第8話 道連れ


「……さっきから思っていたんだけれど、お風呂場で飴を舐めるの?」


 諭すように話し掛ける案理は、見る人が見れば、聞き分けのない子どもを持つ親のように映ったかもしれない。


「いけませんか?」


 わずかに目を大きくした青年も、まだ分別のつく前の子どものようだ。


「いけないというわけじゃ…………。アイスを食べる人やお酒を飲む人がいるらしいというのは知っているわ。でも、飴なんて喉が渇いてしまいそうだと思って……。まだ溶け切らないうちに飲み込んでしまっても危ないし……」


 案理の視線は、自身の手のひらの上と青年の顔を行き来する。パッケージデザインは凝った装飾の張り巡らされた洋風の扉だった。


(この扉、どこかで見たような……。気のせいかしら?)


「いいじゃないですか。喉が渇いたら、お風呂上がりに水を飲めばいい。誤飲してしまったら…………まあ、よほど運が悪くなければ死にませんし。死んでしまったら、そのときです。潔く諦めてください」


 パッケージをじっと見つめて考え込む案理を尻目に、青年はなんの感慨も躊躇もなく袋を縦に裂いた。


「随分といい加減なことを言ってくれるじゃないの。本当に死んだら、どう責任を取ってくださるおつもりかしら? ……私だって、そんな間抜けな死因は死んでも御免ぜったいにいやだもの。注意は怠らないけれど……」

 

「否定は出来ません。でも、は、どんなことだってわくわくするものでしょう? たとえ、死の危険がゼロでなくても――――」


「!」


 青年の視線は案理の瞳の奥を潜り抜け、好奇心の眠っている場所のドアを直接ノックしてくるかのようだった。


「『人魚すくい』だって、わくわくしませんでした? 声を聞いて、指示に従って……なんて。少しだけ、スイカ割りに通ずるものがありません?」


「それには同意するけれど……。でも、やっぱりそれを聞いても、あなたがその飴を好きすぎて、早く食べたいんじゃないかって気しかしないのよね」


「ええ。それじゃあ、そういうことにしておいていいですよ。僕はお風呂場で飴を舐めたい。でも、そんなのは子どもっぽくて恥ずかしいから、誰か道連れがほしい」


 疑惑の眼差しを受け止めた青年は、すらすらと淀みなく言葉を繋げた。


「これでいいでしょう? 正直に言えた僕には、何かご褒美があってもいいんじゃないかと思いますけど」 


「……そうね。そこまで言うなら、私が道連れになってあげましょう。誤飲してしまったら、救急車の手配をお願いね」


 案理は大きな駄々っ子に笑いかけた。

 

「――――――ですよ」


 しかし、またしても青年の発した言葉にはノイズが走り、案理の耳にはうまく届かなかった。 

 

「…………そういえば、あなたのお名前聞いてもいいかしら。物を口に入れたら、その間はお喋り出来なくなってしまうでしょう。飴なんて食べてしまったら、自己紹介が何分先になるかわからないわ?」


 しかし、青年はにっこり笑って頷いていたため、案理は彼が頼みを承諾してくれたと判断した。

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