する世界は全て神々或いはなんらかの上位者が実在します。彼らは人間たちに試練や恩恵を齎すためにこのような特異な場、『ダンジョン』を世界に作っているのです」


「ダンジョンマスターはこのような神々によって神意代行者として選ばれた存在です。ダンジョンマスターは神々に代わりダンジョンを維持・管理したり強化します」


「このようなダンジョン或いはダンジョンマスターが存在する宇宙はしばしば、そうでない宇宙から見ればゲームじみて見えるかもしれません。実際、このように敵や宝が無限に湧き出るダンジョンの存在する宇宙にはゲームじみた特殊な宇宙がしばしばそうであるように、人間に『レベル』や『能力値』や『ステータス』が存在することが多いのです。これらについてはご存知ですね?」


「はいー、『レベル』と『能力値』はゲームにおいてキャラクターがどれだけ有能で強力かを数字や文字で示したものであり、『ステータス』とはそれらを含む、キャラクターがどれだけ有能か無能かを示すもの全ての総称ですー。でもゲームじみた、そうでない宇宙の出身者から見ると特異に見える宇宙では実際に人間は神々によりそうあれと創造されそのように世界の法則が定められ、人間にはこれらの要素が実際に設定されており、客観的に計測しうるものですー」


ラプチャーさんは『よくできました』というような表情でわたしに目をやる。


「このダンジョンというものはシャイタンパーにおいて有用です。無から有を生むということは驚異的なことであり、それが当たり前に行われるダンジョンが有用でないわけがないのです。通常魔法の物品は、それが作り出された多元宇宙の法則に深く結びついております。『答えの力の覚醒者』に『究極の答えの力』が作用するようにしてもらいながらシャイタンパーに持ち込ませることによって、はじめてその特異な力を発揮することができるのです。しかし、ダンジョンマスターによりこのシャイタンパーに作られたダンジョンから回収される魔法の品物は、そのような手間をかけずとも魔法の力を発揮しうるのです。最初から『究極の答えの力』が作用しているわけですから。シャイタンパーで動作する物品は他の世界に持ち出しても問題なく力を発揮するため、他の世界との交易に使ってもいいし、ここシャイタンパーで使用することもできるのです。ちなみにシャイタンパーの世界法則と到達不能地球の世界法則は比較的似ていると考えられています。本来のシャイタンパーの法則では魔法も超能力も異能もないらしいのですよ。ただ全ての住人が『答えの力の覚醒者』であり、あらゆる物事に『究極の答えの力』が介在するので、魔法だの超能力だの異能だのがあたりまえに存在しているわけですね」




 「さて、この依頼の舞台となるダンジョンですが通称『ギア・ダンジョン』。ダンジョンマスターであるギア=ピーターズ氏の能力により創造され運営されている迷宮です。付け加えますと氏はピーターズが名前でギアが姓です」


「ギア・ダンジョンで事件が発生しました。殺人の可能性があります。依頼はその真相の解明です」


「それは官憲の人たちの仕事ではないのですかー?」


「ごもっともな疑問です。警察には読心や精神探査の能力、或いは物品や場所の残留思念を読み取るサイコメトリー等の能力を持つ超能力捜査官、死者の霊魂を召喚し事件のあらましを調査する心霊捜査官が所属しており彼らが捜査を行うのが通常です。これにより冤罪事件も迷宮入り事件も、シャイタンパーにはほぼ皆無と言えます。しかし、今回の事件は例外的なもので、警察がオラクルマシンに助言を求めた結果、調査官に任せた場合事件解明が遅れるか迷宮入りとなる可能性が高いと運命を予測し、少女絢爛へ依頼することとなりました」


