第3話:体験! グラビアモデルの巻
水着回です。
飯回です。
わたしの仕事、喫茶室兼バーのマスター・バーテンダーというのは副業という位置づけであり、本業はトラブルシューターである。
そしてわたしの所属するトラブルシューターチーム・少女絢爛に運営からではなく民間から一つの依頼が入った。
週刊誌・『週刊シャイタンパー』の誌面を飾るモデルの仕事である。
全然トラブルをシューティングしてないじゃないかと言われるかも知れないが、トラブルシューターとは都市運営機構に登録された何でも屋なのだ。
ましてやチーム・少女絢爛はわたしが参入する前から、一人ひとりが多元宇宙一と言える水準に到達している美少女が3名。
この種の依頼は以前から来るそうである。
ちなみに、彼女ら3名が多元宇宙一の美少女なら、わたしは超多元宇宙一、それも他に圧倒的絶対的に無限とも言える差をつけたぶっちぎりの第一位の美少女だそうである。
これはわたしの自称ではなく、事前に交渉に来た編集部の人がわたしを評して言ったことである…。
彼に対応する際は少々トラブルが合った。
わたしを視界に収めた瞬間彼はものすごい声で歓喜の雄叫びを上げ、顔だけわたしの方を見たまま、床に崩れ伏した。
なんだか至福の絶頂と言った表情でぴくんぴくんと体が痙攣している。
まあ、わたしを見た人が顕著なアクションを取るのはもう当たり前のことなので、わたしは彼を再起動させるために声をかけた。
わたしの人知を超えた超絶美声による語りかけは、わたしを見てまともな行動ができなくなった人に対するショック療法となるのである。
「しっかり気を保ってくださいー」
とか、彼はわたしが声をかけるたびに大きく痙攣するがなかなか立ち上がらない。
業を煮やしたわたしは、さらなるショックを与えるため彼の手を取る。
声だけでなく、わたしの人をさらに至福にいざなう手触りでさらなるショックを与えるのだ。
以前の博士の見解では、わたしは美しさのあまりに人に恐怖や狂気をもたらす能力を用いない限り、どれだけ魅力がインフレしても人はそれで発狂したり死んだりはしないはずということだからあまり遠慮もいらないだろう。
手に触っても駄目だったら、彼の鼻にわたしの手を近づけ匂いを嗅がせるつもりだった。
しかし彼はわたしが手を握るとよろよろと立ち上がった。
「うううううっ…、あまりの美しさに死ぬかと思った…。いや、もしかして俺はもう死んだのか…? あの凄まじい美の暴威にさらされ無事で済んでいるとはどう考えてもおかしい」
「大丈夫ですー。お客様は生きてらっしゃいますー」
「うわっ! でたっ!」
そんなおばけみたいに言わなくても。
そしてそのまま彼はわたしを見つめ、唐突にわたしの美しさを讃える言葉をまくし立てはじめ、それは数十分間絶えること無く続いたのであった。
わたしを見ると人は顕著な反応を示すものだが、ここまでの人も珍しいんじゃないだろうか。
ともあれ、前述のわたしの評価はその時彼がまくし立てた内容である。
わたしを褒めるのは別にマナー違反ではないが、ミスコンとかの場ならともかくここで他の3名と容姿を比べるというのは少なくともわたしのいた令和日本では確実に眉を顰められることだと思う。
しかし、わたし以外のチームメンバーの顔を見ると、『まあ、当然だね』『時夢様ですし』『まったく賛同だな』と皆一様に納得の表情を浮かべていた。
彼女らが気を悪くしてないなら気が済むまでまくし立ててもらおう。
美貌しか取り柄のないわたしにとって容姿を褒められることは悪い気分じゃないのだ。
中身の人格も褒められたいなんて贅沢なことは言わない。
わたしの中身は凡人だ。
どう客観的に自分を見ても大したものじゃない。
それに人格なんて付き合わないとわからないが見た目は会って一目でわかるのだ。
ちなみに事務所を訪れたのは2名である。
編集部員の他に、新メンバーのわたしの採寸等のためにやってきたファッションデザイナーの人も来ていたのである。
彼女もわたしを見てしばし固まったことは言うまでもないと思うが、一度の声掛けと服をひっぱるだけで再起動してくれた。
それに、編集部員の人がわたしの美しさを讃えている間、彼女は『まったく同感』という表情でうなづくのみだった。
