13. ジェイク・リブレイン

 ディスタントの持つグラスの中で、氷がからん、という音を立てた。BRAIN SHAPE本社、最上階。頂に存在するはずの五つの玉座は少し前に姿を消した。今はただ、ディスタントが座るための椅子が一つあるのみ。

「……ジェイク」

 そろそろ捜索開始から一週間がたつ。ここまで見つからないともう死亡しているのではないかという考えも頭をよぎるが、諦めるわけにはいかなかった。それに、あの失敗作の残骸も見つからない。

 ジェイクの精神は既に壊した。再構築するまえに攫われたことを考えるに、おおかた失敗作がかくまっているのだろう。

「制圧、するか」

 暗影街はイリーガルな場として便利ではあるが、こうなってくると鬱陶しい。焼き払えればいいのだが、それではジェイクがいたときに困ってしまう。なら、単純に武力で押しつぶそう。一つひとつ、順番に戸を開け、中を調べる。一度調べた場所に戻らないように念入りに破壊し、次へ。逆らう者は殺せばいい、多いようなら一人の首を晒せば大人しくなる。

「回線を開け、保全部門だ」

 そうと決まれば、準備をさせよう。行動は早い方がいい。なにごともそうだ。

『──お呼び出しがかかっております』

 が、代わりにシステムメッセージが告げたのは音声通話の申請だった。

「……誰からだ?」

『発信元不明、入力名〝ジェイク・リブレイン〟』

 名が読み上げられるのと、ディスタントが通話を許可したのはほぼ同時だった。

「……やあ、失敗作。ジェイクを返してくれるのかな」

 だが、ディスタントの予想に反して、聞こえてきた声はメゾフォルテのものではない。ずっと昔から何度も聞いていた声。聞き間違いなんてあり得ない。なりすましならば見抜ける。なら、これは?

「こんにちは、博士。お元気そうですね」

「ジェ……イク?」

「それにしても最高責任者ですか。〝古臭い老人どもを排斥したい〟とは前々から言ってましたけど、まさか本当にやりとげるとは思っていませんでしたよ」

「キミ、なぜ……」

 ジェイクの精神は、壊れているはず。発音はおろか思考すらできずにただその場で受動的な行動のみを行う。それだけの存在と化している、はずだ。

「できれば僕もその様子を見届けたかったんですけどね。……互いに信頼がある状態で」

「キミ、今どこだ?」

 内に渦巻く葛藤を抑えつけ、ディスタントは冷静にそう口にした。

「……会いましょう、博士。座標を送ります。一人で来てください」

「待て、その前に……ジェイク?」

 通話は切れていた。ディスタントは椅子に座り直すと、大きなため息をつく。

 罠なのは分かっていた。それでも彼女が椅子から立ち上がったのは──



 夜風を浴びるのは、これで何度目だろう。数えたことは無いし、これからも数えはしない。ただ分かっているのは、こうして二人、並んで浴びるのは初めてということだけだ。

「博士、来ると思う?」

「くる ぜったいに」

 ジェイクの言葉に、メゾフォルテは力強く頷いた。奴はなぜだか、ジェイクに対しては真摯であろうとしている。記憶を編集するというのに必要のない種明かしまでしてくれたのが何よりの証拠。なんだ? ひょっとして負い目があるとでも? どうせ消してまっさらにするのに?

「その言葉を信じるとしようか」

「うん はじめよ」

 と、その前に。メゾフォルテは顔をずい、とジェイクへ差し出した。ジェイクは少しだけ驚いた顔をしたのち、ゆっくりと顔を近づけ、メゾフォルテの額に唇を落とす。

「じぇいく」

「うん?」

「しんじてくれて ありがとう」

 六つのカメラアイが順番にまばたきをした。ジェイクは微笑み、その頭にそっと手を置く。

「きみが信じる僕を、僕も信じるよ」

 頷き、メゾフォルテの身体が空へと踊り出した。高層建造物の屋上から落ちるその体はみるみるうちに小さくなっていく。

「さて、気合を入れないとね」

  これより始まるのは決戦だ。人生に、記憶に、そして過去に──決着を。



 〝はぁ〟と、ディスタントはため息をついた。

「やはりオマエか」

 指定された座標は、建造途中の高層建造物だった。他保護圏からやって来た重役などをもてなすためのホテルを目指して造られているそれは、一階から十階までを貫通する吹き抜けはそれぞれの階で夜の光を複雑に反射し、一階へと届けていく。