「後はダンジョンマスターであるギア氏と捜査官に聞いたほうが詳しい話が聞けるでしょう」


そしてわたし達は、それぞれ依頼を引き受ける旨契約書に署名した後、ギア・ダンジョンへと向かうのであった。




 シャイタンパーの無国籍風な街並みの中に異様なものがある。


大きな岩だ。


高さは5階建ての雑居ビルくらいはある。


それに、4階建ての建物くらいの高さの大きな金属製の、両開きの扉がついている。


ギア・ダンジョンの入口である。


入口の前には巨大な、筋骨隆々の見目麗しい男性を模した石像が二体、扉を守るように左右に配置されており、仁王像に似たポーズをとっていた。


美術品として令和日本にあったら、さぞかし高価なものとなるだろう、素人目から見ても見事なものだ。

こんな物を異能で作り出したのだろうか。


ダンジョンマスターのギアさんは強大な異能の持ち主であるらしい。


警察の骸骨模型が銃を持って警備をし、三角コーンが扉の周囲に配置され、立ち入り禁止を意味する鎖が巡らされている。


日本で似たものをあげるなら、犯罪捜査と言うより道路工事をしている現場に似てなくもない。


実際、ここまでの道中で資料として読んでいたMOOK『シャイタンパーダンジョン案内 ダンジョン探索倶楽部編』の最新版ではギア・ダンジョンは娯楽目的のダンジョンとしては最悪の部類だが、実用目的なダンジョンとしては最優秀であり、娯楽点、実用点それぞれ最高50点、最低0点となる採点で娯楽点1点、実用点47点で総合点計48点を獲得したダンジョンだそうな。


ダンジョンの点数ってなんぞやと人は疑問に思うかもしれないが、『スリルを味わいながらダンジョンを探索し、中で出てくる敵を安全にぶっ殺して戦利品を得る愉しい娯楽としての質』、『戦利品として優良な魔法の品や資源を手に入れることができるかという実用性』の二つにより点数が付けられ『シャイタンパーダンジョン案内』の採点は決まるのである。


ほとんどのダンジョンマスター達は、故郷の世界ではダンジョンを探索する者たちと命を懸けての真剣勝負をしていた。


だが『答えの力の覚醒者』となりシャイタンパーに転移してからはそうではないのである。


シャイタンパーにとってのダンジョンは資源の採取所であり、あるいは娯楽施設である。


ダンジョンマスターの故郷世界の法則によっても詳細は異なるが、彼らはダンジョン探索者の血だの汗だの感情だのダンジョン内で使った何らかの力だの命だのといったものから、ダンジョン運営に必要な何らかのリソースを得ていたことが多い。


地脈と総称される、地中に存在するといわれる何らかの力の流れからリソースを汲み出すとか、ダンジョンマスターをダンジョンマスターとした上位存在に捧げ物をしてリソースを得ていたダンジョンマスターもいるそうである。


それらのリソースはシンプルに、『ダンジョンポイント』と総称されるそうである。


これを消費してダンジョンを維持し、或いは強化するのだ。


『答えの力の覚醒者』となってからは、ダンジョンポイントを得る手段がないかわりに、ダンジョン維持や強化は彼らの『究極の答えの力』の多寡によるので、ダンジョン探索者からリソースを搾り取る必要もない。


そのかわりと言ってはなんだが、ダンジョンマスターもこの都市で生活するためには当然お金が必要となる。


彼らの主な収入源は、ダンジョン探索者が払うダンジョン入場料なのである。


…、ダンジョンに入るのにお金を払う必要があるのだ、ゲームならともかくこの現実のシャイタンパーでは。


ダンジョンで手に入る主な品としては、大した事のない品としては、例えば『銅製のただの武器や防具』『鉄製のただの武器や防具』『さまざまな硬貨』等がある。


これらは金属資源として重量で値がつけられ売れる。


まあ、地球でも銅線とか鉄のレールとか盗んで売りさばく輩はいるそうだし。


なお、シャイタンパーの存在する無限平面の大地には鉱山なんてないので、金属の主な入手方法は異世界からの輸入である。


記念品としてそのまま所有してもいい。


鋼鉄のナイフなんかは実用に使えないこともない。


ダンジョンに現れる敵の死体も一応は資源だが、これらはダンジョンマスターが回収し都市運営機構のゴミ収集に資源ゴミとして引き渡される。


こういった物は、どこのダンジョンでも手に入る。


ダンジョンの個性が現れるのはやはり、どんな魔法の品が入手できるかだ。


魔法の武器防具なんてものは重要ではない。


シャイタンパーでは地球においても20世紀後半レベルの銃火器が手に入るらしい。


例えばドラゴンの鱗も切り裂ける名剣ドラゴンスレイヤーなんてものが手に入ったとしても銃火器の前にはただの観賞用の工芸品、あるいはただの金属資源。


剣を実用とするためには剣を用いる異能の剣技が必要であり、大半のシャイタンパーの住民はそのような技は使えず、実用品として武器を取る必要がある際はダンジョン産の名剣などより科学文明で作られた量産品の銃火器を選ぶ。