もっとも、わたしの体を採寸する段階になって、ちょっと戸惑ったが。
わたしを採寸するためにはわたしに触らなければならない。
わたしに触ると当然ながらわたしの体温を感じたり体の柔らかさを感じたりする羽目になる…人はそれだけで至福の絶頂に到達するのである。
閑話休題。
わたし達は事務所を出たところで、『骸骨模型』と称される魔法による汎用人型ロボットに運転されるロボットタクシー…ちなみに動力はアンモニア燃料電池で電力を発生させ、常温超伝導物質を利用したモーターを駆動させている…分野によっては、なんかわたしのいた令和日本より、シャイタンパーの方が進んでるな…をひろい、いろんな文化の建築様式が混在する無国籍風の街並みを眺めながら約束の撮影スタジオに向かった。
この『骸骨模型』はさほど賢くないが、人間の労働はかなり代替できる非常に有用な代物であり、自動車の運転はすべてこれが行っている。
わたしが街を歩いても交通事故を起こさない理由である。
とある魔法文明世界の産物を大量に輸入して使用しているのだそうだ。
そのためシャイタンパーの求人事情として、バイトやパートの類はほぼ無い。
フリーターとして生きる選択肢はないのである。
ロボットタクシー以外の交通手段としては都市にはり巡らされたトラム路線網である。
無人タクシーに乗っている間は道行く人もわたしを見て顕著な反応を示すことはないから一石二鳥というものだ。
やがて無人タクシーはスタジオに着いたが、そこでも当然ながらわたしを見た撮影スタッフは顕著な反応を示し、まともな受け答えができなくなる。
声をかけてショックを与え、なんとかまともに対応できるようにするまでが普段のことである。
スタッフをまともに戻し、挨拶と初対面のわたしとの互いの自己紹介をすませ、撮影は開始された。
が、その際もトラブルがあった。
撮影するのは水着グラビアだ。
黒のビキニに着替えたわたしを見た人はすべて一様に反応がおかしくなった。
わたしと一緒に生活して、わたしに耐性がついているはずの少女絢爛のメンバーの含めてである。
…嗚呼、わたしが肌をさらして体の線を顕にすると、その美しさのヤバさは普段着のエプロンドレスの比ではないのだなと思いつつ、全員に声をかけ比較的まともな状態に戻したのであった。
肌に密着する水着や下着の類は、そのままモデル役の物となるが、無償ではない。
ギャラからその分差っ引かれる旨、契約書に明記されている。
世知辛いものだ。
とはいえ水着なんて使うことあるんだろうか。
わたしが海やプールで水着姿になったら、泳いでる人がそれを目にしたらそのまま動けなくなって溺れて死にそうで怖いのだが。
天才頭脳の持ち主である博士か、なんだかなんでも質問に答えてくれそうな気がする超有能オーラを放つラプチャーさんに相談したほうがいいかも知れない。
一人ひとりの撮影は順調に済んだ。
が、カメラマンさんはわたしとエミリーさんを一緒のフレームで撮ることを提案したのである。
性的魅力がインフレしているエミリーさんと、外見が七歳程度で未成熟なわたし。
平均的日本家屋だったら天井に頭がつかえるだろう超長身女子のエミリーさんと、7歳相応のちっちゃなわたし。
いろいろ対象的なわたしたちを並べて対比させようというのだろうか。
とはいえエミリーさんの身長はわたしの倍以上もある。
そしてその美脚は股下が身長の半分など軽く超える長さ。
わたしの頭は彼女のふともものあたりにしか届かないのである。
写真術のことはよくわからないが、一緒のフレームにいれるとなるとかなり構図が限られるのではないだろううか。
「時夢ちゅあんはエミリーちゅあんと並べてみるとわかるけど未成熟ボディなのに性的魅力までものすごいのよねぇ。普通なら時夢ちゅあんの圧倒的な性的魅力にエミリーちゅあんの性的魅力がかき消されてしまいそうだけど、未成熟な時夢ちゅあんと成熟したエミリーちゅあんで質が異なるから対比も可能なのねぇん。面白すぎる素材ねぇん」
とイケオジなのに話し方がおかしいカメラマンさんが言う。
プロが言うならそうなんだろうとは思うが、それにしてもわたしに性的魅力なんてあるんだろうか。
わたしの見た目7歳前後だよ?
