本編

第1話:うんこ系呪文の使い手来店の巻

 今日はわたしの喫茶室兼バーの初の開店日である。


わたしの身を包むのは仕事着であり普段着でもある青のエプロンドレスだ。


エプロンは当然純白だ。


『不思議の国のアリス』に倣って金髪碧眼美少女にキャラクターメイキングしたわたしには似合うんじゃないだろうか。


わたしの美貌なら何を着ても誤差の範囲かもしれないが、肌を隠せる衣装は大切だ。


お風呂に入るときに確信したが、わたしの裸体は美の絶対的暴力、もはや目で見る超劇物と言えるものなのだ。


わたしの肌はそのただの平面にしか見えないような極一部ですらユークリッド幾何学ではありえない異様なありえざる未知の幾何学に基づく平面であり、それは人知を超えた凄まじい美しさだ。


さらには色と質感も通常の物理学ではありえないだろう異様なスペクトルの途方もない美しさの白であり、質感も通常の物体ではありえないとてつもない魅力を持つ肌理なのである。


この色と質感のただの平面を見るだけで、そのありえざる絶対的な美しさに恍惚となる。


もしかして皮膚を拡大して見てもわたしは美しいのかと疑問に思ったので、実際に試したから間違いない。


むしろ拡大した分美しさも増幅されていて非常にヤバい。


ついでに髪の毛一本を拡大して見てみたが、これもまた肌と同じようにとてつもないやはり人知を超えている美しさでわたしは恍惚の絶頂となった。


わたしはなんとバカみたいにアホみたいに美しいのだろうか。


と言ってしまうと重度のナルシストと思われるかも知れないが、わたしの場合ただの事実。


いや、これでも言葉が足りないというものだ。


そのようなわけで、肌を覆う衣服は、わたしのあまりにもいき過ぎた美貌をある程度抑えてくれるかもしれない拘束具でもあるのだ。


気休めかもしれないが。


…全裸で倒れていたというわたしを見た人たちはよく発狂したり死んだりしなかったものだと思う。


彼らには悪いことをしたかも知れない。


ちなみに、わたしは絶対清潔で決して汚れないという特性を買ってある。


一応あと2着同じエプロンドレスを購入して、衣服の購入はこれでおしまい。


他に最初にラプチャーさんが選んでくれた服もあるし。


他に必要な服は寝る時着替えるパジャマ、あと下着を2着ほどくらいか。




 それはともかく、朝に予約を入れてきたお客さんの来店予定時刻が近くなり、図書館で借りた本を読んですごしていたわたしは、お客さんを迎える準備をはじめた。


お客さんがアルコールかノンアルコールかどちらを望むかわからないので、飲み物はまだ準備せず、軽食の用意をする。


代金を支払えば、エミリーさんがなんでも天上の美味レベルに美味しくする魔法をかけてくれるとはいえ、お客さんにお金をもらってガビガビに乾燥したパンとか出すわけにもいかないのだ。


お金をもらうに相応しいものを出さねばならない。


得意料理はもやしの牛脂炒めと目玉焼きと納豆ご飯のわたしでも作れる料理…、お茶請けになり酒の肴にもなる料理…。


シャイタンパーで入手できる食材に知識のないわたしがエミリーさんに教わって作った新たな得意料理、『シャイタンパー風・何かの肉を焼いて何かの野菜で包みマジックソルトか塩コショウに似た万能調味料、もしくは万能タレをかける』を作るため食材をあらかじめ切って準備するのだ。


エミリーさんの魔法があれば冷めても天上の美味だろうが、お金をもらう以上熱々を提供したい。


他にはシャイタンパー風卵サンドだ。


ここシャイタンパーでも鶏卵に似た何かの卵を比較的安価に購入でき、何かの穀物を焼いた発酵させて柔らかく膨らませたパンも買えるのだ。


これはできたてでなくても良いため、いま作る。


あと何かの野菜のピルクスも添える。


シャイタンパー風ピルクスである。


この2つにはエミリーさんに、忘れぬうちに『何でも美味しくする魔法』をかけてもらう。


この3つがここの食品メニューである。


レパートリーを増やしてお客さんが選べるようにしたほうがいいかも知れないがまだ無理だし、それに味はエミリーさんの魔法で天上の美味にできるし、この店の一番のウリは飲食物ではなくわたし自身を眺めることなので問題ないだろうとはチームの皆の共通見解。




