第7話 貴女の分と僕の分


「えっ?」


 目をぱちくりさせる案理は、普段よりもあどけない印象だ。


「ああ、いえ。なんでもないので、お気になさらず」


 口元を覆っていた手を下ろした青年は、先ほどとは打って変わって、嫌味のない程度の笑みを浮かべていた。 


「そう言われると、余計に気になってしまうのだけれど…………」


「焦らなくても、よ。貴女もきっと喜んでくれるんじゃないかと思います」 

 

「私にとっても嬉しいこと? ……よくわからないけれど、楽しみにしておくことにするわ」 


「ええ、そうしてください。そんなことより、から飴玉を渡されませんでしたか?」


 青年は大きな手のひらを天に向け、ずいっと差し出した。


 『姉様』などという大仰な呼称が引っ掛かったが、それが誰を指すかは明白だ。――――『人魚すくい』の屋台の店主であるレイン。彼女以外には考えられない。


「飴玉? いただいたけれど……。食べたいの?」


「…………はい」


「あら、恥ずかしがることなんてないのに。誰にだって好き嫌いはあるでしょうし、甘いものが好きな男の人だって、近頃は大分、市民権を得てきているでしょう? そう気にすることはないんじゃないかしら」


 やや間が空いての返事を照れからくるものだと独り合点した案理は、ふわっと微笑んだ。


「じゃあ、少し待ってて。リビングにあるから、持ってくるわね。……ああ、ちょうどよかった。その間に、せめてタオルを腰に巻いておいて頂戴。いいわね? 安易に他人に見せるべき部分ではないのだから」


 青年は曖昧に首を動かした。肯定とも否定ともつかない動作だったが、案理はすでに彼に背を向けていた。

 



「持ってきたわよ……って、どうしてタオルを巻いていないの!? そのくらいの時間はあったでしょう?」


 一度リビングに戻った案理は、レインに持たされた飴玉を取り、素早く浴室に帰ってきた。


 しかし、青年はタオルを腰に巻いてはおらず、彼女が浴室に彼の姿を発見したときと同様に、ぼうっと突っ立っていた。


「必要な――――と思って…………」


「必要ないわけないでしょう。まあ、ここを出たらすぐに何か着てもらうから、今回はいいけれど」


 途中が聞き取れない箇所があったが、大雑把なところのある案理は大して気にも留めなかった。


「それより、早く食べましょう」


「はいはい。どうぞ」


 青年に急かされ、案理は飴玉をふたつとも彼の手に乗せてやったが、彼はひとつを彼女に突き返した。


「両方食べていいわよ? 私も甘いものは好きだけれど、飴はそこまで……」


「ひとつは貴女の分ですよ。一緒に食べましょう?」


 青年は自分の分の飴玉を握り込み、案理に訴えかけた。

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