「わたしにそんなものあるのですかー?」
聞いてみる。
「時夢ちゅあんはそうねぇん、その魅力の総量に比して性的魅力の割合は極少ないのよねん。でもその魅力の総量が無限と言えるから…」
「無限を百で割ろうが千で割ろうが無限だからな」
博士が口を挟む。
「それじゃエミリーちゅあ~ん、時夢ちゅあんをお姫様抱っこしてねぇーん」
おい。
「時夢様…触れてもよろしいですか?」
「はいー」
いや、言われると断るのは難しいし。
それに別に嫌がっているわけじゃない。
今では姿こそ女の子でも中身は日本の一般成人男性だったわたし。
凄まじい性的魅力を発散させているエミリーさんにお近づきになるのに嫌というものはいないのである。
であるが…、なんというか畏れ多い。
わたしのような凡人が彼女に触れることが許されてよいのだろうか。
神聖冒涜は罪であるはずなのだが。
ずずぅ。
エミリーさんの長大な身体がわたしにのしかかるように迫ってくる。
すごい迫力だな。
彼女はおずおずと腕をのばし、わたしを抱きかかえてその胸元に寄せていった。
そう、彼女の頭より大きな…、それでいて垂れたりせず完璧な形を持った胸に。
「ああ…、時夢様…、なんて幸せな体温、手触り、抱きごこち…、美しいお顔がこんなに近い…、すごくいい匂い…。パパ、ママ、エミリーは超多元宇宙で最も尊く神聖な存在を抱いているの。パパ、ママ、エミリーを生み育ててくれてありがとう。エミリーは超多元宇宙で今一番幸せ…」
感極まったエミリーさんが固まった。
普段ならわたしが再起動させるところだが、今回はわたしも固まっているのである。
いや、なんというか男性の夢とロマンの具象化みたいな彼女の胸に押し当てられて…。
それにエミリーさん、ものすごい良い香りを漂わせてるし。
その人知を超えた超絶美少女顔が近い。
ただの美少女程度ならともかくエミリーさんは多元宇宙一ぐらいの超絶美少女なのである…、普通の男性は彼女にこんなことをされれば固まるのは当然と言えよう。
今のわたしは姿は女の子だが。
嗚呼、脳が焼ける…。
国道40号ばばばばばばえおうぃおい〜べべべべべべべべべえべえええべえべべべえ。
そんなわけで脳が彼女の魅力を処理しきれずオーバーフローしてわたしも動けない。
そうだこういうときには無意味なことを考えて心を落ち着けるんだ。
思考開始。
うんこ裁き師の朝は早い。
うんこ裁き師とはうんこ裁きを行う職業であり、江戸時代の日本に存在した。
うんこ裁きとは何か。
それは人々が抱える悩みや苦しみをうんこに託し、それをうんこ裁き師が見て判断することにより解決策を導き出すというものである。
かつては多くの人がうんこ裁きに導かれ人生を好転させたものだそうである。
しかし、うんこ裁きは明治維新や文明開化とともに迷信として廃れていった。
今や日本のうんこ裁き師は一子相伝状態で、後継者もおらず滅び去る寸前である。
復活を!
令和日本にうんこ裁きを蘇らせるのだ!
あるいは、せめてうんこ裁きに無形文化財認定を!
うんこ裁き師を人間国宝に!