 そして時は経ちお客さんが事務所の扉をくぐる。


「いらっしゃいませー」


そしてわたしを姿を見てわたしの声を聞いたお客さんは、当然のようにすみやかにそのまま全身を硬直させぶるぶると震えながら喘ぎ声をあげる。


お客さんに近づいて声をかけ、服の袖を引っ張り再起動してもらう。


転移してからの経験で知ったのだが、わたしのあまりの美しさ、可愛らしさを目の当たりにして硬直したりした人に声を掛けると、心臓発作を起こした人にAEDで電気ショックを与えたときのような効果があるのだ。


わたしは自分で言うのも何だが、声も通常の音響学では説明のつかない、ありえない超多元宇宙的な美しさと可愛らしさの、人知を超越した美声なのでそうなるのである。


わたしは、なんとか自分で歩けるくらいに回復したお客さんを席に導いた。




 「お酒とお茶とどちらにいたしますかー?」


わたしの問いかけに対しても喘ぎ声がかえってくる。


再度問うと、お客さんはかろうじて声を出した。


「ああ…、宣伝ポスターの写真を見て覚悟は決めていたんだが、実物はとんでもない…なんとものすごい…」


ぶつぶつとつぶやいているのでさらにもう一度問う、


「ああ、マスター…、酒で頼む」


「はいー」


どうやらかなり正気を取り戻してくれたようである。


この店は可能な限りわたしの美貌ありきで、お客さんの選べるお酒の選択肢は少ない。


適当にシャイタンパー風ウィスキーのオン・ザ・ロックを作る。


このシャイタンパーでも穀物から作った強い酒精を木製の樽で熟成させたお酒は手に入るのである。


ちなみにこの店の基本料金はわたしの絶対的美貌をあてにしてぼったくりと思われかねないほど高い。


シャイタンパーの物価や平均収入とわたしの生きていた令和日本の物価や平均収入は異なるため一概には言いかねるが、多分高い。


そのためわたしが良心の呵責なくお客さんからお金をいただくため、お酒やお茶の質は可能な限り良い。

買える範囲で一番高級なシャイタンパー風ウィスキーである。


シャイタンパー風卵サンドとシャイタンパー風ピルクスも出して、あらかじめ切っておいたシャイタンパー風肉の野菜巻きの調理も始める。


もちろんエミリーさんに全て『何でも美味しくする魔法』をかけてもらうことは言うまでもない。


できるだけもらうお金に見合ったサービスを提供する必要性を考えると、エミリーさんに払う魔法の対価はこれでもお友達価格で安くすんでいるんじゃないだろうか。


エミリーさんには頭が上がらない。


「せっかくいらしたのですから、お客様のお話しをお聞かせ願えませんかー? あ、何なら人生相談とかも受け付けますー」


ただの飲食店であればいいのだがここの一番のウリは絶対的魅力を持つわたしとの交流である。


とはいえ、わたしは活字中毒者である。


読書に人生を費やした人間のコミュニケーション能力はお世辞にも優れていない。


なのでわたしの絶対的な美貌がお客さんの口を軽くすることを期待し、お客さんの方からお話を振ってもらおうという作戦なのである。




 「俺のことか…?、別に面白い話ではないよ?」


「そんなことおっしゃらず、ぜひお願いいたしますー」


そしてお客さんは自分のことを話し始めた。


「俺は、ウーク・オーという。姓はウークだよ。うんこ系呪文の専門家だよ。シャイタンパー中央病院で医師をしている」


お医者さんか。


しかしうんこ系呪文ってなんだろう。


「うんこ系呪文ってどんなものですかー? お話を聞きたいですー」


魔法だの呪文だのという未知は好奇心をそそるのである。


「うんこ系呪文とはうんこに関連した呪文系列さ…。いろいろ有用だよ」


「うんこ系呪文について詳しく聞きたいですー。ねっちりとっくり、うんこ系呪文について教えていただけますかー?」


「そうかい? ここシャイタンパーではおかしな目で見られることも多いから意外だね」


「うんこ系呪文を学ぶ第一歩はうんこ探知の呪文だ。周囲にあるうんこを探知する。範囲を上げれば街一つくらいとかできるけどその分精度は落ちる」


「ふむふむー」


「この呪文だけでは殆ど役に立たないけどね。他のうんこ系呪文と組み合わせて使う使い方がある。でもなにしろうんこ系呪文の第一歩だから必須呪文だ」