とはいえ、シャイタンパーのダンジョンの中には火薬を用いた武器が動作しないとか持ち込めないという法則のものもあり、こういった使用者の筋力頼みの昔ながらの武器も完全に不要ではない。


なお、ギア・ダンジョンの法則では火薬を用いた銃火器は使えない。


見栄えのする敵に気分良く存分に銃弾を浴びせられるダンジョンは娯楽目的に優良で高い娯楽点がつけられるが、ギア・ダンジョンは戦闘に有用な能力を持つ者以外は利用を禁じている。


武器や防具以外の魔法の品は有用である事が多い。


飲めば如何なる毒も解毒できる魔法の解毒薬、飲めばみるみるうちに怪我が治る薬、数日眠らなくても大丈夫になる副作用は一切ない強壮剤、どんな病も癒やす万能薬など有用な魔法薬は、自分で所有し使ってもいいし、シャイタンパーでも異世界でも、売っても結構なお金になる。


他に有用なのが、無から有を生む魔法の品だろう。


たとえば水を無から生み出せる魔法の水筒。


入手の難易度は高いが、一日数回パンとチーズを生み出すことのできるテーブルかけや、あるいは一日数度水を入れてかき回すとスープになる不思議な魔法が使える鍋。


最後のは無から有を生むのとはちょっと違うか。


まあ、そういった品は都市運営機構がお高いお値段で買い取ってくれる。


自分で使って家計を浮かせてもいい。


ちなみに都市の水道局では、水を生み出す魔法の品を用いることと、下水道を完全浄化して再利用することで水を供給しているそうな。


そのための魔法の品は異世界で買い漁ったり、ダンジョンで手に入る物を買い上げたりして調達しているのだ。


他に何があるだろうか…、見た目より遥かに大きな容量を収納できる魔法の収納道具とかがあった。


ギア・ダンジョンではこういった価値の高い品の入手できる可能性が高く、実用点で高得点をとっているそうな。


閑話休題。




 ギア・ダンジョンの前の警察仕様骸骨模型を指揮している警察の人に…、嗚呼、もちろん彼もまたわたしを見ると平伏し、わたしの美しさを讃え崇拝の祈りをはじめたのを再起動させて、少女絢爛の来訪を告げるとわたし達はダンジョン内に案内されるのであった。


扉の内には、外から見た雑居ビルサイズの岩の中には絶対に収まりきらない長さの通路が続いている。


シャイタンパーにおいてダンジョンとはダンジョンマスターにより創造された一種の異界であることが、これだけでもよく判る。


ギア・ダンジョンは通路と部屋と階段からなる古典的な迷宮だ。


ダンジョンの幅が広く天井も高い通路を案内され、いくつもの角を曲がり階段を降り、本来は罠だったらしい移動装置や転移の魔法をもちいて道程をショートカットし、やがてダンジョンの最奥にあるボス部屋を通り、ダンジョンマスターの居住区画にたどり着いた。


ちなみにボス部屋とはダンジョンでも最強の存在が待ち構える空間のことである。


ダンジョンで特筆すべき強大な存在はボスと呼称され、ボスは自分の場所で挑戦者を待ち構えるものであり、基本的に持ち場を動かないものなのだ。


ボスを倒すとダンジョンで最も価値のある宝物が手に入るというのも、多くのダンジョンで定番だそうである。




 「少女絢爛の方々が到着いたしました」


「ご苦労さまで…うぼぁああああああああ!!!!」


居住区画で待っていたのは2名の男性だ。


もちろん彼らはわたしを見るとおかしくなる。


感動の涙を滂沱と流すとか感動の雄叫びをあげるとか。


なので再起動させる。


そして自己紹介の時間となった。


「ギア=ピーターズです。ギアが姓でピーターズが名前です。このダンジョンのダンジョンマスターです」


ギアさんは私服の、黒髪黒目の青年だった。


「本官はグレゴオル=ンヤダグであります。グレゴオルが名でンヤダグが姓であります。警察の捜査官であります。本件において、少女絢爛の方々の捜査に協力するよう指示を受けております」