思考完了。
無意味なことを考えて落ち着いた。
「それじゃ、エミリーちゅあ~ん、時夢ちゅあんに顔近づけてぇ~」
それはえーと、どうしよう。
いつのまにか硬直が解けたらしいエミリーさんの顔がさらに近づく…頬ずりできそう。
ちょっと動くとわたし達のほっぺたが触れてしまう。
エミリーさんほどの超絶美少女にそれはあまりにも畏れ多い。
わたしは再び硬直した。
ほんとこれどうすればいいの。
わたし顔が真っ赤だとおもうよ。
「いいわねぇ~ん。時夢ちゅあんもエミリーちゅあんも顔が真っ赤で初々しいわぁ~ん」
そうか知るか。
こっちはものすごく気恥ずかしくてそれどころじゃない。
流石に脳がまた国道40号ばばばばばばえおうぃおい〜べべべべべべべべべえべえええべえべべべえすることはないが。
気恥ずかしさで人は死ぬんだろうか、などとおバカなことを考える。
…、わたしの顔を間近で眺めることになるエミリーさんは、わたしの美しさに耐えられるんだろうか。
顔が幸せの絶頂でとろけた表情になっているのはわかるが、わたしに読心能力なんてものはない。
喜んでくれてるんだし、まあ、幸せのあまりに死んだり発狂したりすることがないならいいか。
カメラマンさんがノリノリでシャッターを切る音がする。
…極楽に耐える試練とも言うべき時間は過ぎ去り、撮影完了が告げられた。
エミリーさんが固まったままわたしを抱き上げたままでおろしてくれない。
やむを得ないので頬ずりしてさらにショックを与えて再起動させる。
嗚呼、今日はわたしもみんなもよく固まったなぁ。
ところで撮影が終わったら打ち上げをするそうである。
費用は出版社の接待交際費で出してくれるらしい。
水着代はギャラから差っ引かれるのに一方では気前よく経費が使えるなんて部外者にはどういう基準で財布の紐の締め具合を決めているのかわからないが。
まぁ、わたし達は今後とも取引を続けたい相手と認識されているんだろう…こちらこそ今後とも宜しくです。
カメラマンさんの指示に従ってポーズ取ったりいろいろな表情をするだけでお金がもらえるとはなんという楽なことであろうか。
超絶美少女になって本当に良かった。
わたし達と撮影スタッフさんたちはみんなしてお店の中に入る。
当然ながらお店の人はわたしを見るとアクションがおかしくなるため再起動させる。
実はここ、シャイタンパー風寿司屋であった。
そう、穀物をこねて、どうやってか微生物の死滅するこのシャイタンパーにおいて発酵させて膨らませて焼いた一口サイズのパンに新鮮な魚介の寿司ネタを乗せて食べる、日本の寿司とは一味違ったシャイタンパー風寿司といえる料理を出す店なのだ。
このシャイタンパーで発酵させた焼き立てのパンというものはそれだけで高級品なのである…、もちろん珍しいというだけでは人はそうそう財布の紐を緩めたりはしない。
材料にこだわり厳密な品質管理を行い発酵に用いる微生物を厳選し…シャイタンパーにおいては発酵させた焼き立てのパンと言うだけで、すでに美味しさは保証されている。
とはいえこの都市には日本風の醤油はなく魚醤の一種で食べることになる。
パンは適度に植物性の出汁と酢で湿らせてあるのが正式な寿司パンであるそうな。
「あらん、時夢ちゃんの故郷にもお寿司があるのぉ~ん? このパンを湿らせる具合と出汁と酢の配合一つとっても修行を積んだ職人の技がみられるのよ~」
どうやらカメラマンさんは寿司通らしい。
この打ち上げに参加したメンバーはカメラマンさん以外はシャイタンパー風寿司は初めてのようだった。
