第15話 変化


(……かしら?)


 ベッドルームに向かう途中、案理は至るところに違和感を覚えていた。壁の色から廊下の長さまで、なにもかもが記憶にある家の様子とは異なっていたせいだ。


(…………いえ、違うわ。違って当然よ。ここは私が住んでいた家ではなくて、じゃない……!)


 しかし、歩を進めるごとに案理の脳内は驚くほどクリアになっていき、違和感も疑問も解消されていった。


 彼女はのだ。ここがどこなのか。そして、自身の隣を闊歩する全裸の青年が誰なのかということを。


のカナタさんは、独り暮らしの私のことをずっと気に掛けてくれていた。『不審者対策は万全か』とか、『家事と学業の両立は出来ているのか』とか……。彼も丁度、引っ越しを考えていたということで、思い切って同棲を始めたんじゃない。私ったら、どうしてこんな大事なことを…………!)


 案理は自身を戒めるように首を大きく左右に振った。――その衝撃で書き換わる前ほんとうの記憶が戻るなどといった奇跡はもちろん起こらなかった。


「急にどうしたんですか?」


 視界の端でちらついたハーフツインを追いかけて、カナタが横を向いた。


「あ…………いえ。私、独り暮らしのときの気分が抜けていないのかもしれないわ。一瞬、『』みたいに思ってしまったの……。なんだかごめんなさいね」


 眉尻を下げて笑った案理は気付いていないが、彼女を見下ろすカナタの顔は、ほんの一瞬、大きく引き攣った。


「無理もないですよ。僕たちは一緒に暮らし始めたばかりですし。案理さんは、お若いのに一年以上独りで暮らしてたんでしたっけ。そっちの期間のほうがずっと長いんですから、簡単に馴染めなくて当然です。……ふふ、そっかあ。だから、ことにもあんなに驚いてたんですね?」


 その問い掛けを機に、案理の記憶は急速に巻き戻った。先刻の官能的なキスを越え、飴をめぐるひと悶着を越え――カナタと遭遇したところまで。


「……っ!」


 そこから先のことを思い出そうとすると、思考にノイズが走った。ノイズのみならず、片頭痛に似た鋭い痛みもセットのようで、放送時間外の砂嵐がごとき不快な妨害者と格闘を続ける気勢はたちまち殺がれてしまった。

 

「大丈夫ですか?」


 頭を押さえた案理に向かって、カナタが尋ねた。


「ええ、大丈夫……。さっきはごめんなさい。のだけれど、外からノックして声を掛ければよかっただけよね」


 思い出すことを放棄した途端、頭の中に流れてきたイメージを、案理は言語化していった。


 彼女の中では、入浴したきり一向に上がってこない彼を案じて、バスルームに様子を見に行った――ということになっているらしかった。


「いえ、構いませんよ。一緒に住むような仲なんですから、無断でお風呂を覗かれる程度、どうってことありません。一緒に入ってくれてもいいくらいですし。キスで酸欠になっちゃったわけじゃないみたいなので、そこは安心しました」


 カナタは手で顔のあたりをガードした。照れた案理の鉄拳が飛んでくるのに備えたのだ。

 

「…………今度は一緒に入ってあげてもいいわ」


 しかし、案理は目を逸らして華奢な肩を竦めてみせただけだった。

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