「なるほどー」


「そして次の呪文はうんこ鑑定だ。うんこ探知の呪文を覚えると学べる。これは習得難易度はそこまで高くないがなかなかに有用な呪文なんだ」


「どう有用なのでしょうかー?」


「うんこ鑑定の呪文はうんこから例えばそのうんこをした者の寄生虫病等の有無を判断することができるし、他の消化器官内の病原体も判定できる。それだけではない。人間以外のうんこでも、どんな存在のうんこかも鑑定できる。うんこの元になった食品もわかるから、うんこした者の食生活も当然推察できる。もし、なにか特別な効能があるうんことかがあればそれもわかるし、そのうんこを肥料化した時の品質もわかる。あと潜血の有無とかうんこ主の健康状態について多くの情報が得られるから。まぁ、医療には有用だね」


なんというか本当に意外なほど有用な呪文のようだ。


失礼だがうんこ系呪文なんてふざけたネタにも聞こえるのに。


とはいえわたしは排泄しない絶対に清潔な特性を買ってあるのでうんこしないし病気にならない特性も買ってある。


うんこ鑑定のお世話になることはなさそうだ。


「お医者様ですものねー」


あいづちはきちんとうつ。


これはウークさんからのお話しをうながすだけではない。


わたしの声を聞かせるのもこの店のサービスのうちだ。


決してこれは自意識過剰ではない。


ウークさんは光悦に溶け崩れた表情でわたしを見つめ、視線はわたしからはずれないが、わたしが声をかけるたびにその体はピクリピクリと大きく震えるのである。


「そしてうんこ肥料化だ。うんこを肥料にする。実は生ゴミなどたいていの有機物に使って肥料にできるし下水から肥料成分を抽出して浄化することもできて、昔は有用な呪文だった。今は化学肥料を量産できる時代で重要性は減ったが」


「おお…、それは有用ですねー」


「次にうんこ食料化の呪文がある。うんこから栄養成分を抽出して食料を作るんだ。下水や生ゴミからも食料を作れる。もちろん誰もうんこから作った食料なんて…理論的には完璧に清潔だし栄養価も高いんだけど食べたがる人はまずいない。この呪文で作った食料は家畜の飼料だね。化学肥料の普及でうんこ肥料化の呪文の価値が減った分、この呪文の価値は増した」


「なるほどなるほどー」


「うんこ作成という呪文もある。空中から普通のうんこを作る。無から有を生むのはほとんどの世界では魔法だけの特権だそうだから、結構すごいことをしているはずなんだけどシャイタンパーではあまり感動されないのが残念だ。この魔法で作ったうんこは通常のうんこと一切変わりがないから先程のうんこ発酵やうんこ食料化の魔法と組み合わせれば無から肥料や食料を生み出せることになる。すごいと思うんだが」


「すごいですねー」


無から有を生むなんて地球じゃ不可能だ。


神の御業だ。


素直に褒める。


「わかってくれるかい、うんこ作成を習得すると学べるのはうんこ弾の呪文だ。うんこを高速で射出する、うんこ系攻撃呪文だね。まあ、俺の故郷じゃ銃のほうがたいてい強いし、攻撃魔法への防護法も普通にあるから、攻撃呪文なんて護身術の嗜みくらいの意味しかない。こんな顰蹙を買う呪文を習得しなくても他の系統の呪文にも攻撃呪文はあるから有用度は低い。俺は嗜みで習得してるけど」


「ふむふむー」


絶対に汚れず絶対に清潔な特性のわたしにもうんこ弾はダメージを与えるんだろうか。


試したいとは思わない。


「そしてうんこ弾の次は爆裂うんこ弾、これは命中したところで爆発するうんこ弾で周囲にも衝撃と破片でダメージを与える呪文だ。敵どころか味方の顰蹙まで買うし、習得者は少ないね」


「なるほどー」


「色んな使い方ができるのが動くうんこの呪文だ。うんこを生き物のように動かすことができる。俺は医師だから、患者の体内のうんこをうんこ探知の呪文で特定して、動くうんこの呪文で排泄させるという使い方を主にしているけど、歴史の中では決闘中に相手の体内のうんこを動かして脱糞させてスキを作るという使い方がみられたね。お偉いさんが公的な場にいる際にこの呪文で脱糞させ社会的ダメージを与えるとかの使い方をされたこともあって、その時は結構問題となったよ」


