第9話 自己紹介のそのあとは
「僕はカナタです。貴女は?」
案理の再三にわたる忠告に則り、いつの間にやらタオルを巻いていた青年が右手を差し出した。
左手にはもちろん彼の大好物が握られている。
「私は案理。『案内』の案に『理科』の理って書くの」
案理は控えめに彼の手を握った。
初めて触れたはずだが、自分の左右の手を握手させたような違和感のなさだ。繋いでいるのに繋いでいる感じがしない。
「案理さん。素敵なお名前ですね。ちなみに僕は片仮名でカナタです」
違和感がないという違和感の正体に迫るべく、案理が青年の手を握ったり離したりしていると、青年のほうから一度だけ手を握られ、それきり彼の手は下ろされた。
「…………ふふふ。『片仮名でカナタです』って、早口言葉みたい。でも、小さなお友達にも覚えてもらいやすい、いいお名前だと思うわ」
「確かに。自己紹介も済みましたし、早く食べましょう?」
そわそわ。わくわく。現在のカナタに何か擬音をつけるとしたら、そういったものがふさわしいだろう。
「あなたはもう袋まで開けているでしょう? 私のことなんて待っていないで、先に食べたらいいじゃない」
青年の期待を一身に背負い――――というと大袈裟かもしれないが、案理にとって、彼女の一挙手一投足を見守る彼の視線はそのくらい気が散るものだった。
「いえ。案理さんと一緒がいいんです。でも、なるべく早くお願いします」
「……カナタさん。そんなにお腹が空いているのなら、何か作ってあげましょうか? 買い出しの日は明日だから、今すぐにとなると、冷蔵庫にあるもので作るしかないし、お味の保証も出来ないけれど、それでも構わないのなら……」
「ありがとう。…………でも、ご飯じゃないんです。僕は貴女と一緒にこの飴が食べたいだけで……。ダメ……でしょうか……?」
しかし、案理が鬱陶しそうに許可を出してなお、青年は食い下がる。
「どうしてそこまで『一緒』に拘るの?」
「……この飴、美味しいんです。だから、僕を
(質問に対する答えにはなっていないけれど…………)
青年の真剣さに胸を打たれてしまった案理は、大きなため息をひとつついて、心を固めた。
「…………。そこまで言うなら、まあ……食べてあげなくもなくてよ…………」
「よかった。じゃあ、ほら。開けましょう。開けないと食べられません」
「パッケージが可愛いから、綺麗に開きたいのだけれど……。これだけ小さくては無理ね……」
諦めた案理が袋を縦に裂くと、青年は満足そうに目を細めた。
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