第4話:修行して 新しい技 身につける の巻
「ところで未来ちゃん、神仙道の修行をちょっとしてみる気はないかなっ?」
とルンさんがわたしに話を振ってきた。
「でも神仙道でいう天地人の気なんてわたしの故郷世界の法則ではただの幻想で意味をなしませんよー?
それにルンさんの故郷世界でも、神仙道の素質のある人って希少なんですよねー? 二重にわたしが神仙道の鍛錬をすることは無意味なのではないでしょうかー?」
「うーん、神仙道を極めて超人になるとか、気を用いた技を身につけるとかは、まあ絶対無理だね。でも神仙道の第一歩は己の肉体と精神の制御なんだ。気とかをどうにかするのは二歩目からだね。肉体も精神も、当然ながら誰にでもあるし、この第一歩は他の世界の人にも努力で身につけることは可能だし、とても地味だけど役に立つんだよ」
「ワタクシの世界でも肉体と精神を制御する方法は魔法を身につける基礎修練として存在するのでございます。とはいえ、これは魔法の素質がなくても身につけることのできる通常能力でございます。魔法の力というものは通常能力のしっかりとした基礎の上に身につくものなのでございます」
「私は普通に勉強して飛び級で記録的早さで学校出て大学院で研究して博士号を取得したぞ…、異能はなんかある日突然目覚めたんだ。時夢くんに教えられることは…なさそうだ。残念だ。時夢くんにつきっきりでなにか教えられるなんて役得をのがすとは」
「『雲ヨ湖ヨト朕ハ鎮ム』は肉体と精神の制御を身につけるための最初のステップなんだ。これは要するに安眠法だね。イメージを用いた瞑想で空をゆく雲のごとくに、水をたたえた湖のごとくに精神を鎮め肉体を完全に弛緩させる。『雲ヨ湖ヨト朕ハ鎮ム』を完全に修めれば横になって一分経たずに眠りにつくことも可能となる。習得は誰にでもできるし難しくもない」
地味だがなるほどこれは人生において有用だと言わざるを得ない。
是非ともわたしも『雲ヨ湖ヨト朕ハ鎮ム』を習得したいものだ。
それがわたしにも習得可能で、教えてくれようとはありがたい。
「『雲ト湖ヨト朕ハ鎮ム』の次のステップはいくつかに分かれる。…が、未来ちゃんに習得を勧めるのは二つ、『神ノ眠リハ死ヲ越ユル』と『人ノ間デ我ハ空ナリ』だね」
「『神ノ眠リハ死ヲ越ユル』は不死者にとって必須だね。眠りというのは元々ただの休止ではなく、生き物は眠っている間に心身を健全に保つ積極的な活動が行われているんだ」
地球でも、医学の見解ではそんな考えが主流のようだった。
やはり従業員の睡眠時間を削るような企業は経営者と管理職を皆殺しにして世直しを…、と仲の良かったが卒業後疎遠となった大学の同期…、よろしくない企業に就職してしまったらしい…が睡眠2・3時間生活を続けた末に自殺したと風の噂に聞いた時、理不尽への怒りとともに思ったものである。
実際この世には『我が社には労働基本法は採用しておりません』とか笑いながら言う管理職や経営者は実在しているそうだし。
同期の自殺を知った、社労士の資格を取って就職した大学の同期がそうなげいていた。
いや、世界に冠たる法治国家である日本の善良な国民であるわたしは決してどのように理不尽に感じられるものであっても暴力による現状変革はこれを絶対に否定するものであるが。
日本政府の偉い官僚と政治家の皆さんは、穏健な法制度と労基局の整備により一日も早くブラック企業を日本からなくして欲しいものである。
わたしが日本で投票した政治家さん、日本の明日をよろしく頼む。
最善かどうかはともかく最悪の政治家を避けるための投票だったけどね!