「なるほどー。もっとあるのですかー?」


さらにお話しをねだる。


「うんこ系呪文でもあり、治癒系呪文でもある呪文として整腸がある。整腸と名付けられているが、実際には消化器官全体の様々な問題、虫歯や歯周病、肛門の問題等を全て解決できる非常に強力な呪文だ。消化管内の寄生虫等を死滅させたりもできる。この呪文を習得しているから俺は医師なんだ。自慢じゃないけど習得難易度は高いね。いくつかのうんこ系呪文といくつかの治癒系呪文を習得した後はじめて習得できるようになる。治癒系呪文にはあらゆる病に効く呪文もあるけど、そういう呪文は病気の重さや種類などで呪文を成功させる難易度が異なり術者の力量次第で失敗する可能性も高いから、特化して失敗しにくい呪文は有用なんだ」


「すごいですねー」


「そして真なるうんこの呪文とか。この呪文はうんこの概念の魔法的エッセンスとも言うべきものを作り出す。真なるうんこは普通のうんこより遥かに強い臭いを発し、うんこに惹き寄せられる生態の生物を非常に強く惹きつけるんだ。だがこの呪文の真価はうんこ発酵やうんこ食料の呪文と併用することにあるんだ。真なるうんこをうんこ肥料化の呪文で肥料に変えると、それは肥料の概念の魔法的エッセンスと言うべきものとなる。この肥料を用いると作物は遥かに早く、大きく実り、味も絶品となるんだ。うんこ食料化の呪文を用いた場合は、これもまた美食の概念の魔法的エッセンスというべきものとなるんだね。この食料は驚くべき美味しさであり、栄養価も完璧な素晴らしいものとなる。俺も食べたことがあるけどこれと同じくらいなのは、マスターがここで出してくれた料理と酒と、あと一つだね」


ここの食べ物と酒はエミリーさんの魔法で非常に美味しくしてある。


わたしもエミリーさんの作った食事を食べたが、何でも美味しくする魔法を駆使した時の彼女の料理は大変に美味しい。


それに匹敵する食料を作れるとはすごく有用な呪文だ。


しかしあと一つの美味とはなんだろう。


「おやー? あと一つの美味とはなんだったのですかー?」


「ふむ、それは俺がシャイタンパーに来て住むようになった理由であり、マスターに最後に紹介するうんこ系呪文の話でもあるね。真なるうんことともに、うんこ系呪文の最高の呪文とされるうんこ召喚だ。この呪文はうんこを召喚することができる」


「なぜそれがウークさんがシャイタンパーにお住いになられる理由となるのですかー? それにうんこを召喚するならうんこ作成の呪文で代替できるのではないでしょうかー?」


「その疑問はもっともだ。うんこ召喚の真価は、召喚されるうんこが通常のうんこでなくても構わないことにある。この呪文を用いれば、魔法薬の素材となる、異なる世界の幻獣や神性と言われる存在のうんこを召喚することも可能なんだ。そしてある時俺は、うんこ召喚の呪文でとんでもないありえないほどの大成功をし、とてつもない価値のあるうんこを召喚することに成功したんだ。うんこ鑑定の呪文では遥か異界から召喚された真・神龍大帝のうんこだとわかったんだ。このうんこはただ食べただけで、伝説にあるが誰も作れないとされる不老不死の霊薬と同じような効き目らしいんだ。俺は喜んでそのうんこを食べた。そしてそのショックで『答えの力の覚醒者』となりシャイタンパーに転移したんだ。このうんこの味も驚くべき美味しさだったよ。これが『あと一つの美味』だ」


まさかうんこを食べるとは。


とはいえ地球にも虫のうんこを集めて乾燥させて作るお茶もあるそうだし、真・神龍大帝という存在がどれほどのものかはわたしにはわからないが、きっとすごいんだろう。


うんこがこれ程の神秘の力を秘めていても不思議ではないのだ、たぶん。




 「うんこがこんなに重要で奥深いものだって初めて知りましたー。今日は勉強になりましたー」


「でもうんこってやっぱり汚くてやだよね」


「貴方が言うのですかー?」

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