チュートリアル中1

 やがて部屋の外から慌ただしい足音が聞こえ、ドアが開かれた。

入ってきたのは看護師と思しき女性だった。


そのままの姿勢で彼女は固まる。


目は大きく広がり、息が荒いようだ。


その視線は俺の顔を見つめ、僅かにも動かない。


少し待ってもそのまま動かないままなので声をかけることにする。


「あのー? すみませーんー?」


舌と声帯が元の体と異なるためか語尾が伸びる。


俺の声には似合って入るが。


ヤバい。


語彙が乏しいがヤバい。


自分で自分の人知を超えたとてつもない美声に聞き惚れそうになるが、二度目なので、俺は自分自身に耐えやすくなっているようだ。


彼女にとっては違う。


俺の声が耳に入ったらしい彼女の体はビクリと震えた。


再び固まる。


埒が明かないので、ベットから立ち上がり彼女に近づき服の端をひっぱる。


彼女は驚くほど長身に感じられるが、たぶん俺の体はメイキングした、外見年齢7歳程度の美少女になっている可能性が高い。


彼女の背が高いのではなく俺の背が低いのだ。


もちろん触れるのは服だけだ。


彼女の肌には触れないよう注意する。


俺の手触りのよさもまた、人知を超えた、この世のものにはあり得ざる素晴らしさであることは自分で確認済みだ。




 「あ、ああ…、大丈夫。もどってきたわ…。ごめんなさいね、あたしったらお仕事中なのに、固まっちゃって。貴女が姿も声も美しすぎるから…」


彼女は正気を取り戻したようだ。


「いえ、問題ありませんー」


「体に異常を感じたりしてない? 痛いところとか無い?」


「大丈夫です。健康そのものですー」


俺の体に異常は感じないが、長年慣れ親しんだ体と今の体は手足の長さも体重もことなるので、動きは少しぎこちないと思う、が問題ない。


「だったら、私は貴女の身に起こったことを説明してくれる人を呼んでくるから少し待っててもらえるかしら」


「はい…、あ、鏡ありませんかー?」


自分がキャラクターメイキングの究極で至高の美少女になっているということの最終確認がしたい。


「この部屋にはないから手鏡を持ってこさせるわ」


彼女は如何にも、意志力を絞り出している感じの動作で俺から視線を引き剥がし部屋から出ていった。




 次に入ってきたのは…、オーラとしか言いようのないものがある、何かの制服に身を包んだ美女だった。


年齢は20代後半程度だろうか。


スレンダーでさきほどの看護師さんと思しき女性より背が高い。


『オーラ』という言葉を使ったのは、何と言うか彼女を見たら誰もが『仕事ができまくる女!』という印象を抱くんじゃないだろうか、と思わせるからだ。


きっと偏差値70以上ある大学を出ていて、年収は億円くらいある超巨大多国籍企業の幹部社員とか、そんなのに違いないと理由もなく確信を持ってしまうぐらいの高学歴バリキャリオーラともいうべき雰囲気。


気圧されたが、彼女も先程の看護師さん同様固まったので、先程と同じようにして話を進めることにした。


「さて、わたくしの名前はアルフォート・ラプチャーです。ラプチャーが姓ですのでラプチャーとお呼びくだされば。まずお名前を聞いてもよろしいですか?」


まだ鏡を見ていないものの俺の見た目は7歳の女の子だと思うが、ラプチャーさんは先程のたぶん看護師さん(女医さんかもしれんが)より丁重な話し方をしてきた。


「あ、わたしは時夢(ときむ)・未来(みらい)ですー。時夢が姓ですー」


7歳の女の子は俺なんて言わないものであるし、仕事の場では一人称はわたし、にしていた。


公私はわける、わりかし仕事ができないこともないくらいの男だったのである、俺は。


今は女の子だが。


これからは究極で至高の美少女らしく、脳内独白の一人称も「わたし」にして万が一にもボロがでないようにしたほうがいいかもしれない。


そうしよう。


今から俺は脳内でも「わたし」なのだ。


「それでは時夢さん、貴女に状況を説明する前にいくつか質問させていただきます、まず…?aslkduremoat amsoeimcmas mmoitoeisure?」


