ウルトラ重機運転手:古住鋼美さん


◆大地を踏みしめて ~1年目の朝陽~


 早朝、まだ夜明け前の暗がりの中、私は目を覚ました。窓から差し込む微かな光が、巨大な鉄の塊を思わせる。私の名前は古住ふるずみ鋼美こうみ。22歳になったばかりの新米ウルトラ重機オペレーターだ。


 起き上がると、鏡に映る自分の姿に少し戸惑う。長い黒髪を丁寧にまとめ上げ、まだあどけなさの残る顔。でも、この手は既に鉄を操る者の手だ。作業で荒れた指先を見つめながら、私は深呼吸をする。


「よし、今日も頑張ろう」


 声に出して自分を鼓舞すると、少し気持ちが引き締まる。


 朝食を済ませ、作業着に着替える。化粧は控えめに、ただ日焼け止めだけはしっかりと塗る。安全第一。それがウルトラ重機オペレーターの鉄則だ。


 現場に向かう道すがら、朝もやの中を歩く。遠くに聞こえる重機のエンジン音が、新しい一日の始まりを告げている。


 現場に到着すると、先輩の鉄男さんが既に準備を始めていた。


「おはよう、鋼美。今日は採掘場(*1)の拡張作業だ。気合い入れていこうぜ」


「はい、鉄男さん! よろしくお願いします」


 私は元気よく返事をしながら、内心では緊張していた。採掘場の拡張は危険を伴う大規模な作業。ここで失敗すれば、作業効率の低下だけでなく、安全面でも大きな問題になりかねない。


 巨大な油圧ショベル(*2)に乗り込み、エンジンをかける。振動が全身に伝わってくる。この振動が、私にはまだ少し怖い。


「鋼美、バケット(*3)の角度に気をつけろよ。岩盤が硬いから、うまく掘り進まないぞ」


 鉄男さんの声がトランシーバーから聞こえてくる。


「はい、わかりました!」


 私は必死に集中して、レバーを操作する。バケットが地面に食い込み、岩盤を砕いていく。その様子は、まるで巨大な歯が大地を噛みしめているようだ。


 昼休憩。現場の仮設休憩所で、同期の岩雄くんと弁当を広げる。


「鋼美さん、午前中の作業、上手くいってました?」


「うん、なんとかね。でも、まだまだ先輩たちには遠く及ばないわ」


「そうですか? 僕から見たら、鋼美さんの方が器用そうに見えますけどね」


 岩雄くんの言葉に、少し照れくさくなる。でも、本当のところはまだ自信が持てない。女性だからといって特別扱いされたくはない。むしろ、それ以上の努力をして認められたいんだ。


 午後の作業は、さらに難しい斜面の掘削だ。大型ブルドーザー(*4)を操縦しながら、慎重に斜面を削っていく。重機の重さと地面の傾斜のバランスを取るのは、正直きつい。でも、弱音を吐くわけにはいかない。歯を食いしばって、黙々と作業を続ける。


「鋼美! その傾斜はキツすぎるぞ! もう少し角度を緩めろ!」


 現場監督の鋼鉄さんの声が響く。私は慌てて操作を修正する。冷や汗が背中を伝う。


 夕方になり、今日の作業が終わる。全身の筋肉が悲鳴を上げているのを感じながら、私は重機から降りる。


「お疲れ、鋼美。初日としては上出来だったぞ」


 鉄男さんが肩を叩いてくれる。その言葉に少し救われる思いがした。


 疲れた体を引きずるようにして帰宅の途につく。家に着くと、まずはお風呂で一日の汗を流す。湯船につかりながら、ふと空を見上げる。


「いつか、私もあの人たちのように、大地を自在に操れるようになりたいな……」


 そんな夢を描きながら、私は目を閉じた。明日もまた、新しい挑戦が待っている。



◆大地を彫る ~5年目の炎天下~


 真夏の朝日が昇る前、私は目を覚ました。窓から差し込む光が、今日の酷暑を予感させる。27歳になった私、鋼美は、もう堂々としたウルトラ重機オペレーターと呼べる存在になっていた。


