チュートリアル中2

 「さて、そろそろお話しに戻っても大丈夫でしょうか」


「はいー、お願いしますー」


「時夢さんがこれからこの都市でどうなるかといいますと」


今まで聞いた話を整理するに、地球でのわたしはたぶん死んでおり、地球に戻る方法もない。


であるなら、ここシャイタンパーで生きるしかないというのは道理だ。


「都市運営としましては都市運営機構に登録されたトラブルシューターとなることを斡旋することができます」


「トラブルシューターってなんでしょうかー?」


「都市運営機構に登録された何でも屋ですね。なにしろ、この都市には多種多様な文化を持つさまざまな異世界から来た異能を持った住人が多いため、トラブルに対応するのに行政サービスだけでは間に合わないがままありまして。有用そうだったり強力そうだったりする異能を持った人物にはまずオススメできる職です。トラブルシューターにならずに自分の異能を活用して生活費を稼いでも別に構いませんが。都市運営は一週間くらいは暮らせる一時金を支給しますし、なんならお金を良心的と言える低金利で貸すサービスもあります。」


「とはいえ、これは時夢さんにメリットのある話です。福利厚生の一環でトラブルシューター用に頑丈に作られた寮があるから住居をさがす手間も省けますし、仕事探しの手間も省けますよ」


なるほど、これは大きなメリットだ。


わたしは自他ともに認める活字中毒者だ。


本に囲まれていればわりと幸せな人生が送れるだろうと大学では図書館学を学んだ。


就職の第一志望はもちろん図書館だったが、その夢は破れた。


当時の政権は公務員の求人とかを削りに削ったのだ。


かといって接客業はかなりなブラックが多いとも聞いていたため、書店員になるのも躊躇した。


独立開業で書店を開く資金もないし、ネット通販や電子書籍の影響で現実世界の書店は斜陽となったことを考えると書店員にならなかったのは正解といえるだろう。


しかし、幸いにも母校のコネもあったためか私大職員に採用がかなったのだ。


ネットがガス電気水道レベルのほぼ必須インフラとなった令和日本の世。


ネット環境を維持さえすれば、無尽蔵の活字が読めるし、その中には金を払っても読みたい良質なネット小説や有益な情報も得られるしSNSで無限に活字で他愛のない話をすることも他人の面白い会話に耳ならぬ目を傾けたりもできる。


令和日本はネットに接続する時間があれば活字中毒者がいくらでもその欲求を満たすことができる良い世の中なのだ。


ネットが普及し当たり前のものとなる前の時代においても日本は出版も盛んで図書館もある。


そのため夢破れても地球でのわたしの人生は概ねうまく行っていたといって言い。


その後の挫折も婚活失敗のトラウマで美少女性へのこだわりという性癖が生えたことくらいか。


とはいえわたしの本質と理想を反映させたのが今の究極で至高の美少女の姿ということは、婚活失敗はただのキッカケで実は生まれたときから隠されていた性癖ということもあり得ることだ。


そうだ、この都市にネットはあるのだろうか。


これも後で聞いておかねばならない。


このシャイタンパーで就職を目指す場合、日本での職歴学歴資格は通じないだろうし、実際右も左もわからないところでは履歴書を用意することすら難しいのである。


仕事を斡旋してくれる…わたしにとってなんと魅力的なお話しだろうか。


だがトラブルシューターになるという選択をする前に聞いておきたいこともある。


「ありがたいお話だと思いますー。でもお受けする前にいくつか質問させていただけませんかー?」


「もちろん、どんな仕事をして口を糊するのかは重要ですね。お好きなだけどうぞ」


「わたし、日本では図書館学を学んだ経験があるんですが、図書館職員の求人とかないでしょうかー」


「この都市にも公立図書館はありますしわたくしも良く利用しますので存じておりますが、今のところ職員はそのための異能をもった者達だけで構成されていたはずです。人手不足という話も無いですので図書館学の知識だけでは時夢さんが就職するのはむずかしいかと」


就職できないのは残念だが、活字中毒者として図書館があるのは朗報だ。


「大学職員の職務経験がありますがそれを生かして就職することはできそうでしょうかー?」


「大学はこの都市に公立大学が一つありますが、この都市において大学職員はかなり条件の良い方の待遇であり退職者が出ることはほとんどなく、寿命を持たない住人も多いので定員に枠が空くことは滅多にありませんので難しいでしょう。それに時夢さんが勤務なさってた大学とこの都市の大学にどれほど共通点があるか解りかねますので、もしかしたら職務経験が大して役に立たない可能性もあります」


なるほど、日本で身につけたことを活かすという方針は捨てよう。


ここではキャラクターメイキングで得られたもので世間の荒波を乗り越えるのだ。


「わかりましたー。それではトラブルシューターにならせていただく方向でお話しを進めていきたいですー。でもその前に質問させてくださいー。トラブルシューターになるデメリットと、わたしがトラブルシューターになることによる都市運営のメリットについてですー」


「デメリットは特に無いと思われます。危険な依頼も時にはありますがトラブルシューターにはペナルティ無しに依頼を拒否する権利がありますから。それに都市運営も依頼を受けてもらえるに越したことはないので依頼を遂行できる可能性の高いチームから依頼しますし、基本給は非常に低く依頼に応じて賞与が支給される給与体系になっております。強いて言うなら基本給の低さですが、今のところトラブルシューターは不足しており依頼による賞与でお釣りが来ますし、それぞれのチームに与えられる事務所で待機している時間に依頼がなければ副業で稼ぐことは認められております。また、トラブルシューターへの依頼は運営を通すのが基本ですが、民間が直接依頼することも認められています」


魅力的だ。


「運営側としては、強力だったり有用性が高かったりする可能性の高い異能の持ち主を依頼を受けてもらえる立場に置くことは大抵の場合長期的に利益を齎します。ざっくりいえば掘り出し物は買えるうちに買っておくものなのですよ」


「さきほどお話した内容にもありましたが、この都市では多種多様な文化と異能が混在するので、行政のサービスで対応しきれないような事柄がしばしば発生するのです。トラブルシューターの持つ異能は多種多様であればあるほど良いとも見なされています」


「時夢さんの美貌と魅力はそれだけで強力な異能と思って差し支えのない物と判断しました。わたくしは仕事柄、故郷の世界で美を司る女神だった方にも会ったことがありますが、時夢さんの美しさには遠く及ばないでしょう。時夢さんと対面して会話するだけで傷ついた人の心は癒やされ人に姿を見せるだけで功徳、善行というものです。どんなに美貌の度が過ぎて生活に支障をきたしてもそれを隠して生活することはおすすめしません。持つものは持たざるものに与えるべきです。時夢さんが美しさを隠すのは悪です」


ラプチャーさんは真面目な顔をしてわたしの美貌と魅力を褒め称える。


自分が自分の作った究極で至高の美少女になったということはある意味、自分自身が自分の理想の存在になったということで、今、わたしが日本に二度と帰れない運命を比較的あっさりと受け入れていられる理由でもある。


理想を褒められて嬉しくないわけがない。


わたしはラプチャーさんの称賛を喜んで受け止めた。


「到達不能地球の出身者は超強力な異能持ちであるので、時夢さんも到達不能地球出身者である可能性が高い以上、都市運営の管理下に置くことは都市の安全保障上必要とも判断しました」


わたしはラプチャーさんの提案を受け入れトラブルシューターになる決意をした。


この身の美貌を武器にこれからの人生を切り開くのだ。


あとは、トラブルシューターというのはチームを組むものらしいので、良い人間関係を構築できるかの心配だけだ。

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