「ふむ、キミは『寿司』に詳しいのか。私達は『寿司』の作法とかおすすめとかわからんからな。キミの真似をしておけば間違いなかろう」
と博士はカメラマンさんに話しかけた。
「いいわよぉ~ん。まずは味の薄いものから注文して次第に濃いものに移るのが寿司の定石ねぇ。まずボンボエリカ虫の握りをお願い~ん」
「わたしにもお願いしますー」
虫…、日本人としては昆虫食はハードルが高いが…。
「…神農宝具・秘刀・形成…」
いきなり大将がよくわからない詠唱をしてそのまま空中に手をつき出す。
空中に穴?のようなものが開き、彼はそのなかの虚空から刀らしいものをひきずりだした。
全体のフォルムは日本刀だが刀身は光でできている。
「大将、それは?」
「これはあっしの能力で生み出される計5つの神農宝具の一つ、神農宝具・秘刀でさぁ。この刀で食材を切ればそれは最高の鮮度を取り戻すんで。そればかりではございません。この刀はあらゆる物を何の抵抗もなく空気のごとく簡単に切り裂ける絶対の切れ味。その切断面は完全に滑らかで鏡の代わりに顔を映せるほどのもの。これで切断した食材はもはや天国の舌触りとなるのでさぁ」
「それではボンボエリカ虫の握り、参りやす! イグゼンユグジョナジル流秘包丁・桜花雷爆斬!」
何も見えなかった。
まな板の上には一瞬にして人数分切り分けられたパンが乗っている。
何をしたのか目に残像すら残らない。
そして寿司屋の大将はわたし達のまえにボンボエリカ虫の寿司を握り並べた。
パンの上に黄色い何かが盛られている。
ボンボエリカ虫の寿司は日本の寿司で言えばウニに近い見た目だ。
少なくとも、昆虫には見えない。
おそらくカニやエビから味噌を取り出してそれだけ食べるようなものに近いのだろう。
7歳の女の子の姿でわたしは口が小さいのだが、大将は一人ひとりを見て、一口で食べられる大きさの寿司を出しているようだ。
魚醤をつけ口にいれると酢と出汁の旨味を感じるパンは一瞬にしてほろりと溶け、魚醤の旨味と出汁の旨味、酢の酸味と塩味が渾然一体となる。
爽やかな清涼感のある知らない芳香がする。
すぅーっとする感覚。
これは香りは違うがミントに近い。
臭み消しにワサビではなく、地球で言えばペパーミントに似たものを使っているらしい。
ボンボエリカ虫の味は見た目通りのものだ。
脂分のまったくない、カニミソとエビミソとウニのいいとこ取りと言える。
素晴らしい旨さと香りで口中が満たされるのもつかの間、一瞬にして口の中でほぐれたパンとともに喉の奥へを送り込まれる。
名残惜しい。
いつまでも味わっていたいこの口福は、儚く消え去り余韻だけが残る。
嗚呼、美味しい。
この次の一品はなんなのか。
わたしは次は何を頼むのかと思わずカメラマンさんをじっと見つめる。
無作法じゃないだろうかと目を伏せる。
「ああ、相変わらず素晴らしい腕ねぇ~ん。それでは次はもちろん土魚の握りをお願いねん」
もちろんシャイタンパー風寿司の定番など知らない他の参加者は、詳しいらしいカメラマンさんの注文に続く。
「それでは土魚の握り、参りやす! イグゼンユグジョナジル流秘包丁・桜花雷爆斬! イグゼンユグジョナジル流秘包丁・松葉一閃!」
どうも何も見えないのでさっぱりわからないが、桜花雷爆斬というのがパンを切る技で、松葉一閃が魚を切る技らしい。
なんで異世界に来てまで桜とか松とかあるのか知らんけど、まあ、似たものがあって翻訳機能が意訳しているんだろう。
わたしはこのよくわからない翻訳能力について、もう深く考えるのはやめている。
土魚の握りは白身の魚で皮は茶色い。
地球にそんな魚はいないのでよくわからない。
土魚…ハイギョみたいなものか?