まあ、わたしが生きるのはもう日本じゃなくてシャイタンパーなんだが。
…、とわたしがもう戻れない故郷の思い出をいろいろ思い返しているうちにもルンさんの言葉は続く。
「さて、擬似的な死であり癒やしのプロセスでもある眠りによって普通の人間の1日の疲れとストレスは癒やされ、健康な生活が可能となるわけだよ。永い時を生きる不死者は当然ながらいつか、通常の眠りでは癒せない永い人生による疲弊や倦怠に取り憑かれるかもしれない。それを癒やし不滅の魂を健康に戻すのがこの『神ノ眠リハ死ヲ越ユル』なんだよ。要するに死よりも深い眠りにつくための方法だとおもえばいいよ。世界によって詳細は違うけど不死が存在する世界にはたいてい似たような技があるそうだね。少なくとも不老ではある住人がほとんどのシャイタンパーでは誰もがいつか覚えなければならない技だよ。未来ちゃんほぼ不老不死だったよね?」
そういえばそうだ。
永遠の美少女というのを真面目に追求すると不老不死になるから。
永遠を生きるためにわたしも『神ノ眠リハ死ヲ越ユル』を習得しないといけない。
とはいえ100年くらいなら疲弊や倦怠はこないだろうし、そこまで急ぐこともないだろう。
「それよりもすぐ必要とされるのは『人ノ間デ我ハ空ナリ』だと思うね。これは要するに気配を隠して空気のような存在感になるというものなんだ。ボクにとっては思い入れの深い技だよ。基礎中の基礎である『雲ト湖ヨト朕ハ鎮ム』とともに急いで習得したんだ」
「なにか理由があったのですかー?」
「ほら、ボクってみんな魔法が使える世界で自分だけ魔法が使えなかったから、イジメの標的にならないように、学校で存在感を消す必要があったんだよ。必須の技だったんだ」
「なんだか悪いこと聞きましたねー。ごめんなさいー」
いや、なんだか聞いてはいけないことを聞いたんじゃないんだろうか。
ほんとどうやってお詫びすればいいの。
「いやぁ、済んだことだしボクは気にしてないから」
なんかルンさん気にしてないみたい…。
どんだけ懐がでかいのだろうか。
「それより、喋ってるうちにも確信できたけど、これは未来ちゃんに絶対必要だね。シャイタンパーでは自動車の運転とかは全部『骸骨模型』が行うから未来ちゃんが街を歩いても事故にならないけど、世界によっては人間の運転する自動車とか、人間の御者が操る獣車とかが街を走り回ってるから、そんな世界で未来ちゃんが街を歩いたら大事故間違いなしだね。これを習得すればまぁ、大丈夫だと思うよ」
「そういえば、今まで、異なる世界に派遣されるような依頼は入っていなかったな。だがいつかは来るだろうし、そのとき時夢くんにシーツとか被せて歩かせるわけにもいくまい。そんな依頼が来る前に『人ノ間デ我ハ空ナリ』を習得してもらわないと」
「わかりましたー。わたしがんばりますー。それではまず、『雲ヨ湖ヨト朕ハ鎮ム』と『人ノ間デ我ハ空ナリ』をお願いしますー。『神ノ眠リハ死ヲ越ユル』は優先順位も低いし、高度そうですからその後ですねー」
そしてわたしは最初に『雲ヨ湖ヨト朕ハ鎮ム』を教わるのであった。
そのために、わたしがキャラクターメイキングの際買った能力の中に役立つものがあった。
記憶力である。
記憶力と一口に言っても内容はいろいろある。
言葉や数字といった物を正確に思い出すのも記憶力と言える。
だが記憶力とは抽象的なものを思い出すだけではない。
五感のイメージを明確に抱きこれを保持し続ける能力も記憶力と言える。
記憶力は想像力でもあるのだ。
想像力という言葉は色んな意味を含み、世の中では妄想が盛んであることを想像力と呼ぶこともあるが、それは能力とは言えない。
ここでいう想像力というのは5感をありありと想起する能力であり、感覚的情報を想起する感覚的な記憶力もまた想像力に他ならない。
『雲ヨ湖ヨト朕ハ鎮ム』は自分が静かな湖の上に浮かんだ船の上で、空の雲を眺めながら微睡むイメージをまるで現実であるかのごとく強く観想するのである。
そしてそれは、わたしの記憶力をもってすれば容易いことなのだ。
他に必要なのは全身の筋肉の完全な弛緩である。
情景をイメージするより実際の肉体を駆使するほうが難しいが、それでも感覚的記憶力≒想像力を持つわたしには難易度はそこまででもない。
以前地球にいた頃読んだことのある美術解剖学の書籍を思い出し…、記憶力を持つわたしには本の図を思い出すことなど容易いのだ…、筋肉一つ一つが弛緩するイメージをありありと観想する…。
そしてさらに意識が薄れ眠りに入る時の感覚を思い起こす…。