ラプチャーさんはいきなり、わたしの知らない未知の言語を話したが、わたしにはそれにかぶさるように訳が意識に浮かび、脳内にスマホの翻訳ソフトがあるような感覚で意味がわかる。


「?aslkduremoat amsoeimcmas mmoitoeisure?」の意味は「わたしの今の言葉がわかりますか?」の意味だ。


脳内に謎の翻訳ソフトが有るのならこちらの話し言葉も望めば翻訳されるのだろうか。


「mseiteー」


できた。


わたしは日本語で「わかりますー」と答えつつ、ラプチャーさんの使用した未知の言語に訳されることを望むと、舌と声帯が勝手にそう動いた。


「ふむ、万能翻訳能力はお持ちのようですね。手間が省けるでしょう」

何の手間なのかは知らないが、キャラクターメイキングの際、最初から買ってあった万能翻訳能力を消してポイントを増やそうとかしなかったことは正解のようだった。




 「さて、次に貴女は、ここで目覚める前と比べて肉体がかなり、あるいは全く変わっていたりしていないですか?」


「はいー、目覚める前と全然違いますー」


中年といえる男性だったけど今は女の子だ。


「貴女の故郷は地球と呼ばれていませんでしたか?」


「はいー、地球人でー、日本人ですー」


その質問ははまるでここが地球でなく、彼女が宇宙人か何かのようなものだったが正直に答える。


「そこに魔法・超能力・その他異能・特殊能力等な存在していましたか?」


「ないですー」


そのようなものは幻想である。


「貴女のその色々となにかぶっちぎりで超越したレベルの外見や声の魅力は、すでにある意味で強力な異能と言えるものですが、他に異能をお持ちではありませんか?」


「えーっとー、怖いからあまり確認したくないですが様々な有害な効果に耐性があると思いますー。でももしそんなの気の所為だった場合、試して怪我でもしたらこわいですー」


キャラクターメイキングを思い出すなら、わたしの残りポイントは全てわたしの魂の形とも言えるべきものを反映したおまかせ異能に使われたはずだが、自分にもどんなものかわからないけど自分にはなんかたぶんすごい力が眠っていますとか発言したら、ただの中二病患者だと思う。


それにわたしに本当におまかせ異能があっても、今のところ潜在能力で使えないしどうやったら覚醒するかもわからない以上無いと同じようなものなので、これは黙っておく。




 「質問に答えていただきありがとうございます。どうやら貴女は全裸で眠っていたところを発見された経緯も含めて今までの質問により『到達不能地球』から転移者であると判断します。それでは貴女の状況を説明いたしましょう…、もっともこれからの内容には証明できない仮説も含まれているので必ずしも正しいかは解りかねますが。質問がおありでしたらもちろんどうぞ」


「お願いしますー、まず、ここは何処ですかー?」


「ここは超多元宇宙間回廊都市シャイタンパーです。そしてこの部屋はシャイタンパー中央病院の一室です」


超多元宇宙間回廊都市シャイタンパーなんて都市はたぶん地球上にはない。


ここは地球ではないようだ。


「超多元宇宙回廊都市とはいったいなんですかー」


「超多元宇宙に存在する無数の多元宇宙の間を結ぶ狭間ともいえる、さまざまな特別な性質を持った特別な世界に存在する交易都市です」


「超多元宇宙とはいったいなんですかー」


物理学者が多元宇宙論を提唱しているのは聞いたことがあるがその前に超をつけるとはいったいなんぞや。


「まず、宇宙というのはたいてい複数存在し、多元宇宙を構成します。多元宇宙の法則はさまざまです。

ある多元宇宙は無限次元であり、宇宙は無限次元の中に無限に存在する3次元の膜として存在します。また、別の多元宇宙では無限次元ではなく8次元空間に未知のパターンで宇宙が散らばっています」


「我々の知っている中では最大と言える多元宇宙は3次元の宇宙が無限に4次元空間に存在し、その4次元空間は5次元空間に無限に存在し、…とアレフヌルまで繰り返し、そのアレフヌル超空間もアレフワン超空間に無限に存在して、そのアレフワン超空間もアレフワン+1超空間にと無限に繰り返しアレフツー超空間に到達し、という過程を延々と繰り返しやがて絶対無限超空間、すべての集合のクラスというべきものに至るというまさに超巨大というべきもので、これより大きな多元宇宙もあるいはあるかも知れないですが想像できません」


