第十一話 モヤモヤ

俺は館を後にし、朝、赤ん坊を背負い来た道を再び下っていた。俺に昼用の弁当が準備されていたが食べなかった(持って帰らせてもらった)。スマホを見る。時刻は二時手前だった。

昼時を過ぎ本来ならとうにお腹が空いているころだったが、今日はまったくそんな気分じゃなかった。なんでだろう。胃袋はからっぽであるはずだ。ただ、それ以上に心にぽっかり穴が開いている気がしてならないのだ。その原因は考えずとも分かっていた。赤ん坊のことだ。


しょうがないだろ。サヤがあんな風になっちまって、俺一人じゃ何もできない。


俺は初老の男、つまりはサヤの父親を名乗る男に言った言葉を後悔していたわけじゃなかった。ああ言うほかなかったし、それが一番良い選択なはずだ。なのに、なぜか俺はいつのまにか自分を納得させる言葉ばかり頭で唱えていた。


赤ん坊も両親と暮らせないのはきっと悲しいだろうな。そういえば、赤ん坊はあの館で育てられるんだろうか。おそらくサヤはあの水槽から動けないんだろうし、別のところで暮らすったってたまにはサヤに会いに行くくらいはさせるだろう。そうすればお母さんと直接会話ができなくても、母親が近くにいることであの赤ん坊は安心するんじゃないだろうか。


俺はそんなことを考えながら道にころがった小石を蹴る。ふと、サヤの最後の言葉を思い出す。


――いままで「    」。


どうしても最後の部分だけ口パクでしか思い出せない。


あの口の動き、なんて言ってたんだっけ。


俺はどうしてもサヤが言った言葉の最後の部分が思い出せないでいた。"ありがとう"じゃなかった。それはたしかだ。"いままでありがとう"、あの時俺は、サヤが自分の最期を悟るようにそう言おうとするのに怯えて、慌ててサヤを制した。そうしただけに、サヤの言葉が"ありがとう"じゃなかったことに驚いたのだ。


うおういえあ


口の動きだけだとそう言っていた気がする。


うお、、うお、、はっもしかして"嘘"?だとしたら、"ういえあ"はなんだろう。ういえあ、ういえあ、、


しばらく考えて俺はひらめいた。


"ついてた"、、?"嘘、ついてた"!!


全身に鳥肌が立った。やっとサヤの最期の言葉の謎がとけた気がして、俺は一人舞い上がっていた。


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