ンヤダグさんは警察の制服に身を固めた金髪で緑色の目の青年だ。


わたしたちもそれぞれに自己紹介を行った。




 「さて、それでは現場にご案内するのであります」


ギア・ダンジョンは広い。


ダンジョンマスター居住区から事件現場に移動するまでにその程度の時間はあるのだ。


わたしたちはギアさんを先頭にダンジョン内を歩く。


「事件がありましたのはこれより向かう一室であります。事件の発見者であるギアさんが警察に通報したのは23時間前、前日の14時であります。内側より魔法の錠により扉を閉ざす魔法により閉鎖された部屋が、約一日程閉鎖されたままとなっていることに気がついたギアさんが不審に思ってダンジョンマスター権限で魔法を無効化し部屋に入ったところ、ダンジョン探索者3名の遺体を発見し、警察に通報することとなったのであります」


推理小説では密室は定番だ。


古来より多くの作家たちが、如何に痕跡を残さず犯行後に犯人を密室から脱出させるか、あるいは部屋から出た後に外から部屋を閉じ密室に仕上げるか、そういったことに知恵を絞ってきた。


もっとも活字中毒者のわたしではあるが推理小説は主食ではない。


それにわたしは物語の名探偵ではない。


正直なところわたしが役に立つとも思えないが、博士の頭脳だけに頼るだけにもいくまい。


ンヤダグさんの話に耳を傾ける。


「ダンジョンマスターは魔法で閉ざされた扉を開けることができるのなら、一番疑わしいのはギア殿ということになるのでは?」


と博士が口を挟む。


「もちろんその疑いはありましたのであります。本官は法に従い、プライバシーに関わる部分を読まない、結果は司法の場以外では絶対の秘密とする、結果は司法の場で不利な証拠となることがある、の3つを告げて誓う、『アルフォンクスの誓約』を行いギアさんの同意のもとに『嘘看破』『精神探査』の魔法を併用し、氏の証言を確認したのであります。結果、その証言は、本人が真実と考えていることのみを口にしていることはほぼ間違いなしと言えるのであります」


そんなことができるとは…、もしこれが現実でなく推理小説だったら作者はたぶんバカだろう。


「鑑識の捜査により三名であることは確認済みであります。法医学による検死の結果、死因はまったく不明であります。外傷などは一切なく、毒物、即死の能力・魔法等の痕跡もないのであります。死亡推定時刻は今より33時間前、前日の4時であります。何が原因でそのようなことが起きたのかが、この事件の不明点であります」


「現場では、呼び出された被害者の霊が皆様を待っているのであります。霊の証言では、『眠っていて気がついたら死んでいた』ということであり、これもまた死因を特定できない理由であります。御存知の通り、シャイタンパーの法則では生と死の境は越えがたいのであります。霊が留まっていられる残り時間はあと3時間ほどでありまして、時間がすぎると霊は我々の知らぬ何処かへと去り、もはや二度と呼び出すことはできなくなるのであります。霊に聞きたいことがお有りでしたらそれまでに済ませていただきたいのであります」


警察がそんな真似までできるとは…、もしこれが現実でなく推理小説だったら作者はきっとアホに違いない。


「何度も繰り返すようでありますが、このシャイタンパーでは生と死を隔てる壁は非常に高いのであります。霊には『嘘看破』『読心』『精神探査』等を用うることはできないのであります。かいつまんで言いますと、霊は沈黙による嘘も偽証も可能なのであります」


そこでエミリーさんが口を挟む。


「ワタクシの『真なる魔力の言葉』には名詞に『霊魂』『精神』がございまして、動詞には『知る』がございます。この3つの単語を続けて使えば霊魂一人の証言に虚偽があろうとも看破することはできるかと思うのでございます。ただし、一人にしか使えず、一度使うとワタクシは力を使い果たし、しばらくは使えないのでございます。霊がシャイタンパーに留まっていられる時間内では回復しないのでございます」


霊が偽証してるか何かを隠しているのなら、これは一枚しかない切り札だ。


もちろん霊も何も知らないだけということもあるのだが。


「遺品に対しサイコメトリーを用い残留思念を読み取った結果でありますが、35時間程前、死亡推定時刻の2時間ほど前でありますな、強い達成感と勝利の喜びの感情が観測されております。被害者達は戦闘に勝利した後、魔法で閉鎖された部屋に籠もって休憩を取っているところに事件は起こったと本官は考えているのであります」


