14. なにをもって、過去とする。
天蓋は遠く、地上はそれよりさらに遠く。夜の明かりは空中へ投げ出されたディスタントの姿をライトアップする。
空中でなら回避はほぼ不可能。その判断に至ったのはジェイクもメゾフォルテもほぼ同時だった。メゾフォルテは追跡を続けるドローンを叩き切り、ジェイクはレールカノンの冷却を開始する。そして開いた大穴から飛び出し、二人も空中へと躍り出た。
二人を出迎えたのは、建造物を取り囲むように配置されていた無数のドローンだった。
「念には念を、というやつだ!!」
ディスタントが叫ぶ。彼女はドローンに支えられ、空中に立っていた。空中──回避できないのはメゾフォルテとジェイクも同じ。ドローンの機銃が一斉にメゾフォルテのほうを向くが、ジェイクがその身体を引き寄せた。ディスタントはジェイクに執着している。だから撃てない。一発の誤射が人間を死に至らしめることを知っているのだから。
「じぇいく やって!」
「プロセス再開──発射!」
光の柱が、空間を染め上げた。棍棒のように振り回されるそれは景色を舐め上げ、何百ものドローンを塵へと変えていく。発射されるレールカノンの反動はほぼない。ゆえにレールカノンを保持するジェイクをさらに保持する形でメゾフォルテも建造物の壁面を駆けまわれるのだ。
撃ち漏らしたドローンがそれを追いかける。体当たり。もっとも原始的な方法にして、もっとも誤射する可能性の少ない攻撃手段。例え当たったところで被害は少なく、しかし態勢を崩すことが致命的となる現状における最適解。だが、ディスタントは見た。ドローンのうちの一機がとつぜん反旗を翻し、他のドローンへ激突。ふらついたドローンが更に被害を拡大させる。
「な、に──?」
なにが起きた。エラーか? いや、違う。これはまさか、そんな──
「次が来る! メゾフォルテ!!」
「うん まかせて」
彼女の背中から飛び出すのは一本のケーブル。それは彼女にとって苦々しくも優しい思い出の象徴。さあ、名前を呼ぶがいい。その声はきっと届くのだから。
「『ぶれいん じゃっかー』!」
『ジャッキング・オン』
ディスタントが当時の自分が持てるすべてを詰め込んだというのなら、ないわけがない。それはもはや運命などではなく、必然だった。
「──メゾフォルテぇ!!」
そこで初めて、ディスタントは彼女の名を呼んだ。
「オマエ──いじくったな!! ワタシのッッ!! ジェイクをォ!!」
──ブレインジャッカーを接続してみても、ジェイクの精神は壊れてしまって二度と戻らないことに変わりはなかった。バックアップなど存在しない、本当の喪失。
壊れているのだから、前後の記憶に寄る整合性チェックは機能しない。だから、悩んだ。悩んで悩んで、メゾフォルテはディスタントと同じ行為を選択した。すなわち、〝メゾフォルテの記憶の中のジェイクを、自らの手で再現した〟のだ。
ありったけの記憶をかき集め、口調と性格と、思い出を詰め込んだ。だから今のジェイクはあくまで〝なるべく再現したジェイク〟であって、元のジェイクではない。そうしないようにはしたが、少しの理想も混ざっているだろう。無論、本人には説明した。だが、結局は理想が混ざっている。この説明だってただの自己満足だ。だが、メゾフォルテはそれを選択し、背負うことを選んだ。
「博士、いいえディスタント。僕はあなたを倒します」
「ジェイク、キミはそれでいいのか!? ワタシのほうがキミをよく分かっている、だってずっと──」
〝ずっと一緒に〟そう続けようとして、ディスタントは止まった。
メゾフォルテの記憶から再構築されたジェイクなのであれば、ディスタントとの思い出を知っているわけがない。ならば、どうして──
「──いえ、僕だけではない。僕たちがっ!!」
それは、合図だった。ジェイクの持つ発信機から発される信号は建造物を超え、通りを超え、その更に向こうへ届く。すなわち、BRAIN SHAPEの本社へと。
