第九話 悪臭騒動

ズズズッ


「あっち!!」


俺は右手に持っていたマグカップを口からすぐに離す。するとその勢いあまってカップ内のコーヒーが手にかかる。


「あっちゃああいっ!!」


ガシャン


カップが机に落ち、コーヒーが机中に広がっていく。


「ああ、すいません!」

「なにをやっているんだ、おい、なにか拭くものを」


「はい」


初老の男の呼びかけに屈強な体にスーツをまとった厳つい男が返事し、部屋を出ていく。


俺はサヤの入れられた水槽のあった部屋からエレベーターを上がり、また地上に戻ってきていた。ここは一階で、玄関横の応接間のような部屋だった。部屋は洋風な内装で、床には上品なカーペットが敷かれ、壁には絵画が飾られている。部屋の隅には暖炉もあった。俺が座っているのは一人掛け用のふかふかな茶色い革製の椅子、これまた上品だ。そして木製の重厚感のあるテーブルを挟んで、向かいには同じ一人掛けの椅子にさっき地下室であった初老の男が座っていた。


オンギャアア


突然、部屋に叫び声が響く。その声の正体はこれだ。俺の椅子のすぐ横の床に赤ん坊の入ったゆりかごが置かれていた。その中で顔をくしゃくしゃにして必死に泣き叫ぶ赤ん坊。サヤが命と引き換えに生んだ子だ。


「どうした、腹が減ったのか。」


男がぶっきらぼうな声で聞いてくる。


「いやーどうでしょう。おい、どうしたどうした。」


俺がゆりかごから抱きかかえると体をねじりながら一層大きな声で叫ぶ


おんぎゃあ、おんぎゃあ


「う、くっさ!」


赤ん坊を目の前まで持ってくると突然鼻をつんとさす悪臭が漂った。


「うっ、排便をしているようだな。」


どうやら匂いは男の方まで届いたようだ、鼻をつまみながら厳しい顔でそう言った。


「うんちかよーったく」


腹がいて―ならそう言えってんだ、された後じゃ泣かれてもこっちが困るんだよ。


俺は広い床のところまで移動し、おしめを取る。


「ばか、そこでやるな!」


後ろから男の制止する声が聞こえたがもう遅かった。


「うおぉ、なんという臭いだ、ぐっ、、」


振り向くと、そう言って男は椅子から立ち上がると逃げるように窓辺に向かっていた。


おしめの中にはしっかりとほやほやのソレがあった。詳細な描写は気分を害したくないのでやめておこう。あまりの臭いに一旦おしめを塞ごうと手を動かしたとほぼ同時に、だんだんと部屋の外から近づいてきていた足音が大きくなり、さっき部屋を飛び出した屈強な男がまた部屋に入る。


「持ってきまし、、ぐおぅクッサ!!」


男は走って勢いよく部屋に入ってきたため、いきなり悪臭の根源に近づきすぎたようだ。瞬時に上半身をのけぞらせ、あわや後ろに転げそうになった。そしてのけぞらせた頭が勢いよく扉に当たる。


ゴツン


「あイタっ!!」


やかましい奴だ。とりあえずこのブツをどうにかしなくては。俺は鼻をつまみながら初老の男に言った。


「なんか部屋貸してください!」

「どこでもいい!とにかくどっか行け!おい、案内してやるんだ!」



♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


とんだ異臭騒ぎが落ち着き、俺は初老の男がいた応接間に戻ってきていた。


「すいません、ご迷惑おかけしちゃって」

「ふん、まあ赤ん坊に文句を言うことはできん。それより突然そこでおむつを広げるとは常識のない奴だ。」

「すいません、、、」


俺はまた謝りながら頭を軽く下げた。


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