 鏡に映る自分の姿を確認する。日焼けした肌に、引き締まった表情。5年間の経験が、私の外見にも内面にも刻まれていた。


「さあ、今日も大地と対話するぞ!」


 いつもの掛け声で自分を奮い立たせる。


 朝食をしっかり取り、作業着に着替える。化粧は日焼け止めだけ。それでも、長年の野外作業で鍛えられた肌は、健康的な輝きを放っている。


 現場に向かう道すがら、街はすでに活気に満ちていた。今日は大規模な都市再開発プロジェクトの重要な一日。私たちの腕の見せ所だ。


 現場に到着すると、後輩の礫子(つぶこ)が駆け寄ってきた。


「おはようございます、鋼美さん! 今日のスケジュール、確認しました?」


「おはよう、礫子ちゃん。ええ、確認したわ。今日は超大型クレーン(*5)の組み立てよ。気を引き締めていこう」


 現場に入ると、すぐに作業の準備に取り掛かる。超大型クレーンの組み立ては、精密さと大胆さの両方が求められる作業だ。


「鋼美、クレーンのブーム(*6)の角度、どう思う?」


 現場監督の鋼鉄さんが声をかけてきた。


「はい、確認します」


 私は慎重にクレーンを観察し、計算を始める。


「風向きと建物の配置を考慮すると、もう5度ほど角度を上げた方が良いと思います」


「よく気がついたな。さすが鋼美、目が肥えてきたな」


 鋼鉄さんの言葉に、内心で喜びを感じる。でも、まだまだ油断はできない。


 昼頃、炎天下での作業が続く。汗が滝のように流れる中、クレーンの各部品を慎重に組み上げていく。


「鋼美さん、水分補給を」


 同僚の岩雄が冷たい飲み物を差し出してくれる。


「ありがとう、岩雄くん」


 一緒に働く仲間たちの気遣いに、改めて感謝の気持ちが湧く。


 午後、いよいよクレーンの試運転だ。私は操縦席に座り、深呼吸をする。


「みんな、安全確認よ! クリアランス(*7)に特に注意して!」


 私の声に、全員が応答する。ゆっくりとレバーを操作し、巨大なブームが空に向かって伸びていく。その瞬間、私は心の中でつぶやいた。


「ねえ、5年前の私。見てる? 私たち、こんなに大きくなったのよ」


 試運転が無事に終わり、現場の片付けを始める頃には日が暮れかけていた。疲れきった体で帰宅の途につく。家に着くと、まずはシャワーで汗を流す。


 冷たいビールを片手に、ベランダに出る。遠くに見える工事現場のクレーンを眺めながら、今日一日を振り返る。


「まだまだ、上を目指せる」


 そう呟きながら、私は缶を掲げた。明日は、さらに大きなプロジェクトが待っている。新たな挑戦への期待に、胸が高鳴るのを感じながら、私は夜空を見上げた。



◆大地を創造する ~10年目の満月の夜~


 深夜、満月の光が差し込む中、私は目を覚ました。窓の外には、巨大な採石場(*8)の輪郭が浮かび上がっている。32歳になった私、鋼美は、今やウルトラ重機業界で一目置かれる存在となっていた。