食べる。
…、これもまた美味い。
ほのかに、不快にならない程度に土の香りがする。
シャイタンパー風ペパーミントの香りと絶妙に混ざり合い素晴らしい芳香だ。
地球で飲み食いしたものに例えればこれはプーアル茶だ。
悠久の大地…、そうだ、これは大地の味だ。
少し間違えれば泥臭さ、土臭さとして忌避される香りが、この土魚では匂い成分の絶妙な違いにより悠久の大地のプラスイメージに昇華されているのだ。
カメラマンさんは次に何を頼むのか…。
「それじゃ次は野菜の握りねぇ~ん。バロメッツの芽の握りをお願いねぇ~ん」
もちろんみんな同じものを頼む。
バロメッツの芽というものは見た目は日本で言うかいわれ大根に近いが、葉の部分は使わず切り落とすようだ。
大将が「イグゼンユグジョナジル流秘包丁・神魔滅殺!」と技名を叫ぶと一瞬で葉の部分が消え去った。
嗚呼、技も凄すぎると素人には何もわからなくなるものなのだなぁ、と思う。
そのままパンに乗せればバラバラになるが、これは調味液に浸した後水気を取ることによりまとめて握れるようにしているようだ。
食べる。
なんという爽やかな清涼感か…。
しゃきしゃきとした歯ごたえ、淡いさっぱりとした僅かな苦みと辛みと甘みが調和した味わいが口の中を洗い流す。
誰もが世間話の一つもしない。
次から次へと出されるそれぞれに個性豊かな美味に言葉もないのだ。
「どなたか大将の技が見える方っているのですかー?」
ちょっと聞いてみる。
「あらぁ~ん? ワタシには見えるわよぉ~ん? カメラマンなら当然よぉ~ん?」
プロってすごい。
「ボクは超人だから見えるよ!」
ルンさんも見えるのか。
他の参加者はわたしと同じで、何も見えていないそうである。
そして、魚介を切る時の技らしい松葉一閃が放たれ…、わたしには何も見えないが…、わたしたちの目の前には人喰いユンゲルの握りが現れた。
人喰いユンゲルというのが何なのか聞くと、海に棲んでいる軟体動物で12本の触手があるんだそうな。
地球で言えばタコやイカやオウムガイみたいなものだろうか。
見た目はタコの刺身に似ているが魚醤をつけると何かピクピク動く。
「動いてますけどー」
「魚醤のナトリウムに反応してるだけでさぁ、鮮度の証ですのでご心配いりやせん」
噛みしめると、コリコリした歯ごたえがあるのに口の中でほろりと崩れるという相反しているようにも感じられる特有の魅力的な食感。
地球で言えばこれは、アワビの歯ごたえと火を通した大根の食感を両立している不思議なものだ。
味と香りの素晴らしさはもはや言うまでもないが、これは矛盾しているようにも思える、この個性的な食感を楽しむための寿司なのか。
5品目、ゆんゆん貝の握り。
白く、ドロリとしたものがパンの上に盛られている。
大将が壺型の神農宝具・微塵壺で貝をすりおろしたらしい。
ちなみに神農宝具・微塵壺はミキサーであり或いはおろし金ともなり、大将の望みのままに食材を微塵にしたりかき混ぜたりすりおろしたりを自動で行うものだそうで、今回貝をすりおろすための技名はなかった。
口に入れればこれは海だ。
海の香がする。
魂が原初の海を感じるのだ。
嗚呼、なんと素晴らしい…。
一瞬、意識が原初海洋のコアセルベートを幻視したように感じる。
この寿司は太古の海を食べるための寿司なのだ。
6品目、シリクイウシガエルの目玉の握り。
目玉の握りと聞いてドン引きする人もいるだろうが、これの見た目は魚卵に近い。
イクラやキャビアに近いといえばおわかりだろうか。
色は白だ。
食感はタピオカに近いが目玉周辺の筋肉のためもっと複雑な物となっている。
心地よい食感と驚くほどに濃厚な旨味が特徴だ。
大将が独自に調合した調味液で一定期間漬けることによってこの味と食感が実現するらしい。
無論すごぶる美味い。
7品目、ンザンガムヨの肉の握り。
ンザンガムヨ肉は非常に固く、解体には達人の技が必要になり、食用にするためには剛力の持ち主が交代で数日叩き続けて柔らかくしなければならないそうであり、食卓に給するのは至難の業だが天上の美味である食材だそうである。
絶対の切れ味を持つという神農宝具・秘刀とイグゼンユグジョナジル流秘包丁というなんだか凄い技を操る大将なら解体はできるのだろうが、叩くのは手間じゃないだろうか。
聞くと、
「神農宝具・秘棍でもってしてイグゼンユグジョナジル流秘棒術・万打一撃を肉に加え続ければ、まぁそんなにはかかりやせん」
とのこと。
いざ実食。
