第二話 消えかける命

サヤがいた。呼吸器の上からでも、顔から生気が失われようとしているのが分かる。俺はすぐに横まで駆け寄った。もう体の痛みなんて感じなかった。サヤは額に汗をにじませ、苦しそうな呼吸をしていた。なのに、俺を見つけるといつもと同じように微笑んだ。ただ、すぐに目をうすめた。とても苦しそうだ。


「サヤ!大丈夫かサヤ!俺だよ、分かるか?!」


俺は声を震わしながらサヤの手を手繰り寄せ、同じように震える手で握りしめた。


「分かる、、、大丈夫、、、。」


明らかに大丈夫ではないか細い声で、サヤは答えた。


「わたし、、、頑張ったから、、、あの子を、、、、頼むね、、、、。」


そう言うとサヤは少しだけ首を動かし、視線と共に右方に向けた。俺も一緒にその方向に目線をやる。気が付かなかった。そこには真っ白な毛布で体を包まれ、じっと目をつむった赤子がいた。先ほど生まれたばかりであろう。真っ赤な顔から、さっきまでうんと泣いていたのをなんとなく察する。


「あの子が、、、」


俺は思わずつぶやいた。感動というより、不思議な気持ちになる。あの子がもしかして俺たちの子供なのか。さっきここで別の母親が生んだ子供なんじゃないのか。いまいち現実味がなく、自分たちの子供だという実感はわかなかった。


「よく頑張っ、、、」


俺がねぎらう言葉をかけながら視線を戻すと、サヤの細めた目がゆっくりと閉じていく。


「おい、、サヤ?サヤ!」


俺は必死に声をかけるも、もうほとんどサヤの目は開いていなかった。手を握る力がゆっくりと弱まっていく。


嘘だろ、、これからじゃないか。目を開けてくれ!おい、頼む、、!


俺は慌てて周りを見渡す。狭く古びた部屋だ。どの設備もかなり古さを感じるものだ。そして、俺の後ろに心配そうな顔を浮かべる一人の男の医師と、助産師だろう三人の女がいた。


「なにしてるんだ!サヤの意識が危ないんだ!なんとかしてくれ!」

「ああ、、そ、その、、」


医師だろう男は、なにか言いたげにそうにも言葉を詰まらせ、ただただ頼りがいのない顔を浮かべていた。


クソッ!


俺はすっかり力の入っていないサヤの手を、自分のパワーを送るかのように再び強く握りなおす。それが伝わったのか、サヤの目が少しだけ開き、俺をたしかに見つめ、口を動かした。


「い、、まま、で、、」


「言うな!なにも言うな!」


俺は次に出てくる言葉を恐れ、思わずサヤにそう怒鳴る。


開いたままの口を震わせ、サヤはそのまま少し声を止めた。


そこで視界が急にぼやけた。俺はすばやく瞬きをし、そのぼかしを取り除く。手の上に雫が落ちる。なんだこれは。すぐにまたぼやけた視界を元に戻すため、今度は腕で目をこすり、サヤに視線を戻す。サヤは微笑んで口を動かした。


「     」


俺はとたん、なにも聞こえなくなった。気づくと俺はその場に崩れ落ちていた。この先忘れることはないだろう、その時見たサヤの顔はいつにもまして穏やかで、朗らかで、そしてこの世のなによりも美しかった。





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