第十五話 深夜の騒動
「まっじなの、それ。本当にこの子がA⁺ランク、、、。」
姉貴の先程まで単純に小さい動物だからと可愛がっていただけの息子への視線が、とたんに息子を畏怖するような怯えたものに変わったのが分かった。
「まだ信じられない気持ちもあるが。まぁでも、出産の代償でサヤを失ったあの時の俺に言う冗談にしては、医者のタチが悪すぎる。」
「そうね。冗談だとしても、そんなことを言う意味は医者にはないもん。」
俺は同意するように頷いた。
外はとっくに暗くなっていた。姉貴は今日の今日まで会社で仕事をやり、そのあとに高速バスで東京まで来ていた。そこから路線バスで北千住のこのボロアパートまでやってきたらしく、時刻はもう十一時を回っていた。日中は仕事で、そこから東京まで来た姉貴の顔にはあきらかに疲れが見えた。俺は、姉貴にひとつ聞きたいことがあったのだが、流石にその疲れようを見ると、これ以上話をするのは良くないと思った。それに俺も明日から久々の出勤だ。しっかり寝ておきたい。
「まぁ、とにかく今日はもう休もう。俺も明日から仕事だし。」
そう言って俺が立ち上がると、姉貴が唖然とした顔で俺を見ていた。
「なに?」
「いや、、なんかあんた変に優しくなったわね、、。」
「あ?」
俺は睨んで言った。
「いや、なんかゾワっとした。」
「意味わかんねーよ。」
「あんたのことだから、この子も今頃あざだらけかも、、って心配したけど、成長したのね。」
「うるっせー!!そんなの当たり前だろ!」
「あー怖い怖い。本性が出てきたわ~」
姉貴は泣き顔とともに変に演技じみた泣き声を出した。この女は昔からそうだ。隙あらばすぐに俺をからかってくる。
「わっゴキブリ。」
俺は姉貴のそばを指さしてそう言った。からかってきた反撃だ。
「ぎゃっーーー!!!」
まんまと騙された姉貴が飛び上がって叫んだ。すると
「おんぎゃあ~」
びっくりした息子が負けないくらいの大声で泣きだす。
「なによ!もう!泣き出しちゃったじゃない!ごめんね~。」
姉貴も子供には慣れていないからか、あやし方がぎこちない。そのせいで余計に息子が泣き出す。
「おんぎゃぁーーー」
「もう姉貴、あやし方が下手なんだよ。」
「うるっさいわね!ほーら、ねんねんころり~」
「それは子守歌だよ!」
「も~うなんで~?泣かないで~ほら~」
「ぎゃああーーーん」
「貸せって、ほら」
「だーいじょうぶ!」
姉貴はかたくなに息子を渡そうとしない。こうなると意地でも泣き止むまで自分であやすつもりだ。姉貴が泣きやませるのに手こずっていると、突然玄関の方から大きな音がした。
ゴンッ
まずい。
扉が叩かれた音だと分かった。俺は姉貴から強引に息子をとりあげる。姉貴もびっくりしたようで、すんなり渡した。そして小声で聞いてきた。
「、、だれ?」
「あー隣のやつだよ。」
俺も声をひそめて言った。前にも一度、俺が息子をあやすのに手こずっていると扉をたたかれて、怒鳴られたことがあった。今回は二回目とあって、扉を叩かれるだけでその意味が分かった。
姉貴はびっくりした顔でうなずくと、そそくさとリュックを探り出した。
俺があやすと、すぐに息子は泣き止んだ。
姉貴はリュックから服を取り出した。
「お風呂入ってきま~す。」
そして、相変わらず小声でそう言うと、姉貴は逃げるように風呂場へ向かった。
やれやれ、、、。
俺が一息ついていると、今度は風呂場から姉貴の叫び声が聞こえてきた。
「ぎゃ~~ゴキブリ~~~!!」
本当に起きそうな嘘をつくもんじゃねぇな。
俺は風呂場へと急いだ。
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