 鏡に向かい、短く刈り揃えたヘアスタイルを整える。年齢を重ねた分だけ自信に満ちた表情。そして、10年の歳月が刻んだ確かな技術の跡が手に残っている。


「さて、今日も地球の顔を変えに行こう」


 いつもの言葉で自分を鼓舞する。この言葉は、私のウルトラ重機操縦に対する哲学でもあった。


 朝食はしっかりと取る。今日は重要な採石作業がある。メイクは控えめだが、凛とした雰囲気を醸し出すよう心がける。


 現場に向かう道すがら、満月がゆっくりと沈んでいくのを眺める。夜間作業。それは昼間とはまた違った緊張感がある。


 採石場に到着すると、チームのメンバーが既に準備を始めていた。


「おはようございます、鋼美さん!」


 かつての後輩、礫子が声をかけてくる。今や彼女も一人前のオペレーターだ。


「おはよう、礫子。今日の作業、緊張してる?」


「はい、少し……大規模な発破(*9)ですからね」


「大丈夫よ。私たちの技術なら、安全かつ効率的に作業を進められるわ」


 自信を持って答える私。しかし内心では、この仕事の重要性に身が引き締まる思いだった。


 採石場の中心に向かうと、既にダイナマイトの設置が始まっていた。


「皆さん、注意を! 今回の発破は過去最大規模です。安全第一で進めましょう」


 私は凛とした態度で指示を出す。


「鋼美さん、爆破後の岩石の搬出計画はこれでいいでしょうか?」


 若手オペレーターの岩穿(がんせん)くんが、タブレットを差し出してきた。


「うーん、この部分ね。超大型ダンプトラック(*10)の動線を考えると、もう少し余裕を持たせた方がいいわ。ここを5メートルほど広げてみて」


 細かい指示を出しながら、私も自ら現場を確認する。何度も経験を重ねてきたからこそ、細部にまで気を配れるようになった。


 夜が明ける頃、ようやく発破の準備が整った。


「全員、退避地点に移動してください! カウントダウンを開始します!」


 私の声が無線機を通じて響く。緊張が最高潮に達する中、カウントダウンが始まる。


「5、4、3、2、1、発破!」


 大地が揺れ、轟音が響き渡る。煙が晴れると、そこには新たな景色が広がっていた。


「みんな、素晴らしい仕事だったわ。これで次のステップに進めるわ」


 疲れた表情の中にも、達成感に満ちた笑顔が見られる。


 朝日が昇る頃、私は超大型ダンプトラックに乗り込んだ。今度は岩石の搬出作業だ。エンジンをかけると、全身に力強い振動が伝わってくる。


 運転席から見下ろす景色は、10年前とは比べものにならないほど広大だ。私は深呼吸をして、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


 作業が一段落したのは、夕暮れ時だった。現場を後にする前、私は採石場を見渡した。


「10年前の私に言ってあげたいわ。私たちは、大地を動かす仕事をしているのよ、って」


 帰宅途中、夕日に照らされた街並みを眺める。結婚や出産はまだ先の話だが、この仕事に打ち込める幸せを感じている。


 家に着くと、まずは温かい風呂に浸かる。湯船の中で、ふと10年前の自分を思い出す。


 あの頃は、ただ必死にレバーを操作するだけだった。でも今は、現場全体を見渡し、チームを率いる立場。技術だけでなく、人を育てる喜びも知った。


「まだまだ、極めるべき山がある」


 そう呟きながら、私は目を閉じた。明日からは、新しい採石技術の開発が始まる。大地と人間の共生を目指す世界で、私はまた新たな挑戦に向かって歩み始める。


(了)


注釈:

(*1) 採掘場:鉱物や岩石を採取するために掘削された場所。

(*2) 油圧ショベル:油圧を利用して動くアーム付きの掘削機。

(*3) バケット:ショベルの先端にある、土や岩を掬う部分。

(*4) ブルドーザー:前方に大きな板を取り付けた土砂を押す重機。

(*5) 超大型クレーン:非常に重いものを持ち上げるための大型クレーン。

(*6) ブーム:クレーンの腕の部分。

(*7) クリアランス:重機や建造物の間の安全な空間や距離。

(*8) 採石場:岩石を採取するために掘削された場所。

(*9) 発破:爆薬を使用して岩盤を破砕する作業。

(*10) 超大型ダンプトラック:数百トンの積載能力を持つ巨大なトラック。



◆鋼の女神、世界を制す!


 朝もやの中、私は目を覚ました。今日という日を、どれほど長い間待ち望んでいたことだろう。全世界ウルトラ重機技能コンテスト。世界中から集まった腕利きたちと、技を競い合う晴れ舞台だ。


 鏡に映る自分の姿を見つめる。33歳になった私、鋼美の瞳には、これまでの経験と自信が宿っている。髪をしっかりとまとめ上げ、作業着に袖を通す。


「よし、行こう」


 静かに、しかし力強く呟いた。


 会場に到着すると、既に世界中から集まった選手たちで賑わっていた。様々な言語が飛び交う中、私は深呼吸をして心を落ち着かせる。


「鋼美! 頑張れよ!」


 振り返ると、同僚の岩雄が声をかけてくれた。彼の隣には礫子や岩穿の姿も。みんなが応援に来てくれたのだ。


「ありがとう、みんな。私、精一杯頑張るわ」


 競技が始まる。第一種目は「精密掘削」(*1)だ。巨大な油圧ショベルを操り、地面に描かれた複雑な図形を正確にトレースしていく。私は深く息を吸い、レバーに手をかける。


 ゆっくりとバケットを地面に降ろし、慎重に動かし始める。周囲の喧騒が消え、私の意識は完全にショベルと一体化する。曲線、直線、鋭角……それぞれの線を、まるで筆で描くように丁寧に掘り進めていく。


「素晴らしい! 日本代表の鋼美選手、見事な精密さです!」


 アナウンサーの声が響く。しかし、私の集中は途切れない。最後の一画を終えると、会場から大きな拍手が沸き起こった。


 次の種目は「バランス制御」(*2)。超大型クレーンを使い、様々な重さと形状の物体を、決められた場所に正確に置いていく競技だ。


 クレーンの運転席に座り、周囲を確認する。風向き、物体の重心、クレーンの能力……全てを頭に入れ、最適な動きを計算する。


 最初の物体は、繊細なガラス製の彫刻。重さはそれほどないが、形が不規則で扱いが難しい。私はゆっくりとクレーンを動かし、細心の注意を払って彫刻を吊り上げる。


「見てください! 鋼美選手のクレーン操作、まるでバレリーナのような優雅さです!」


 アナウンサーの興奮した声が聞こえるが、私の集中は途切れない。一つ、また一つと、異なる特性を持つ物体を的確に配置していく。最後の超重量物を置き終えた時、会場は再び大きな拍手に包まれた。


