目覚めてみると
俺が目を開くとどうにも目に映るものと自分の体の感覚に違和感がある。
ここは俺が寝た部屋ではないようだ。
身を起こす。
視界に自分の手が入る、がおかしい。
記憶にある俺の手ではない。
月並みに表現するならすべすべの透明感のあるつややかな白い肌の形の良い手。
が、きちんと表現しようとすると言葉がおかしくなる。
コズミックホラーというジャンルの元祖とも言える作家、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの生み出したクトゥルフ神話作品のような表現になってしまうのだ。
俺の手は地球の通常の物理学ではありえないスペクトルの、色だけで美しいありえざる白い色の、この色と質感のただの平面を見ているだけで見とれてしまうだろう美しい肌をしていた。
形もまた素晴らしい。
これもまた通常のユークリッド幾何学に基づいてる造形物にはありえざるといえる未知の幾何学による名状しがたいほどの凄まじい美しさの手の形だ。
爪一枚だけでもいつまでも見ていたいと思わせる。
爪の色合いもまた、常識的な表現だと健康的で綺麗な桜色であるが、これも正確を期して表現するなら、通常の物理学では説明のつかないスペクトルの、その色と質感の平面を見ているだけで恍惚となる美しさで、その形もこれまた未知の幾何学によらないないとありえない美しさだ。
自分の手を見た俺は動きをそのまま止め、瞬きすることすらするのが惜しいと、手のありえざる美しさに見とれた。
この手の美しさを見つめることは至福とすら言える。
自分の手のあまりの美しさに思わず俺は自分の片手でもう片方の手に触れた。
なんという手触りだろうか。
絶妙としか言いようのない至高のすべすべした感覚。
人間の知っているいかなる表面の物体全てでこのような触感をもたらすものはおそらくありえない人知を超えた未知の素晴らしい感触だ。
適度な弾力のある、気持ちの良い柔らかい感覚。
あまりにも心地の良い、ただの温度の高い低いの感覚刺激とは思えない、感じているだけで幸せな気分になる体温の温かさ。
触覚に感じられる至福に両手を顔に近づける。
かすかに手の匂いが嗅覚を刺激する…。
意識を至高の恍惚へと導く芳香!
俺の手から漂う芳香は、世界のいかなるシェフの料理もいかなる調香師の香水も足元にも及ばないだろう。
この人知を超えた芳香を無理に科学で説明したいなら、俺の肌はヤバい麻薬作用のある物質を空気中に放散しているとしか思えない。
…、どんな味がするんだろうか…。
嗅覚へのあまりにも素晴らしい刺激に耐えられず、ついつい自分の手を舐めた。
凄まじい、人知を超えた美味が俺の舌を襲った。
味覚というのは甘味、塩味、酸味、苦味、うま味からなる、嗅覚と比べれば単純な感覚のはずだ。
これらの味をどのような強さでどのようなバランスで刺激しようとこれほどの至福は決してありえないはずだ。
実際には見た目も食感、温度、匂いも美味しさの構成要素であるが、俺の手は見た目も舌触りも体温も匂いも全てが人を至福の絶頂に導くので、あとの問題は舌に感じる味だけである、
5種類からなる味覚への刺激というだけでは説明のつかない素晴らしい未知の味。
強いて言うなら甘みに近い。
「あああああ…」
俺はついに感嘆のあえぎ声を漏らした。
そして固まる。
人で言えば幼い女の子の声なのだが、現実に絶対に有り得ないと断言できる、理解できる限界を超えた愛くるしさと美しさを兼ね備えた声なのだ。
もしこの声で歌など歌ったらどうなってしまうのか想像もつかない。
その魅力のあまり、そのままどれほど固まっていたか。
自分で自分に恍惚となり陶酔しているなんて馬鹿みたいじゃなかろうかという自意識のツッコミが俺をかろうじて正気に戻し、顔から手をはなし視線を無理やり引き剥がした。
俺はどうなってしまったのだろうか。
思い出すのは目が覚める前のキャラクターメイキングの夢だ。
俺のメイキングした究極で至高の美少女は美しさも匂いも声もさわり心地も盛れるだけ盛っていた。
俺の手と声はまさにそれだった。
もしかすると俺はメイキングした美少女なのだろうか。
俺が夢の中でしていたのは自分自身のメイキングだったのだろうか。
だとすれば、メイキングに人格要素や芸術や学術への才能、知性の付与の類が選べなかったのも納得がいく。
俺が作っていたのは自分自身で、どんなキャラでも中身は自分なのだ。
鏡はなくとも、確かめるのは難しくない。
自分の股間をまさぐる。
…、ない。
あきらかに男性のシンボルがなくなっているのがはっきりと分かる。
今の俺の体は女の子なのだ。
これは夢の続きなのだろうか。
いや、あり得ない。
夢と言うにはあまりにも現実的だ。
思考もはっきりしている。
そして自分自身から感じられる絶対的に非現実的な美と魅力は、夢の中とはいえ人間の想像できるものではない。
絶対に想像できない非現実的な美と魅力こそ、これが逆説的に夢ではなく現実であることの証左なのだ。
周囲を見渡す。
白を基調とする壁と天井。
白のシーツと掛け布団。
窓には白いカーテン。
清潔な印象で調度は少ない。
イメージとしては病室だ。
自分の体はこれもまた病院で入院患者が着ているような淡い色の簡素な寝間着を着ているようだ。
ここは病室らしい。
誰かが眠ったままの俺を病室に運んだ。
俺がたぶん、自分のメイキングした美少女になっているのも…、鏡を見てないからまだ美少女と決まったものでもないが…、それに関係があるのだろう。
手だけでもアレだったのに、自分の顔を鏡で見たらどうなるのかちょっと怖い。
病室ならナースコールの類があってもいいはずだが。
後ろを振り返ると枕元にコードに繋がれたボタンがあるのでこれかもしれない、
ボタンを押す。
おそらくはほどなく誰かがきて状況を説明してくれるだろう。
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