第12話 記憶の住人
「本当に半分以上なくなってますね。…………
早速、飴のありかを探り当てたらしいカナタは、赤々とした口内を凝視している。
(……この人、本当に飴の残りを確かめていたの?)
案理の中に疑問が湧いてきた頃になって、ようやくカナタは彼女の口内から指を引き抜いた。
「大丈夫……って、何が……?」
いくぶん呂律が怪しくはあったが、聞き取れないほど不明瞭ではなかったはずだ。
「…………案理さんが嫌じゃなければ、なんですけど」
しかし、カナタは案理の断続的な視線――彼女は目を閉じたり開いたりしている――を受け止めながらも、彼女の問いには答えず、あまつさえなんらかの提案を持ちかけようとしているところらしかった。
「
「……本当? あなた、そこまでこの飴が好きなのね……」
ため息の成分は、感心が大半を占めていた。案理の思考回路はもはや正常に作動しておらず、カナタの提案はおろか、自身の発言の異常さにも気付いていないようだった。
「確かに好きですし、そういうことにしておいていいですけど、僕の名前は『あなた』じゃなくて『カナタ』です。
カナタは唇を曲げ、大袈裟にため息をついた。
(他人行儀なのは、出会ったばかりの他人だから当然で……)
そう納得しかけたのも束の間、案理の脳裏に先ほどの記憶が舞い戻ってきた。顔も声もわからないけれど、いつも隣にいた人物。それは――――。
(…………いえ、私が忘れていたのは、もしかして彼のこと……? そうよ。きっとそうなんだわ……! どうして彼を見たときに『知らない人』なんて思ってしまったの。缶の飴を使って一緒に占いをしたのも、特別暑い日の待ち合わせにサイダーを持ってきてくれたのも、カナタさんだったじゃない……!)
あろうことか、案理の記憶は勘違いのまま急速に書き換えられていった。
「ふふ……。そうだったわね。カナタさんが嫌じゃないのなら、残りをお願いしてもいいかしら…………」
カナタに掛ける声が甘くなったばかりか、彼の指がいつ差し込まれてもいいように、今度は案理自らが口を開いた。
「ありがとうございます。じゃあ、
案理の変化に気付いていたのかいないのか。カナタは平然と言ってのけた。
「…………直接……? ……!? ~~~!」
案理がその予告の意味に気付いた直後、二人の距離はゼロになり、唇同士が接触した。
飴の受け渡しのための行為だ。当然、ただ重ねるだけので済むはずもなく、案理の口内にはカナタの舌が侵入する。声なき声を上げる案理だが、抵抗する力はどこからも出てはこなかった。
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