 最終種目は「複合オペレーション」(*3)。様々な重機を駆使し、決められた時間内に複雑な作業を完遂する競技だ。


 私は深く息を吸い、全身の力を抜く。これまでの経験全てを、この時のために蓄積してきたのだ。


 ホイールローダー(*4)で土砂を運び、整地。次に小型ショベルで細かな掘削。そして大型ブルドーザーでの造成……各重機を切り替えながら、まるで交響曲を奏でるように作業を進めていく。


「驚異的です! 鋼美選手の重機操作、まるで生き物のよう! 機械とオペレーターが完全に一体化しています!」


 アナウンサーの声が遠くに聞こえる。私の意識は、ただ目の前の作業に集中している。最後の仕上げとして、タワークレーン(*5)で巨大な旗を掲揚。制限時間にかなり余裕を持って、全ての作業を完了させた。


 競技終了の合図と共に、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。


 結果発表の時が来た。私は仲間たちと共に、緊張しながら待つ。


「そして、優勝は……日本代表、古住鋼美選手!」


 館内が歓声に包まれる。仲間たちが駆け寄ってきて、私を抱きしめる。


「やったな、鋼美!」

「鋼美さん、すごいです!」

「先輩、最高です!」


 喜びと感動で、言葉が出ない。ただ、涙が頬を伝う。


 表彰台の一番高い場所に立ち、金メダルを首にかけられる瞬間。私は空を見上げた。


「見ていますか、お父さん。私、世界一になりました。あなたの娘が、ウルトラ重機の世界で、頂点に立ったんです」


 亡き父は、私がこの道を志すきっかけをくれた人だった。彼の背中を追いかけ、時に挫折しながらも、ここまで来ることができた。


 メダルを胸に、私は深々と頭を下げた。世界中から集まった観客、ライバルたち、そして今まで支えてくれた全ての人への感謝を込めて。


 この瞬間、私は改めて誓った。この技術を磨き続けること。そして、次の世代にこの素晴らしさを伝えていくこと。ウルトラ重機は単なる機械ではない。それは、人の意志と技術が結実した、現代の芸術なのだ。


 表彰台を降りると、世界中のメディアが詰めかけていた。


「鋼美選手、優勝の感想をお聞かせください」

「今後の目標は?」

「女性オペレーターとして、伝えたいことは?」


 質問が飛び交う中、私はゆっくりと口を開いた。


「この勝利は、私一人のものではありません。支えてくれた仲間たち、教えてくれた先輩方、そして世界中のウルトラ重機オペレーターたち全ての勝利です。この技術は、大地を慈しみ、人々の暮らしを豊かにするためにあります。性別や国籍に関係なく、志ある全ての人に門戸が開かれています。これからも、この素晴らしい技術の発展と継承に、全力を尽くしていきたいと思います」


 その言葉に、会場は再び大きな拍手に包まれた。


 この日の夜、チームの仲間たちと祝杯を上げながら、私は心の中でつぶやいた。


「これは終わりじゃない。新たな始まりなんだ」


 窓の外に広がる夜空には、無数の星が輝いていた。それはまるで、世界中で今この瞬間も働いているウルトラ重機たちの、ヘッドライトのようだった。


 明日からは、また新たな挑戦が始まる。世界一となった今、私の責任はさらに重くなった。でも、それと同時に、新たな可能性も広がっているのだ。


 グラスを掲げ、仲間たちと乾杯する。


「みんな、ありがとう。そして、これからもよろしく」


 その夜、私の夢は、まるでウルトラ重機のように大きく、そして力強いものだった。


(了)


注釈:

(*1) 精密掘削:重機を使用して、正確かつ繊細な掘削作業を行うこと。

(*2) バランス制御:クレーンなどの重機で、不安定な物体を安全かつ正確に操作すること。

(*3) 複合オペレーション:複数の重機を組み合わせて、複雑な作業を行うこと。

(*4) ホイールローダー:車輪付きの積み込み機。土砂や資材の運搬に使用される。

(*5) タワークレーン:高層建築現場などで使用される、塔状の固定式クレーン。

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