第14話 偽りの記憶
数分後の浴室には、案理の息遣いが響いていた。
(このままこうしていたい……。他には何もしたくない……。でも、何か
カナタが飴を
(誰かと約束をしたのだったかしら? …………いえ。約束というほど大仰なものではなかった気もするけれど、思い出せない……。思い出せないということは、そこまで大事なことではなかったということ……だと思っていいの?)
案理は、自宅の玄関を開ける少し前の出来事を思い出そうとしていた。
(あれもカナタさん――――ではないわよね。だって、『寄っていかない?』と誘ったのに断られてしまったもの。彼ではない誰かだったはず……。でも、彼以外に親しくしていた人なんて、他に一人も――……)
彼女は一人で帰宅したわけではなく、誰かといた――というか、一緒に
「…………っぷしゅん!!」
しかし、可愛らしい音がまとまりけていた案理の思考を散逸させてしまった。
「今のって……? カナタさんのくしゃみか何かだったのかしら?」
「ええ、その通りです。……お恥ずかしながら、ちょっと寒くなってきちゃって」
カナタは両腕をしきりにさすっている。それを見た案理は、彼が何ひとつ身に纏っていなかったことを思い出した。
(私は暑くて――というか、熱くて熱くて仕方がないのだけれど、そうよね……。この人は何も着ていないんだった。今が夏といったって、湯船にも浸かっていないんだもの。冷えて当然だわ。……飴を取りに行ったときに、着るものを持って来ることだってできたのに……)
タオル一枚では防寒にはならないだろう。そもそも、そのために渡したものではなかった。
「ええ、そうよね。ごめんなさい。カナタさんが凍えているのに、私はちっともあなたのことを考えてあげられていなかった…………。キスなんて後でいくらでも出来るのに……」
「いいんですよ。『してほしいことがありそう』って言い出したのは僕ですし、キスしたら体温も上がった気がします。ほら、触ってみてください」
カナタは案理の手を剥き出しの脇腹に持っていった。
「きゃっ!? どこの世界に突然自分のお腹を触らせてくる人がいるの……!」
数秒と経たず、案理は反射的に手を引っ込めた。
「残念ながら、貴女の隣にいましたね。でも、僕たちの仲ですよ? しようと思えば、
そっぽを向いた案理の耳元でカナタが囁く。
「……とりあえず、早くここを出て服を着ましょう。飴はもう舐めたのだから、構わないでしょう?」
くるっと振り返った案理は、強気な瞳で彼を見上げた。
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