第2章 【すくった人魚のもどしかた】

第1話 ふたつの飴玉


「…………今日は寄っていく?」


 案理は鍵を開け、流れるように振り向いたが、ミコトは首を横に振った。


「ううん。明日から親戚の家に行かなくちゃいけないから、荷造りをしないといけなくて。また今度、お邪魔させてもらうよ」


「そう。慌ただしくて大変ね。せっかく一年でいちばん長いお休みだというのに」


 案理は鞄の持ち手をぎゅっと握って、いかにも離れがたい雰囲気だ。


「大変なのは親戚のほうさ。ぼくは訪ねていくだけだから、気楽なものだよ。なるべくお手を煩わせないように、いい子にしていないとね。ちょうどいいから、滞在中に課題を全部やっつけてしまおうかな?」

 

「私も後半は忙しいし、今年は早めに終わらせておこうかしら。どの先生も張り切りすぎよ……。『課題を出すのなんて自分だけ』だとでも思っているのかしら」


「そうしなよ。それじゃ、ぼくはこれで――――」


 ミコトはスクールバッグを肩に背負うように持ち上げ、そのまますたすたと歩き出した。

 

「…………ああ、そうだ。これ、ぼくが持ってたんだったね」


 重量を感じさせない身のこなしに案理が見惚れていると、ミコトは大股で戻ってきて、彼女の手に何かを握らせた。


「忘れていたわ。ありがとう。ミコトはいいの?」


 案理の手のひらには、レインから渡された飴玉がふたつ乗っていた。


からね」


(『きちんと二人分あるから、仲良くお食べ』と言っていたはずだけれど……。ミコトは少食だし、食べることに興味もないものね。『いらない』以上の意味はないんでしょう)


 案理は思わず手元を確認したが、やはり飴玉はふたつ仲良く並んでいた。


「それじゃ、また」


「……残念だけれど、仕方ないわね。帰ってきたらまた」


 当然のようにミコトが寄っていくものだと思っていた案理は、残念そうに小さく手を振ってみせた。


「うん。だけど、いつでも連絡してくれていいよ。どんなに遠くに行ったって、ぼくたちは一緒さ」


 ミコトはそんな案理を抱き締めてから、急ぎ足で自宅へ向かうのだった。

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