「質問がありますー。過去を見て何が起こったのか確認するとか、空間を転移して密室に出入りするとかはできないのでしょうかー。後、扉を閉ざす魔法というのは外からかけられたということはないのでしょうかー」


疑問点をまとめて聞く。


ンヤダグさんはちょっと妙な顔をした。


「ああ、ンヤダグ捜査官殿、彼女はシャイタンパーに転移して日が浅い」


と博士が言う。


「はっ、過去視並びに空間転移は可能な魔法や能力は存在するのであります。しかしながら、ほとんどのシャイタンパーの建築物においては、これらの能力は警備会社の職員が魔法や異能によって、それらを阻害する処置が定期的に施されているのであります。プライバシーとセキュリティは大切であります」


「キミは知らなかったようだが、私達の住居や事務所も警備会社によりこの阻害処置が施されているぞ」


「私のダンジョンでは警備会社に依頼していませんよ。ここは私が生み出した、いわば小異界なので、ある程度シャイタンパーの法則に私のダンジョンの法則を押し付けて上書きしているんです。その法則に透視の類ができない、後はダンジョンの仕掛けとして存在するもの以外では空間転移ができないというものもあるわけです。もしそうでなかったら透視でダンジョンの構造を探って一気にボス部屋に空間転移してボスを奇襲して一番美味しい宝物だけ奪って空間転移で脱出するとか、居住区に居る私のもとに転移してダンジョンマスターの首を取ろうとか試みる輩のやりたい放題になるわけでして。まあ、私の知る限り同業者のダンジョンも似たようなものです」


「お答えありがとうございますー。それでは扉を閉ざす魔法についてはどうなのでしょうかー。後、ダンジョンマスターを殺すとどうなるのでしょう?」


「私の故郷世界の場合は、ダンジョンは消え、中の異物は排出されますね。私を殺したものはダンジョンコアを手にいれることができます」


「ダンジョンコアってなんです?」


とルンさん。


「使うとダンジョンマスターになれる魔法の道具と考えてもらえれば大体あってます」


「扉を閉ざす魔法への質問でありますが、錠のない扉を閉鎖する、あるいは魔法の鍵で錠を解錠する、そのような魔法が存在するとして大抵の世界ではそんなに力を必要ともしないし難易度も低いのであります。そのくせ文明の発達した高度な社会になるにつれ、悪用できる場面が増えるのであります。なのでこのシャイタンパーの科学警察研究所においてもそのような魔法に対する対策は色々と研究されているものなのでありますよ。もちろん犯罪に使われた際の鑑識手段もであります。この種の魔法を阻害する効果のある扉などはシャイタンパーではセキュリティの基本であります」


「私のダンジョンの法則では、普通にその種の魔法が使えますけどね。そのような能力を備えたダンジョン探索者にはそれを発揮する機会を与えませんと」


「扉を閉ざす魔法が内からかけられていたのが判明したのは、扉に対してサイコメトリーの能力を応用し、かけられていた魔法を解析した結果であります」


何がおきたにしろ原因は閉鎖された室内にあるということか。


「他にダンジョンに特徴的な法則とかはないのですかー?」


「ダンジョンにもよりますが、壁抜けの類の能力が無効とか、壁・床・天井は破壊できない等は一般的です。後、ほとんどのダンジョンでは換気と排水は考慮する必要がないくらいに魔法か法則自体がそうなのかは異なりますが完璧です…、そうしないと如何に安全に楽してダンジョンを攻略するかに腐心する探索者たちが、ダンジョンに毒ガスを流し込んで入口を閉鎖して待つとか水を引き込んでダンジョンを水没させるとかしますので。…シャイタンパーは良いですねぇ、探索者を生かさず殺さず、たまに適度に殺してバランスをとるとか、自分がいつか殺されるかもしれないとか、そういった殺伐としたことを考えなくても適当に楽にダンジョン入場料で生きていける、ふむ。他に、入れる人数に制限のあるダンジョンも多いですね。そうしないと例えば軍団でやってきて数の暴力でダンジョンを蹂躙、攻略しようと考える輩もでてくるわけで」