 そんな一階にて、二人は睨み合った。片方はメゾフォルテ、もう片方はディスタントだ。

「ジェイクはどこだ? ワタシは彼に会いに来た。断じてオマエじゃない」

 ジャブとして放たれた台詞に、メゾフォルテは一切動じなかった。代わりに腕を上げ、自身の爪に反射する光へ目をやる。

「……あなたは じぇいくのじんせいを わたしのじんせいを ふみにじった」

 ディスタント顔が不機嫌そうに歪められた。

「オマエは元々そういうものとして生まれた。ないもの追い、過去が偽りだったことに絶望し、そして死ぬ。そういうおもちゃなんだ」

 〟だが〝

「だが、ワタシはジェイクの人生を踏みにじった憶えはない」

「……ほんき? きおくをいじって かこをあらして それで 〝ふみにじってない〟って?」

「今日はよく喋るな、失敗作。ああそうだとも。彼は、ワタシと共にいるべきだ。彼にある真実はそれだけでいい。事実として……上手くやってきた」

 ディスタントの拳が握りしめられた。髪を内側から押し上げるようにして、何本ものブレインジャッカーが立ち上がる。二本どころではない。数十、下手したら数百。太さも形もバラバラだ。

「オマエが現れるまで、ワタシとジェイクは幸せだったんだ……今度こそ一緒になれると、ゴールを迎えられると思っていたのにっ」

「あなたは じぇいくにふさわしくなんてないよ でぃすたんと・くりーでぃ」

「──黙れ、ワタシだって好きで彼をいじったわけじゃない。一度壊して、もう一度作り直す。この手間がわかってたまるものか」

 こつ、こつ。メゾフォルテの足がつるつるとした光沢を放つ床を叩いた。赤く光るカメラアイが、よりいっそうその色を濃くする。

「そっか うん もう いいや」

 メゾフォルテの目が、上へ。吹き抜けの更に上へ──

「あとは じぇいくがきめること でしょ?」

 天井が、眩いばかりの閃光を発した。否、これは閃光ではなく──


『最終加速、突入』

 システム音が告げた。

「発射」

 レールカノンが、再びその顎を開く。


 煙と熱。それだけが空間を支配していた。床に開いた大穴は未だ赤熱し、しばらくは褪せないだろう。メゾフォルテはもちろん健在、最初から射程目標からは離れている。ディスタントは──

「──随分な、挨拶だな」

 煙の中から姿を現したディスタントは、数機のドローンを伴っていた。ドローンが空間上に発している半透明の波はパルスシールド。どうやら向こうも備えがあるらしい。

「ひとりできてって いったけど?」

「はは、笑わせるなよ」

 入口から、更にドローンが飛来する。その多くが機銃やレーザーブレードを展開しているゴリゴリの戦闘仕様だ。

「どこからどう見ても、〝ひとり〟だろうが」



 機銃を避け、横から剣を叩きつけてきたドローンを切断する。本調子とは行かないまでも、十分及第点。メゾフォルテは柱に飛び移ると、そこから吹き抜けを上へと進んでいった。

「当然、そうするだろうな」

 ディスタントの想定通りだ。レールカノンの発射方向からしてジェイクは上。あちらはこちらがドローンを引き連れていることを想定していない。ならば、ドローンを上へ向かわせることで、メゾフォルテはジェイクを守りに行かざるを得なくなる。だって、レールカノンだ。あれはジェイクのお手製であり、圧倒的重量と圧倒的火力を引き換えにした代物。ドローンに追われたまま保持できるものでも、おいそれと撃てるものでもない。 