宇宙が無限次元に存在する3次元の膜であるという仮説なら地球の物理学者も提唱している。


どうやったら実験と観測で証明できるのかはわたしにはさっぱりわからないが。


まぁ、地球で車椅子の天才科学者と謳われた天才物理学者が、その多くの物事を矛盾なく説明できる美しい理論を実際に観測や実験で証明する方法が今のところ無いためノーベル物理学賞は贈られなかったと聞くから、これももし事実であったとしても観測や実験で証明できないかも知れない。


「到達不能地球とはなんですかー?」


「到達不能地球とは特別で特異な宇宙に存在すると思われる地球と呼ばれる世界です。到達不能地球のある宇宙には如何なる手段を持っても行くことができないため到達不能という言葉が冠されます。時夢さんの故郷も到達不能地球であると思われます」


わたしの故郷がその到達不能地球なら、わたしはどうやら地球に戻れないようだ。


「どう特別で特異なのですかー?」


「到達不能地球は数多ある世界法則の中でも非常に人類に厳しい法則を持ち、あらゆる異能の存在を絶対に容認しない世界とされています。魔法もなく超能力もなく如何なる物理を超える特殊能力もありません。霊魂の存在は信じているものもいますが、到達不能地球の転移者の証言では、迷信であるというのが学者の主流意見だそうです。あらゆる移動は光速に縛られ超光速で移動したり通信したりすることは絶対に不可能と言う意見が主流だとか。他にはこれは単なる仮説に過ぎないのですが到達不能地球は『究極の問いに対する究極の答え』の力にアクセスできない奇跡のない世界と考えられております」


「『究極の問いに対する究極の答え』の力とはなんですかー?」


「正式には『なぜ何もないのではなく、何かがあるのかという究極の問いに対する究極の答え』なのですが長いのでちょっぴり略しています。もっと略するなら『究極の答えの力』でも通じます。この問いの答えを理解できるものはおらず納得の行く答えは決してできません。理解はできなくともその力を人であれば誰もが潜在的に持っていると考えられております。正確にはエネルギーではないので、力というのは不適切かもしれませんがわかりやすいので力という言葉を使っています」


「もし異なる多元宇宙間をこの力が足りないものが移動することがあった場合、異なる多元宇宙の法則下では存在を保てず死にます。霊魂は消えます。霊魂が消えてもまだ残る不滅で不可知のエッセンスが人にはあり、霊魂が消滅してもどこかの多元宇宙で生まれ変わるという信仰がシャイタンパーの一部で信じられていますが、どのみち証明不能です。なにしろ不可知ですので。シャイタンパーのある世界に来ることができるのは力が十分な者で他の多元宇宙に移動しても生きていられる者だけです」


「この力は他の多元宇宙での生存が許されるほど強くなくとも、たとえば精神力とか根性とか言われているもので奇跡的なことができると言われております」


「実際確定した運命が存在していて、タイムトラベル等でも変えられないとされる運命が存在する法則の世界で精神力と根性で奇跡を起こして運命を変えたという事柄が観測されています。その世界のその後の運命は変えられた事柄にあわせて改変されたようです」


「我々はこの力が何らかの閾値を超え、他の多元宇宙を移動しても大丈夫になった者たちのことを仮に『答えの力の覚醒者』と呼んでおります。わたくしも時夢さんも、もちろんその中の一人です」


「ラプチャーさんがわたしの故郷を到達不能地球と考えた理由はなんですかー?」


「まず、時夢さんは他の多元宇宙からこのシャイタンパーに転移した者が良く現れる場所に全裸で発見されています。そして肉体も転移前とまったく変わっているそうですね。これは到達不能地球からの転移者の特徴なのです。理由は到達不能地球からの転移は魂か、一部で信じられている魂が消えても消えないとされる不滅のエッセンスのみで行われ、転移先で転移者の本質や理想に基づき『究極の答えの力』で器を作り出して行われているという仮説が立てられています。転移者の地球での肉体は死亡しているという仮説が今のところ有力です」


