第六話 男の過去

「露堂ってもしやあの、露堂製薬の、、、?」


俺は思い浮かんだその名を口にした。露堂製薬とは今やその名を知らぬ人はいない超大手医薬品メーカーの名前だ。小さいことからテレビでよくCMが流れていたし、電車やバス、街のいたるところでその広告やポスターを目にしたことがある。露堂製薬の名を知らぬ人がいないというのはその企業方針も影響していた。露堂製薬はよく「すべての人に健康と幸福を」というキャッチコピーを掲げていた。すべての人というのはAランクからCランクまで、そのランクに関係なくすべての人をターゲットに商品を販売するということだ。だから俺もその商品を購入したことがもちろんある。そんな大々的に商売ができるのは露堂製薬がそれだけ大きな企業であるということでもあった。俺が露堂と聞いて思い浮かぶのはそれ以外になかった。

男は俺を真っすぐに見つめたまま、表情を変えずに口を開いた。


「ああそうだ。露堂製薬は我々が代々経営してきた会社だ。ただ、取締役は私の弟が務めていて私はその経営には関与していない。」

「は、はあ。」

「私は長らくアメリカで医薬品の研究をしていた。愛する妻と一人の娘と共に暮らしていたんだ。」


なんだ、思い出話か?それよりここがどこなのか、なぜあんな水槽の中にサヤがいるのか教えてほしい。


「日々研究に勤しみながらも家族と幸せな生活を送っていたんだよ。ただ、ある日当時3歳だった娘が誘拐された。」

「誘拐、、、。」

「私は必死に娘の捜索を行ったが、その努力もむなしく、娘が帰ってくることはなかった。」


男は悲し気な目でどことなく遠くを見ながらそう話した。


「あれから27年。どうやら娘が日本にいるらしいことを知った。なんと彼女は露堂製薬傘下の医薬品メーカーが行った治験のアルバイトに参加していた。私はまだ娘が生きていると信じ、露堂製薬が関係する企業で入手した娘が生きていたら同じくらいの年代である者たちのDNAを娘のものと照合していた。」


男はそこまで話すと俺の横を通り過ぎ、水槽の前まで歩いていった。そして水槽を見上げながらさらに話し始めた。俺はすっかり話に聞き入っていた。心臓の鼓動が早くなっている。次に男が言おうとしていることがなんとなく分かった気がしていた。そして、俺の予想は当たった。


「私も実に27年ぶりの再会だ。・・・メイ。」


男は振り返って言った。


「君が愛したサヤという女性は、私の実の娘の露堂メイだ。」


俺の額には汗が一筋流れた。





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