「ダンジョンで殺される敵も意志ある生き物ではないのですかー?」


「故郷世界ではダンジョン内のモンスターは召喚されてくる存在で、ダンジョンポイントの対価に奉仕を提供している、ある意味でダンジョンマスターと対等の取引相手ともいえるものでありましたが、シャイタンパーでは『究極の答えの力』により作り出され動かされるロボットみたいなものです。いくらぶち殺しても気にする必要はありません。生き物とかに見えても生き物じゃないんです」




 「この部屋です」


室内は、小中学校の教室ほどの広さだった。


中央のあたりに4人の人が立っている。


一人は制服に身を包んだ、おそらくは捜査官だろう人物だが、残りの三名は、身体が半透明でほのかに発光もしているようだ…、もしかして彼らが被害者の霊なのだろうか。


どうしよう。


霊なんて生まれて初めて見る。


わたしの故郷である到達不能地球では、霊が実在するという確固たる証明は誰にもできなかった。


超心理学…、わずかながらそういったジャンルを真摯に研究する研究者は到達不能地球にもいて、死後存続の証明もその研究範囲に入ってはいたが、未だに有意義な成果は出ていないし今後も出そうにない。


到達不能地球において霊の実在を信ずる根拠は今のところ、結局は『そうであってほしい』という願望のみである。


おそらく到達不能地球において生と死を隔てる壁は無限とも言えるほどに高く厚いか、単に死の向こう側は無であるのかのどちらかなのだろう。


そのどちらかであるかは、おそらく永遠に誰にも断言できまい。


そんな、わたしの故郷では、おそらく一生実物を見ることのできないはずのもの…死者の霊がわたしの目の前にあるのだ。


まあ、非礼を働かない限りは祟られたりはしないだろう、たぶん。


「少女絢爛の方々をお連れしたのであります」


「ああ、早かった…うおぉぉぉ?!」


『おっほほぉぉぉぉぉ!』


『あああああああああ…』


『ヒャッハァァァァァ!』


わたしをみた、警察官と霊が一様に歓喜の表情を浮かべ、奇声をあげ、そのまま硬直した。


霊にもわたしの美しさは通用するようだ。


固まったみんなを再起動させる。


…、霊の手触りって独特だ…、なんか霊っぽいとしかいいようがないが、強いて言うなら玩具のスライムを固めたものに近いだろうか。


「あまりの美しさに死ぬかと思った…」


『死んでるけど死ぬかと思った』


『こんなに美しいものが見られるとは長生きはするものだなぁ…、死んでるけど』


『存在がかき消されるかと思った…、嗚呼、なんと美しい…』


「饒舌に語る霊というのはこの街では初めて見るのであります。シャイタンパーにおいて呼び出された霊は生と死の境を超えた衝撃により、せいぜいが問いに答えるくらいしかできないものなのでありますが、…時夢さんの美しさは凄まじい衝撃を霊にも与えるものなのでありますな。霊が生者の如くに語るとは」


わたしはただ来ただけなんだけど、それでも少しは役に立てたかもしれない。




 「私はシャイタンパー警察の捜査官、タンペレ=エフタルです。タンペレが名でエフタルが姓です。どうぞエフタルとお呼びくだされば」


ンヤダグさんの同僚というか相方といったところか。


『俺はダリュグ=ンズハ。ダリュグが姓でンズハが名だ。この地での仕事は専業ダンジョン探索者。この三人組のリーダー役をしていた。魔法剣士…、といってもシャイタンパーにはわからん奴も多いか。剣と魔法を組み合わせた戦闘術が得意と思ってくれ』


『僕はウリュス=ラグラ。ウリュスが姓でラグラが名です。ダリュグと同じく専業ダンジョン探索者です。僧侶魔法の使い手といっても、通じるかどうか。わかりやすく言えば回復系の魔法が得意です。他にアンデットモンスター…、生命力と総称される力が存在する法則の世界で、負の生命力で動く存在に対し特効のある魔法も使えます。後は防御に関する魔法とかも専門の内です』


『あたしはリューズ=ロア。リューズが名でロアが姓。魔法使いとして専業ダンジョン探索者をやっているわ。魔法と言っても色々あるけど攻撃魔法が一番得意よ…、シャイタンパーじゃ特技の攻撃魔法って需要が少ないのよねぇ。これを活かすために、銃火器の使えない実用ダンジョン専門のダンジョン探索者になったってわけよ。あたしたちは故郷は別々だけど、みんな故郷でも似たことをしててね、これが適職というものよ』