…、これは例えるものが思いつかないが、キリスト教徒ならばキリストを、イスラム教徒であればアラーを、仏教徒であれば釈迦如来を感じるだろう味というのがわたしの貧相な語彙でできる表現だろうか。
美味すぎて比べられるものが…、一つだけあった。
一度舐めたわたしの手の味だ。
わたしの手の窮極をも超越した美味に比べればまだ耐えられる…、わけが無い。
アリンコから見れば宇宙を破壊し尽くす邪神もマウンテンゴリラも一撃で踏み潰されることに違いがないようなものである。
「ふおぉぉぉぉぉ…」
嗚呼、意識を持っていかれそうだ。
こんな美味が存在することが許されていいのだろうか。
すべての客は同じ思いを共有したらしく、みんなでちょっとの間放心していた。
「それでは締めの一品、お願いするわぁ~ん」
「イグゼンユグジョナジル流秘包丁・神魔滅殺!」
意識が戻ったカメラマンさんが注文をする。
最後の寿司、それは日本の寿司で言えば細巻きに類するものだ。
まあ、酢飯ではなくパンなんだけど。
かっぱ巻きとかかんぴょう巻きくらいしか知らないが、ここで出されるからにはただの品ではないのだろう。
一人当たり3個の巻物が出される。
巻かれているのはなにか緑の野菜の千切りだ。
切る前はウチワサボテンに近い外見をしていた。
赤いペースト状のものであえてある。
やはりかっぱ巻きをめちゃくちゃ美味しくしたような味がするんだろうか。
食べないとわからないので期待に手を震わせながら伸ばす。
…、これは安らぎの味だ。
あらゆる不安、あらゆる恐れはこの味と香りの前に退くだろうとすら思わせる。
赤いペーストは香りこそ未知のものだが、梅干しのそれを柔らげたような穏やかな酸味とそれを支えるかのような旨味がする。
この何処か心安らぐ酸味と芳香がこの巻物のメインだ。
千切りの緑の野菜はもちろんみずみずしく、心地よい歯ごたえを与えてくれる。
先程食べた、バロメッツの芽の握りと同様口の中が洗われたような感覚を覚える。
なるほど、これは最高の美味であるンザンガムヨ肉の握りの後に締めとして食べるに相応しい品だ。
ちなみに寿司の品名はペロロン菜のアンペロ漬け和え握りだそうである。
赤いペーストにされる前のアンペロ漬けは大将が自分で神農宝具・漬け込み秘壺を用いて漬けているそうな。
「最後の磯汁をお願いするわねぇ~ん」
椀に入った汁物が並べられる。
見た目は味噌汁に近く具は海藻のようだ…、昆布やわかめに似ている。
さてこれは…、汁の味付けのメインは魚醤を作る際に出る固形物のペーストを熱い出汁に溶かしたものだ。
入っている海藻はもちろん昆布でもわかめでもない香りがするが、海の香だ。
磯汁というのに相応しい海の味。
もちろん美味い。
だが、今までのような超絶的な美味さではない。
材料とレシピがあれば誰でも同じものは作れる程度の普通の美味さ。
今までの押し寄せるような一つ一つ異なる個性的な超絶美味に持っていかれた意識を現実に戻す、地に足のついた普通の美味しさ。
わたしたちは現実に戻ってきたのだ。
会計を済ませ、超絶美味を作ってくれた大将とその店に連れてきてくれたスタッフの皆さんに丁重にお礼を言って解散である。
わたし達トラブルシューターは連れ立って事務所に帰還するのであった。
「本日は時夢様の水着姿を堪能できましたし、寿司という初めての超絶美味も体験できましたし誠に良い一日でございましたね」
エミリーさんの言葉にはわたしも賛成だ。
自分の唯一の取り柄の美貌を活かしてお金を稼ぎ、めちゃくちゃ美味しいものをごちそうになった。
他の二人もこの言葉には賛同の様子だった。
そして数日後事務所に『週刊シャイタンパー』の見本誌が届いた。
4人みんなでわたし達の載っているグラビアページを見る。
「あれー、なんだかわたしだけモノクロ写真なんですがー」
実物のわたしを鏡で見るのと比べれば美の暴威は非常に抑えられている。
「キミのフルカラーグラビアなんて週刊誌に載せたらシャイタンパー全域が機能不全になるだろうからな」
…、ぐぬぬぐぬぬ。
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クレクレというのをしてみるのです。
お願いしますのです。
画面の下の方を見ていいねをくださいなのです。
できれば星もくださいなのです。
できればコメントもいただきたいのです。
レビューなどいただけた日には筆者は喜びのあまり床を転げ回って悶絶すると思うのです。
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