わたしは数分後には眠りに落ちるのであった。
「いやあ、未来ちゃんは筋が良いねぇ。普通の人なら習得に一、ニ時間はかかるものなんだけど」
まあ、安眠法の習得だから、教師から適切な指導を受ければそんなものなんだろう。
一、ニ時間の講習で死ぬまで人生を改善できると考えるとこの『雲ヨ湖ヨト朕ハ鎮ム』というのはなんとお得な技術なのだろうか。
こんないいことを教えてくれたルンさんには感謝しか無い。
「眠っちゃってごめんなさいー」
「いやあ、未来ちゃんの寝顔を見守るなんて役得だからね…、これで後は日々の眠りで『雲ヨ湖ヨト朕ハ鎮ム』を実践しつづけるだけだよ。」
「次は『人ノ間デ我ハ空ナリ』だね。これは4つの鍛錬からなる。イメージを観想すること。不要な力みの一切ない、正しい立ち方。同じく不要な力みのない正しい歩き方。呼吸法。この4つを全て身につけることで『人ノ間デ我ハ空ナリ』は完成するんだ。それと、あと誰かと視線を合わせないとかするとなおいいよ。未来ちゃん望めば虫も殺さない特性で足元の草一本損なわずに歩けるんだよね? たぶんそれも組み合わせると効果的になるんじゃないかな」
「…、4つの鍛錬、こう言うと凄そうに聞こえるよね。でも要するに目立たない立ち振舞だから、これもそんなに難しくないよ。『神ノ眠リハ死ヲ越ユル』はバカみたいに難しいけどね。なにしろ習得に自分の意志で自由に明晰夢を見ることができるようにならなければならないし、自分の意志で代謝を制御して心臓を止めて仮死状態になるとか、いろいろ身に付けないと。まあ、『神ノ眠リハ死ヲ越ユル』は習得に約2000時間は必要だね。鍛錬法はそれぞれのステップをクリアする事に教えるから、1日1時間位を『神ノ眠リハ死ヲ越ユル』の習得に当てて約2000日くらい気長にかけようよ」
2000時間の学習時間…、地球ではこれは一説には司法試験の合格に必要な学習時間、あるいは日本人がネイティブ並みに…例えば英語のように文法の離れた言語を自在に操れるようになるために必要な学習時間ともされるんだそうな。
そう考えるとなかなか難関だ。
わたしはもちろん司法試験なんか合格していないし英語など受験で使ったのが最後だし。
まあ、『人ノ間デ我ハ空ナリ』が今は優先だ。
イメージ、これは鎮静のイメージだ。
ルンさんの説明ではこれは水のイメージ。
とても深くとても広く、そしてその水面は鏡のごとく。
そんな水をイメージし己の意識をそれに同化させる。
記憶力≒想像力を持つわたしには難しくない。
呼吸法、これは五秒間そろそろと息を吸い、五秒間止め、五秒間吐く。
それだけではない。
顔の前に、紙を一枚接着テープで額にとめ、この紙が動かないように呼吸するのである。
歩き方と立ち方。
これは正しい立ち方と正しい歩き方をルンさんが手取り足取り教えてくれた。
ルンさんのような超絶美少女が手取り足取り…、ルンさんとわたしはちょっとぎくしゃくしていたんじゃなかろうか。
これではいけないのだ。
余分な力みは緩めねば。
時間を見つけては1時間ほど立ちっぱなしでそのまま座ること無く1時間ほど部屋の中を歩き回る。
不動の姿勢で立つ、あるいは歩いたりするために必要な筋肉のみに力を入れ、他の筋肉は可能な限り弛緩させる。
この技を会得すると立ちっぱなしでもほとんど疲れず心は安らぐことが可能となるそうな。
『人ノ間デ我ハ空ナリ』のトレーニングが済んだら、『神ノ眠リハ死ヲ越ユル』のための鍛錬法を伝授される。
それはまずは明晰夢を望んで見ることができるようになるための瞑想法から始まった。
瞑想法は口頭で教えられるだけだ。
身体の動かし方と違って心の動かし方なんて手取り足取り教わることはできない。
鍛錬法を教われば後は自分でそれを繰り返してマスターするしか無いのである。
そして喫茶室兼バーでお客様を相手にしたり、依頼でシャイタンパーを駆け回ったりと2週間程がすぎる。
あいかわらず明晰夢こそ見ることはできないが、今やわたしの寝付きの良さは横たわったら1分弱でスヤスヤというなかなかのものだ。
目覚めもスッキリである。
これだけでも教わることができて本当に良かった。
ちなみにそれ以外にもわたしは追加でお勉強していることがある。
博士がわたしに教えられそうなこととして、「キミの記憶力と演算能力に面白い使い方を思いついたんだが…」と話を持ちかけてきたのだ。
「キミは二人零和有限確定完全情報ゲームというのは知っているかな?」
ゲーム理論において、二人零和有限確定完全情報ゲームというゲームの分類があることはわたしも知っていた。
