第11話 わらべうた


「案理。『人魚すくい』は楽しめたかい?」


 『人魚すくい』の屋台を出て、ミコトは繋いだ手の先の人物に話し掛ける。その手には、先ほどの飴玉が大事そうに握られていた。


「ええ、とても。でも、喉が乾いてしまって。私、そこまでたくさん話していたかしらね?」


 不思議そうな顔をした案理だが、美しい指先はヨーヨーの表面を撫でている。封印が解かれて以降、彼女はずっとこの調子だった。


「テントみたいな造りだったから、熱気がこもっていたんじゃない?」


「そうかもしれないわね。…………ねえ、ミコト。さっきの約束、忘れてないでしょうね?」


「クレープか屋台のものを奢るって話だったよね。覚えているよ。ラムネがいい? お隣のかき氷も美味しそうだけど……。なんでもお好きなものをどうぞ?」


「かき氷がいいわ! 並びましょう」


 待ちきれない様子の案理に手を引かれ、ミコトは小走りになった。


 


「たまたま一席空いていて、よかったわね」


 休憩スペースにある椅子に掛けた案理は、明るい声を出した。


「うん。ぼくは立ち食いでもいいけど、案理にはそんなことさせたくないからね」


 ミコトは案理の対面ではなく隣に掛けた。


「私は構わないのだけど……。でも、ちょうどひと息つきたいところだったから、助かったわ」


 近くのテーブルでは、小学校低学年ほどの子どもたちがベビーカステラを片手に屋台での収穫を広げており、保護者とおぼしき人たちもテーブルのすぐそばで談笑していた。


「♪しんしゅつきぼつのおかしなやたい。人魚すくいをしってるかい?」


「♪きみをよぶこえがきこえたら、すくっておあげよ。あわれな人魚」


「♪なんにもきこえないのなら、だまっていえじをいそぐといい」


「♪なんにもきこえないのなら、けっしてすくってはいけないよ」


 子どもたちは、時計回りにわらべうたを歌っているようだった。

 

「…………ねえ、ミコト? あの子たちが歌っているのって…………」 


 かき氷の山を崩していた案理の手が止まる。


「『人魚すくい』のことだろうね。都市伝説化しているのかも」


 ミコトは案理の手からスプーンストローを奪い、彼女の口にかき氷を運び出した。


「……都市伝説? でも、『人魚すくい』の屋台は本当にあったじゃない。ここからも見えるでしょう?」


 案理は素直に口を開けたかに見えたが、問いかけるだけ問いかけて、さっさと口を閉じてしまった。


「どうかな? きみが見えてるのと同じ景色を、みんなが見ているかどうか……。確かめる術なんてないよ?」


「怖いことを言わないで頂戴」


「怖かった? ごめんね。……大丈夫だよ。『人魚すくい』の屋台はみんなにも見えているし、レインだって幽霊じゃない。今だって、スーツのおじさんと話してる」


「そうね。だけど、さっきから見ていても、他の屋台に比べて……その…………」


 他の屋台に並ぶ人の列は長くなっていくように見えるのに対し、『人魚すくい』の屋台に列が形成されることはなく、飲食物でないという点を加味しても、極端に客の入りが少ない印象は拭えなかった。


「みんな知っているんじゃない? 『誰にでもすくえるものじゃない』ってこと。歌にもなっているくらいだし、そのせいで敬遠されているのかも」

 

「うーん……。そうかもしれないわね……」

 

 案理は腑に落ちない気持ちで手元に視線を落とす。


 大好きなはずの宇治抹茶味のかき氷は半分以上溶け、とても美味しそうには思えない濁った緑色をしていた。

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