地球のわたしの体は死んだのか…。


あのキャラクターメイキングはわたしの理想と本質が反映されるプロセスがあの夢という形だったのか。


親より先に死ぬ不孝をしてしまった。


たしかわたしは就職の際いろいろ保険に入っている。


そのまま、適用の機会がなかったため契約内容は覚えていないがわたしが死んでいたら保険金の受取人が両親にならないだろうか。


それなら少しは不孝が償えるだろう。


地球のわたしの部屋でわたしの死体を見つける人には悪いことをしたな。


「他には、到達不能地球からの『答えの力の覚醒者』は大変強力な異能を持っています。これは到達不能地球は『究極の答えの力』を持っていても使えず異能もない抑圧された法則の世界であり、逆にそれ故に、この世界の人間は他の多元宇宙と比べ強力な『究極の答えの力』を持っていると考えられています。その中でも一際強力な力を持つ者が『答えの力の覚醒者』として多元宇宙間転移するのではないかと言われています。到達不能地球は異能のない世界ですが、そこよりの転移者は異なる多元宇宙で生存を保つだけではなくなお有り余る力で、有用で強力な特性や異能を獲得するものだと考えられています」


「時夢さんの美貌美声は超常の異能と呼べるほどのあり得ざるもののため、他にはさまざまな耐性をお持ちだそうなのでかなり強力であり到達不能地球出身である可能性が高いと考えました。到達不能地球からの『答えの力の覚醒者』の異能は全て『究極の答えの力』に基づくものなので如何なる法則の多元宇宙においても完全に問題なく使えます」


「問題のある異能もあるのですかー?」


「もちろんです。到達不能地球以外の多元宇宙からの『答えの力の覚醒者』は、元いた世界で持っていた魔法や超能力、その他異能を、異なる多元宇宙においても、存在を保つのに使われる余剰分の『究極の答えの力』で、他の多元宇宙の法則に自分の多元宇宙の法則を押し付け、あるいは異なる多元宇宙にはないなんらかのリソースを代替し、余剰分に応じて使用することができます。そのためあまりにも強大すぎる異能を持っていた転移者は故郷以外の異なる多元宇宙では弱体化します。逆に異なる多元宇宙で自分の存在と、異能を十分に発揮してなお余剰分があったと思われる者は覚醒して転移した際、どこの多元宇宙でも使える新たな異能に目覚めることがあります。余剰分が新たな異能獲得に使われるわけですね。元いた世界で弱かった『答えの力の覚醒者』は強化されることがあるわけです」




 情報量が多い。


ちょっと一息つこう。


記憶力を買っておいたおかげか、ラプチャーさんのいままでの話は全部覚えているが、話を理解するスピードが増したわけではないのだ。


「あ、あのー、ちょっとお話しの情報量が多いので一旦頭の中で整理したいですー。鏡を持っていたらかしてただけますかー? ちょっとお話しを休んで自分の姿を確認してみたいですー」


「あ、手鏡は用意してありますのでどうぞお使いください。身だしなみの確認は大切ですからね」




 手鏡を見るとそこにあったのは、月並みに表現するなら抜けるような透明感のあるつややかな白い肌、ほんのりバラ色に染まった頬、ツヤツヤでプルプルの美しいピンク色の唇。宇宙の深淵を思わせる深く澄みきった碧眼、金の絹糸を思わせる髪の毛、顔のパーツの配置も大きさも完璧の超絶美少女という言葉の前にいくつさらに超を付ける必要があるのか見当もつかないほどに美しく可愛らしい、7歳くらいと思われる少女の顔だった。


もちろんわたしの体なので、どこもかしこもユークリッド幾何学ではありえず未知の幾何学ならばありえる、人知を超えた造形美とこれもまた通常の物理学では説明のつかない未知のスペクトルによるとてつもなく美しい色合いの現実ではありえないレベルの美しさであることはもうわざわざ言わなくてもデフォルトだ。


自分の手をみることで耐性がついたのか、固まった時間は初めて自分の手を観た時より短くて済んだ。


自分で自分の美しさに固まるなんてバカみたいだけど、わたしの美貌なのでラプチャーさんは大目にみてくれるだろう。


くれたらいいな。


わたしはその間にラプチャーさんの情報量の多い話をだいたい理解した、と思う、たぶん。

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