「ああ、そうだとも」
その男は、ジェイクの叫びに応えた。
「ディスタント・クリーディ、お前を倒すのは俺であり、ジェイクであり、お嬢さんだ」
男は手元の端末を操作し終えると、〝承諾〟を強く押し込んだ。
ばちばち、という音。ドローンが動力を失い、落ちていく。ディスタントの足元を支えるものも、当然。
「な、な──」
ディスタントはわななき、その男の名を、叫んだ。
「トキシカズラ。ラベンデスゥゥゥ!!!」
ディスタントの過ちは二つ。一つはドローンを自社サーバー制御のままにしていたこと。とはいえこの数のドローンを操作するのに自前の脳波コントロールでは現実的とは言えない。より致命的なのは後者の方だ。
アーカイブルームにて、ディスタントはトキシカズラの精神を壊さなかった。そうするまえに真っ先にジェイクの元に向かいたかったという欲望に負けたからだ。それに、ありったけの悪夢を想起させて意識を刈り取っておけば後でどうとでもできると思って、思って──!
「あああっ、このッッ!!」
だって、あんなどうでもいいモブごとき(トキシカズラ)になにかできるだなんて思わないじゃないか。それにあのあとはジェイクを持ち逃げ去れたことにイラついていたし──
「決着をつけよう、メゾフォルテ」
ディスタントは落下していった。だが、死亡したなんて楽観視をする気は毛頭ない。
「うん いくよ」
ディスタントの姿はすぐに見つかった。片足を引きずるようにして雑踏の中を進んで行く。先ほどからつづく戦闘行為で街中はパニック状態であり、その中を進むのは確かに最も隠密性が高い手段だと言える。
と、雑踏全体がざわめきに包まれた。何人かの人々が暴れ始め、混乱はさらに強まる。恐らくはディスタントのブレインジャッカーがその人物の精神を破壊したのだろう。だが──
「このまま とっぱする」
二人にとっては、児戯に等しい。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ──」
荒い呼吸を繰り返し、ディスタントの歩みが遂に止まる。痛む右足は明らかに折れており、これ以上歩けそうにもない。
どうしてこうなった。どうしてこうなった? どこで間違ったのだろう。いったい、過去のどの時点での選択を──
「──でぃすたんと」
「クソッ……こっちへ来るな……来るんじゃない!!」
メゾフォルテが赤い瞳をらんらんと輝かせながら一歩、また一歩とにじり寄る。
「嫌だ!! なんだってコイツに──!!」
「──殺しはしません」
ジェイクはしゃがみ込み、ディスタントの顔を見降ろした。
「代わりに、一つ答えておきたいことがあります」
「こ、答え……?」
今まで、何度もディスタントがジェイクに言ってきた言葉があった。今ならジェイクも、あれらが冗談ではないことが分かる。だからこそ、答えなくては。
「僕が、本気で走らない理由です」
ディスタントが軽く息を呑む。それは彼女の願いだったのだから。
ずっと、疑問だった。彼が本気を出せばいつかは自分に並ぶはず。そんな才能に溢れるところも愛していた。だからこそ、なぜそうしないのか、ずっと分からなくて。
チャンスは何度も与えた。彼がひとりで独占できる手柄を斡旋し、いつでも予算をつけるつもりでいたのに。
「なぜ……」
「あなたに追いつこうだなんて、考えられないから」
真に不可能だと感じたことを目標にする人間はいない。隣でずっと見てきたからこそ、分からなかった。対等だと思っていたのは、彼女だけだったのだから。
「──」
ディスタントは目を見開き、そして、うなだれた。そうして、呟く。
「それでも……愛していたんだ。本当に」
「知ってますよ、そんなこと」
ジェイクの呟きはディスタントに届かず、消えた。
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