「霊が問われる前に己を語るとはつくづく驚きであります」


わたし達のチームもそれぞれに自己紹介を行った。




 さて、ここまでの道中解ったことでは、この現場は事件発生時、密室であり外部から出入りされた形跡はない。


また、霊の証言、検死、鑑識により、彼らの死は結局原因不明の出来事で苦痛を感じる時間もなく速やかにそれは訪れたことがわかる。


ダンジョンマスターはダンジョンに対して様々な権限を持っているようだが、ギアさんはおそらく何も知らない。


鑑識が何か物証を見落としている可能性…、非常に低い。


推理小説であれば警察が見落としていた手がかりを名探偵が見つけるというのは定番なのだが、あいにくわたし達は名探偵ではない。


プロの鑑識の発見できない手がかりがある可能性が低く、さらにそんなものがあったとしてもわたし達がそれを発見できる可能性はさらに低い。


また、事件の原因が室内にある以上、それは被害者の三人のうちにある可能性が高い。


今、事件の解明のためにわたしのするべきことは、真相が見えるか時間制限までの間、霊たちにしゃべらせることだろう。


推理小説でも、探偵が物証から導かれる論理ではなく犯人の性格性向と言葉から真相を割り出すものもあることだし。




 「霊の皆さんの故郷では、レベルやステータス、能力値が実在していたのですかー?」


『俺の故郷ではあった。シャイタンパー風の言い回しでは、ゲームじみた世界ってやつだ。俺はレベル無限、ステータスオール無限の能力持ちで、故郷じゃ無敵だったな』


「ステータスの詳細はどんなものなのでしょうかー」


『能力値は体力、攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力の五項目だな。魔法を使ったり怪我したりすると減ったり、回復したりする数値として生命力と魔力がある。あと技能として、元素魔法は五大元素全てレベル上限、武器技全てレベル上限、格闘技全てレベル上限』


「そんなに故郷ですごいなら、故郷に帰りたいとは思わないのですかー? あと、一人で無敵ならどうして三人で行動しているのでしょうかー?」


『俺の故郷じゃ王になった俺でも、うんこしたあと尻を拭くのは結局石だったぞ? シャイタンパーにはトイレットペーパーもウォッシュレットもある。それだけじゃなく生活の一事が万事全てこの調子だ。転移して以来、故郷に帰りたいなんて思ったことはないな。あと三人で行動する理由だが異なる多元宇宙では強すぎる力は弱体化するものだからな。チームを組めばそれを補完できる』


『僕の故郷でもそうです。僕は平均よりずっと高いレベルと高いステータス持ちではありますが、ダリュグのように無限とか無茶苦茶じゃないですよ。人よりわずかな努力でレベルが上がる特殊能力を持っていましたが。もちろん異なる多元宇宙では弱体化します。あと、ステータスの詳細ですが、筋力、魔法行使力、敏捷力、神聖力、耐久力です。減ったり、回復したりする数値としては同じく生命力と魔力があります。この二つは大抵のゲームじみた世界にあるようです。技能としては僧侶魔法。あと、ステータスと関係ない技能としては、神学の論文で賞をとったことがあるくらいですかね』


『あたしの故郷もそうね。あたしは二人みたいにめちゃくちゃ強かったわけではなく、まあ、中堅くらいだったわよ。ステータスの詳細はラグラと同じだけど、生まれた世界は別よ。あたしの技能は魔術師系魔法ね』


「ウリュスさんも故郷で強かったのですねー。なら故郷に戻りたいと思ったことはないのですかー?」


『僕は自分で言うのもなんですが、将来の大司教の地位は確約されたものでした。もしかしたら教皇の地位も夢ではないと…。しかし、『答えの力の覚醒者』となってシャイタンパーに転移して、崇める神との繋がりは絶たれたのです。それでも神により与えられたものであるはずの僧侶魔法は『究極の答えの力』により問題なく使える…。僕の信仰心は時が経つうちに薄れました。神への信仰を失った僧侶が故郷世界に戻ったところでそれが何になるのでしょうか』