 だから、向かうのはゆっくりでいいのだ。ドローンが稼いでくれた時間を使って階段を一歩ずつ上り、最後の詰めとして姿を現せばいい。

 ゆっくりと上る。この上昇は、まるで祝福だ。ワタシとジェイクに対する祝福、二人の将来に対する祝福。ああ、胸が躍る。プロポーズはどちらからにしようか、彼からというのもいいが、やはりワタシからしたい。彼の指のサイズはもう図ってある。跪き、あの華奢な指に指輪をはめるのだ。

 ディスタントの靴が目的のフロアの床を踏んだ。ドローンがメゾフォルテを追い立てている。ジェイクは──どこだ?  

「ここです、博士」

 声がした。振り返った。吹き飛ば……された?

 なにが起こったのか、ディスタントには理解できなかった。次の瞬間、ディスタントの身体は壁にたたきつけられていたのだ。パルスシールドは機能している。いや、それごと吹き飛ばされたのか。

「げほっ、ごほっ」

 肺からすべての空気が抜け、痛みが走る。なんとか目を開けたディスタントが目にしたのは、ああ、

「会いたかったよ……ジェイク」

「ええ、僕もです。博士」

 ジェイク・リブレインが立っていた。背中から腰にかけて装着された金属製のプロテクターの先には一本の脳波操作ロボットアームが設置されており、その先はレールカノンに接続されている。つまるところ、レールカノンを運ぶための携帯用アームか。

 立ち上がったディスタントはすべてを悟った。悟ると同時に湧き上がる、好奇心。

「なるほど……なるほど!! ああ、ジェイク。やはりキミは私の隣に並ぶべき存在だ!! なんと、なんと素晴らしい──」

 彼の左袖から除くものを見ればわかる。彼はブレインジャッカーを自らに接続したのだ。


 ブレインジャッカーの機能をより詳細に説明するなら、脳というコンピューターに接続し作用する機器である。だから彼は自身の脳に対してそれを接続し、〝自身の本能で身体を動かすのではなく、動作を逐一ブレインジャッカーで動かすことを選んだ〟のだ。指一本を動かすだけでどれだけの集中が必要なのだろう。一歩足を前に出すだけで、どれだけの計算が必要なのだろう。恐ろしすぎて考えたくもない。今は、それよりも──

「嬉しい、ワタシはとても嬉しいッ!! ジェイク! キミと本気でッッ!! 渡り合えるなんて──」

 殺到したドローンが殴りつけられ、蹴られ、レールカノンの砲身で薙ぎ払われた。

 今の彼はいわば外部を通して体を動かしている状態。筋線維や神経の破損こそあれ、人の限界を超えて体を動かせるし、重量などないも同然。それに加え、その行為は他者のブレインジャッカー対策を兼ねていた。自身が常にプロテクトとして記憶の中に在留しているのだから、壊せるものも壊せない。不可能ではないだろうが、必要な時間はあまりに膨大。

「素晴らしい、素晴らしいぞ、ジェイク──!!」

「僕は、ずっとあなたを超えたかった。超えればあなたに並べると、負い目なく向き合えるとおもっていたから」

『遍在磁場、収集開始』

 こうして今、ジェイクはディスタントの予想もできないことを成し遂げた。だが、少しも嬉しくない。達成感などない。きっと、今までの負債が大きすぎるのだ。感情も、過去も、記憶も。すべては今に繋がっている。その繋がりが断絶されて、どうして〝成し遂げた〟などと思えるのだろう。

「今まで、何回僕とやり直したんです?」

「十四回。そして今日、十五回目を迎える」

『最終加速突入』

「やめる気は、ないんですね。ありのままの自分で僕に向き合ってもくれないわけだ」

「愚問だな、我々の門出に過去など必要ない。記憶も、今も。ただ〝愛してる〟という事実さえあれば──!」

「それが聞けて、よかった」

 レールカノンが、その光を解き放った。パルスシールドはそれを完璧に防いで見せるが、シールドごと押され、更には壁をも破壊。建造物の外形を壊し、外側へと放逐する。


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