第1章 人魚すくいのおかしな屋台

第1話 ミコトとアンリ【前編】


 夏休み前、最後の登校日――――。終業式を終え、家路を急ぐ影がふたつ。


「…………ねえ、案理アンリ。きみは知っている?」


 さらさらのショートヘアを靡かせた色素の薄い中性的な美少女が、くるりと振り向いた。

 

「お人形さんと見紛うほどに愛らしい少女が出しているって噂の屋台のこと……」


「可愛い女の子? 確かに珍しいわね。屋台といえば、いかついおじさんやお兄さんが出しているイメージだけど……。気前のよさそうなおばさんでもないの?」

 

 案理と呼ばれたハーフツインが特徴的な少女は、唇の脇にホイップクリームをつけたまま、首を傾げた。


 大人びた顔立ちに反する仕草を繰り出す案理は、そのギャップに由来する人気を博しており、一緒にいる彼女と並んで、学園内ではちょっとした有名人だった。

 

「そう。屋台そのものも御伽噺みたいに可愛らしいって話題なんだけど、店主の方や屋台以上に、景品が変わってることで有名なんだ」


 ショートヘアの美少女はガードパイプに軽く寄り掛かり、案理が追いつくのを待っている。

 

「景品が変わってる? 一体、なんの屋台だっていうの?」


 しかし、案理のほうはというと、彼女を待たせていることを知りながらも、あくまで自身のペースを保って歩き続けていた。


「ヨーヨーだよ」


「……もう、ミコトったら。ヨーヨーなんて、珍しくもなんともないじゃないの。屋台の定番でしょう? 私だって、そこまで詳しいわけじゃないけれど」


 やがて、ミコトに追いついた案理は、少しだけ背の高い彼女の頬を軽く抓った。


「確かに。でも、絵柄が派手で可愛いって評判なんだよ」


「それじゃあ、やっぱりただのヨーヨーじゃない。派手で可愛いのは、確かにアピールポイントになるんでしょうけど」


 プレゼンするミコトを横目に、案理は残りのクレープを食べ始めた。手に持つ部分が少しひしゃげたそれは、先ほどまでの彼女の緊張を表していた。


ね。変わっているのは、のほうさ」


「中身? ヨーヨーの中なんて、水しか詰まっていないでしょう?」


「そう思うだろう? でも…………フフフッ」

 

 口元を押さえたミコトは、笑いが収まってから薄く色付く唇を開いた。

 

「暗がりの中だと、余計にんじゃないかなあ」


「……わかりにくいって、何が……?」


 残り数口になったクレープに齧り付くために開けた口は、なにひとつ甘味を通さないまま、しぼんでいった。


「もっともな疑問だね。だけど、直接見てもらったほうが早いと思うんだ」


「直接? ミコトは知っているの? その屋台がどこに出店してる出ているのか」


「…………興味ある?」


 尖りのきつい左の犬歯が光る。それは日の沈んだ時間帯にだけ活動できる異形を思わせた。


「まあ……あるかないかでいえば、ある……けど…………」


「案理。このあとの予定は?」


「特になにもないけれど」


「じゃあ、きみの時間をぼくに頂戴?」


 ミコトはスッと跪き、案理のなめらかな手の甲に恭しく口付けを落とした。


「案内してあげる。お望みの場所まで……♪」

 

「ミコト。アナタって本当に…………最高ね!」

 

「だろう? もっと褒めてくれてもいいんだよ」 


「褒めるかどうか決めるのは、まだ早いんじゃなくて?」 


「……フフッ。手厳しいなあ。ぼくのプリンセスは」


 遠くに祭り囃子を聞きながら、ふたつの影は並んで歩き出した。

 

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