平たく言えば、地球で言う将棋とかチェスとかオセロとか三目並べとか囲碁とかである。
だれでも簡単に先手でも後手でも引き分けには必ず持ち込める方法を発見できるくらいに単純な三目並べはともかく、将棋やチェスやオセロなどの複雑なゲームはそのような先手必勝か後手必勝か、先手でも後手でも必ず引き分けに持ち込めるかの戦術を用いるのは人間には無理だ…、だからこそゲームとして成立している。
だが、コンピューターを用いれば理論的には有限時間内に存在する全てのパターンを網羅し、勝利或いは引き分けへの手順を検索し…、答えを見ながらテストを受けるがごとくに最初から結果のわかりきったゲームをプレイするということができるはずである。
一説によると宇宙の全質量を用いても実用的な時間内に将棋などのゲームでそのような真似ができる記憶容量や処理速度を持ったコンピューターは製作できないそうである。
博士はおそらく、わたしにその取り柄…記憶力と演算能力を用いて実用的な時間内で二人零和有限確定完全情報ゲームの完全攻略を行おうという提案をするのだろう。
「辞典に載ってるくらいの簡単な概略くらいならなんとか知っていますー。わたしが二人零和有限確定完全情報ゲームの完全攻略法を身に着けられるんじゃないかというですねー?」
「キミは話が早くて助かるな」
と、このようなわけでわたしは博士の考えた、『時夢くんのための将棋だのオセロだのの完全攻略法』を教わることになったのである。
まず地球で言うBASICに似た汎用的で初心者向けなプログラミング言語を覚えることから始まった。
次に、その言語でルールを把握したゲームのありうる全てのパターンを算出し、それをメモリに格納するプログラムとメモリに格納したパターンを検索するプログラムを書くためのプログラミング技法を学ぶ。
このプログラム自身はそんなに大きな容量ではない。
なんとどれだけ大きくても64KB以内に収まるくらいである。
まあ、そのプログラムを実行するのは令和の時代の地球のコンピューターを全部足し合わせても無理らしいが。
ともかく記憶力を持つわたしなら、一度ソフト開発のための技法を学びさえすれば、こねくり回しているだけで、実際のコンピューターとか紙とかに向きあわずとも頭の中でプログラムが書けるはずである。
たぶん何も使わずに宙を見つめて頭の中でプログラムを書いてるわたしはさぞかし間抜けに見えるだろう。
このインタプリタのプログラム言語は一つ一つは単純な命令と演算子でできている。
わたしにも何をやっているのか、順を追いさえすれば理解はできる。
わたしの記憶力をメモリとし演算能力で持って脳内でプログラムを実行するのだ。
それによってわたしは二人零和有限確定完全情報ゲームの完全攻略を行うことができるはずである、という寸法である。
そのためのプログラミング技法の習得が合格レベルに達したら、まず単純なルールからということでオセロから試みる予定である。
シャイタンパーでもオセロのような単純なゲームは地球とほぼ同じルールで遊ばれている。
『人ノ間デ我ハ空ナリ』の修練を続けているうちに、わたしが街を歩くときに注視されることは少しずつ減り続け、固まらない人が増えていった。
そしてさらに一週間程が経過し、わたしはルンさんとともに街に出ていた。
わたしの『人ノ間デ我ハ空ナリ』の習得具合を確認するためである。
他には、ゲームの完全攻略法だが、オセロの完全攻略は実際可能であった。
博士の考えは正しかったのである。
私はさらにプログラミング技法の習得を進めている。
わたしは街を歩く…、『人ノ間デ我ハ空ナリ』の呼吸法と歩き方で。
視線は誰ともあわせない。
虫を踏んでも踏み潰さない特性も発動済みだ。
わたしは注視されない。
そして誰も固まらない。
歓喜の奇声もあげない。
平伏してわたしの美しさに崇拝の祈りを捧げる人もいない。
「やったね! 未来ちゃん! 『人ノ間デ我ハ空ナリ』はモノになったよ! あとは日々の実践を続けるだけさ!」
「ありがとうー! ルンさんー! わたしやったんですねー!」
わたしはつい大きく喜びの声をあげた。
そう…、わたしのあまりにもよく通り響き渡る人知を超えた超絶美声で大声を…。
街を歩く人がわたしを注視する。
そして繰り広げられる異常なアクション!
あ、ルンさんも固まってわたしを凝視している。
ああーああー。
どうしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます