10.  RE:Verse・re:bRAIN

「くっ──」

 爆発の余波を受けて、メゾフォルテは空中で態勢を崩した。尻尾でバランスを取り直そうとするが、その行動をお見通しであるかのように、更に短剣が飛ぶ。左右からメゾフォルテを挟み込むような軌道を描いたそれらは刺さっていないというのに、飛行の途中で更に爆発した。

 カウフィットのそれは、正確には爆発ではない。実体は〝炎を乗せた波〟のようなものであり、それが爆発と変わらない見た目、作用をもたらしている。なにはともあれ、ゆえにカウフィットはその波を自在にコントロールすることができる。範囲を広げる。または狭めることで威力を調整できるのだ。

 今回の場合、範囲をギリギリまで広げた。物体にダメージが与えられる最小威力をもって広げられた範囲は、一度バランスを崩して立て直しを必要としているメゾフォルテの身体を、更に推し崩す。

「だぁんだんと……慣れてきましたねェ……」

 追跡しながらでも、短剣の生成に大した集中は必要ない。リズムも段々と掴めてきた。そして、なによりも。

「──ッ」

 爆発。もろに喰らったメゾフォルテの右碗部装甲にヒビが入った。戦闘開始から間もなく十分、はじめての命中だ。

「狙いも段々、つくようにィ!!」

 カウフィットが手を振ると、逃走を続けるメゾフォルテの前方に火炎の塊とも言うべきものが現れる。それらはいくつにも別れ、鋭い刃へと転じ──

 メゾフォルテの叫び、同時に数十の短剣がその身に浴びせられた。パルス加速を用いて間をすり抜けるが、目の前には更に短剣。短剣の雨をカモフラージュにした短剣だ。

「やばっ」

 咄嗟に再びパルス加速をオンにしようとしたメゾフォルテの視界に映るのは〝オーバーヒート〟の文字。連続使用による熱に排熱機構が追いつかなくなってきたのだ。

 爆発。もろに喰らったメゾフォルテの身体は吹き飛ばされた。屋上への着地には失敗し、更に下の路地へと落ちる。


「たたか……う たたかわ なきゃ」

 平衡データ再構築中の文字が踊っている。立ち上がれない。手と足で支え、四脚で立とうとするが、それすらも無理だ。

「さぁテ」

 屋上から飛び降りたカウフィットが、音もなく着地した。

「よォくよく頑張りましたネェー、寄機細工さァん」

「からだ かえせっ!」

「あはは、そォんなに自分の過去が大切でスか? 過去のあなたは物体を切り裂けナいし、視界内の対象を追跡することスらできないのに?」

「それっでもっ!」

 なんとか動く腕で、メゾフォルテは必死に自身の身体を動かす。カウフィットから一歩でも遠くへ、遠くへ。

「おんやァ、意外ですねェ……てっきり向かってくルものだとばかり」

 しゃがみ込んだカウフィットは、つまらなさそうに遠ざかっていくメゾフォルテの姿を見つめた。

「ま、そりゃあ嫌デすよねぇ……死ぬのは」

 ずるずると音を立てて、牛歩よりも襲い歩みでメゾフォルテは進む。少しでも、遠くへ。

「そうだ、伝え忘れてマした。あなたの身体ですケど──」

 カウフィットは笑みを崩さずに、

「──燃やしましタよ。あなたの身体は。そりゃあそうですよねェ、ずっと取っておけるワケもない」

「……そう そっか」

 メゾフォルテは動きを止め、視線を上げた。こんな外縁に近い場所でもBRAIN SHAPEの光は届く。遠いとはいえ、本社の姿は見て取れる。

「みれん なくなった」

「そうでスか」

 カウフィットの手のひらの上に、短剣が一本出現した。動けないメゾフォルテにはこの一本で十分に殺しきれる。

「──あなたへの みれんが」

 メゾフォルテが上空に向けたのは、拳銃に似たなにかだった。引き金を引けばそれは上空に一筋の光を放つ。信号弾。位置を知らせるか、タイミングを知らせるための弾丸だ。


『遍在磁場、収集開始』

 システム音が告げた。開発初期に仮のものとしてジェイク自らが吹き込んだものだ。

『電磁加速開始、セーフティ解除』

「メゾフォルテ、きみが今、どんな状況にいるかはわからない」

 BRAIN SHAPE本社。高く高く、どんな建物よりも高くそびえ立つ魔窟の中途にて、その言葉が届かないと知っていても、ジェイクは言葉を紡ぎ続ける。

「抑制ユニット、第一から第三をパージ。第二加速突入』

 空に見えるは一筋の光。メゾフォルテからの、準備完了のメッセージ。

「だから、僕は僕のやるべきことを」

『リンク確立。推定到達威力98%』

 なにがあってもカウフィットを所定の位置へ導くこと。それが、それだけが作戦内容だった。それだけが目標で、それだけのためにこれまでのすべてがあった。

『最終加速突入』

 メゾフォルテの視界内にある限り、遠隔接続したターゲットマーカーは標的を逃さない。テラスから突き出した大型のレールカノンは、その一撃をカウフィットへと届ける。

『3、2、1』

 トリガーが引かれた。眩いばかりの光が、太い、太い線となって──


 カウフィットは目を見開いた。

 寄機細工に仲間がいると予想しなかったわけではない。だが、ここまであまりにも姿を見せなかったため、いないものだと思い込んだのだ。

 長距離狙撃。衛星砲もかくやという威力で放たれたそれは光の構成から見るにレールカノンだろう。だが、カウフィットが知るそれとは明らかに威力が違う。光はすべてを溶解させ、破壊する。建造物を軒並みうち倒し、地面を溶かし、下層にさえ届かんとしている。

 カウフィットは逃げる。迫りくる光から。いつもの軽口も叩いている暇がない。あれに触れたなら、あらゆる紋章など意味をなさないのだから。

 光から逃げ始めて、気づく。レールカノンはいまだに光を解き放ち続けるのを止めない。それどころか、カウフィットを追い始めたのだ。

「馬鹿、な──」

 レールカノンは基本的に撃ちきり式だ。加速された物体を打ち出すだけで、それっきり。だのに、これではもはや衛星砲そのものではないか。それに、どうしてあんな遠距離から狙いを。

「にが さない」

 カウフィットの耳に、底冷えする声が届いた。

 メゾフォルテは、カウフィットを見つめていた。あれだ。あの目を通してこちらの位置を特定しているのだ。

「寄機…細工ゥ!!!」

 カウフィットは叫んだ。ようやく明確に、メゾフォルテを排除するべき敵であると認識したのだ。だが、その決断は幾分か遅かった。光が近づく。逃げる速度なんて比ぶべくもない。追いつかれる、死が近づく。生への執着が増大し、これまでの行動の数々がエンドロールのように脳裏を流れ、滑っていく。

「走馬灯だとこのあタしが……? ふざけるなァ!」

 これまでの行動に後悔などない。何一つ、例外なく。

 背後から光が迫ってくる。遮蔽物に隠れたいが、周辺には脆い建造物しか存在しない。迫って、迫って、ほら、すぐ後ろに。

「クソ、クソクソクソ!」

 そうして、光が。

 視界が白く埋まる直前、カウフィットの脳裏に疑問が一つ浮かんだ。今までなんの違和感もなかったことだったが、急激に目が覚めていくように疑問に転じていったのだ。

 〝わタしはなぜ、暗影街の決まった地域だけをうろつき続けていた? これではまるで寄機細工を待っていたかのようではないか〟

 答えに至る前に、その思考すら光が塗りつぶした。



「なかなか珍しい人が珍しいことをしているな。まさかキミが機密を掠めとろうだなんてね」

 現れたのは、トキシカズラにとっても因縁浅からぬ人物。ディスタントだった。その長い髪は最近の荒れ具合などなかったかのように整っており、どうやらジェイクとなにかあったようだとトキシカズラは察する。

「思ってもいないことを言うのはよせ、これを」

 トキシカズラの差し出した端末を受け取らずにのぞき込んだディスタントは眉を細めた。

「これは?」

「話は後だ。これを使った図面を探したい。今すぐに」

 ディスタントのブレインジャッカーを用いれば捜索は目に見えて早くなる。膨大な情報を調べつくすのも決して不可能ではなくなるのだ。

「えーと、すまないが話が飲み込めないんだが。その図面とはなんの図面だ?」

「あー……とりあえず探せ! ジェイクのためのである!!」

 ディスタントに対しての万能ワード。〝ジェイクのため〟である。可能であればメゾフォルテのことを開示したいが、言ってしまえばディスタントは嫉妬するだろうし、現在進行形で戦っている二人を助けに行くだろう。だが、この戦闘はジェイクが自身の想いに決着をつける過程でもある。それを邪魔できる勇気は、トキシカズラにはなかった。

「……なるほど?」

 万能ワードの効果めざましく、一人でなにかを納得したらしいディスタントの髪の中からブレインジャッカーがその姿をあらわにした。

「図面は人型躯体だ。おそらく改造者は──」

 と、トキシカズラの中でなにかが引っかかった。そもそも、カウフィットが機械改造を覚えたのは数年前。覚えたての技術であれだけの完成度を誇る躯体を作り上げられるのか? そもそもなぜ奴はBRAIN SHAPEとつながりを持った? いや、奴じゃないとしたら、いったい、誰が──

「──キミは、実に聡い」

 耳元で囁かれた声は、トキシカズラがたどり着いた最悪の想像を裏付けるものだった。

「─ディスタン──!」


『ジャッキング』



 溶けた建造物の熱は、人の肌を容易に火傷させる。そんな中を歩く影が一人。ジェイクだ。彼は標的消失を確認するなりレールカノンをほっぽりだし、現地へ急行したのだ。

「メゾフォルテっ!」

 声を上げる。が、答える者はいない。

「メゾフォルテーっ!」

 呼び声に答えない時間が伸びるたび、焦りも募っていく。もしかして自分の射撃が当たったんではないか。すでに戦闘不能に陥り、瓦礫に埋もれているのではないか。

 だから、溶け行く瓦礫から少し離れた地点で彼女の姿を見つけた時の安堵と言ったら。これまでのどんな安心をも上回った。

「メゾフォルテ!」

「じぇ……いく?」

 よろよろと立ち上がる彼女に肩を貸すと、彼女は前方に向けて指をさした。

 そこにあったのは、カウフィットの残骸だった。下半身は完全に吹き飛ばされ、明らかにもう、息の根はない。

「おねがい……まだ のこってる うちに」

「ああ、任せて」

 メゾフォルテを一度地面に降ろし、ジェイクは袖の内側からブレインジャッカーを展開した。蛇のような動きでカウフィットの頭部に接続されたそれは、内部の情報をジェイクへと開示する。

 これが、作戦の最終段階。カウフィットから直接メゾフォルテの情報を抜き出すのだ。

 この最終段階が成立するには、カウフィットの体が残っている必要がある。だから〝あわよくば〟だったのだが、どうやら上手くいったらしい。

「じゃあ、始めよう」

 メゾフォルテの体はもうないらしい。だが、改造されるまえの彼女がどのような人物だったのかわかるのは彼女にとって救いたりえるはず。そう思い、カウフィットの記憶に潜り──

「……は?」

 その、空っぽさに愕然とした。記憶は数年前どまり。それ以前のものは一切存在しない。しかもわずかに残る記憶も〝メゾフォルテを改造した〟 という文字が浮かぶのみ。具体的な映像もなければその際の感情もない。

「なんだ、これ……」

 通常、記憶は事実とともにその時の記録を残していく。映像であったり、感覚であったりするそれらは確かに年月を経て摩耗するが、ここまでではない。これではまるで、まるで本当は体感していないような──


「──ああ、ここにいたのか」


 声が、聞こえた。聞きなじみのある声。人生においてもっとも聞いたであろう声。そして、ここにいるはずのない声が。

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