『あたしは故郷で背負うものとか無かったわね。故郷じゃ天涯孤独だし。シャイタンパーには友達もいるわよ』


……、真相が解った気がする。


「ギアさんの世界もレベルやステータスがあったのですかー?」


「はい、そうです。レベルもステータスもありましたよ。私の世界の詳細もいります?」


「いいえ、たぶんこれで何があったか解ったかと思いますのでー」












 「えっと、もし間違えていたらわたしはごめんなさいしますー。この場の霊に、隠し事をしている人がいると思いますー。ダリュグさんですー。でも犯人とかじゃないと思いますー。これはたぶん故意ではなく、事件というより事故に近いものですー」


わたしはまわりを見渡す。


みんな、わたしの次の言葉を待っているようだが一人違う反応を示した人がいる。


エミリーさんだ。


彼女は進み出て不思議な言葉とも音ともつかない物を発した。


それはわたしの翻訳能力を介さず、直接意識に意味を伝える。


『霊魂』『精神』『知る』である。


エミリーさんは、わたしが隠し事をしているのがダリュグさんだと指摘したことで、今が切り札を使う時と判断したようだ。


「ダリュグさんは、ちょっとした気まぐれで何か試してみたかったか、何かの間違いかはわかりませんが、自分で自分の指先をナイフでちょっと切るとかそんな感じの事をしたのですー」


「それが、この事件とどんな関係があるのですか?」


エフタルさんがわたしに聞いてくる。


「ダリュグさんは無限の攻撃力と無限の防御力を持っていましたー。自分の指先をナイフでちょっと切るくらいのささやかな事、それでもこれは無限の攻撃力による無限の防御力への攻撃ですー」


「この部屋はギアさんのダンジョンマスターの能力で、シャイタンパーの法則の上にゲームじみた法則を押し付けられており、さらにゲームじみた法則の支配する世界の出身者3名がそれぞれの法則を押し付ける…、そのような空間で無限の攻撃力による無限の防御力への攻撃がなされた結果、法則は乱れバグを起こしたのですー」


「バグの結果、彼らのステータスの数値…、生命力は0となり、死んだのですー。魔法でも能力でもない外傷でも毒でもない即死なのですー」


「……、ゲームじみた世界の出身者、ゲームじみた世界の法則だからこそあり得る現象だったというわけか…」


博士が唸る。


博士の頭脳で否定する材料が見つからないなら、まあありうる想像としては合格ラインか。


だがまだ答え合わせがいる。


「ダリュグさんー。答えてくださいー。ダリュグさんはご自身で自分自身を攻撃したと判断するのに該当する何かをなさったのですねー?」


『いいや、俺はしてない…』


ダリュグさんの霊の放つ燐光が赤く染まる。


「ダリュグ様は嘘をついておられます」


エミリーさんが告げた。


答え合わせは『当たり』というところか。




 『……、そうだ。俺はずっと疑問だった。無限の攻撃力持ちが無限の防御力持ちを攻撃するとどうなるのか。だからちょっと自分で自分の指先を……、だが、その結果まさかこんなことになるとは…』


「だがなぜダリュグさんは黙っていようとしたのでありますか?」


「単にあまりにも馬鹿馬鹿しい理由で自分と仲間を死に至らしめたマヌケと記録されるのを嫌ったとかではないでしょうかー? 王だったのに故郷に戻りたいとまったく思わないって、王の重責を放棄しているわけで、ダリュグさんは結構ダメな人ではないかと思ったのですがー」


『まあ、そうだ。すまないな、ラグラ、リューズ。お前たちが死んだのは俺がバカなことを考えたせいだ』


『…、まあ、死に苦しみが伴ったわけでもないし、故意じゃなきゃ気にしなくていいですよ。死にたかったわけではないですが…。もう信仰の無い僕の魂は何処に招かれるのかわからないですが』


『あたしは人生楽しんでたけどね。これから行く先にも冒険が待っていると思うことにするわ』


彼らは仲が良かったらしい。


どこに行くのかはわからないが霊の行く先が幸いであることを祈ろう。




 『ああ、時夢の嬢ちゃん、俺達がシャイタンパーを去るまでここにいてくれないか。超多元宇宙で最も美しいものを見ながら逝けるなら、霊の行く先に何が待っていようとも大丈夫だろうからな』


「はいー、わたしでよろしければー」


そして彼らの霊が何処かへと去るまで数時間、わたしは彼らの前で歌ったりして霊を慰撫してすごすのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る