(二)落下

「!」

 投げだされた身体をひるがえして、ソウはとっさに岩肌からとびでた木の枝をつかんだ。女性の手首ほどの枝がしなって、一瞬。落下速度がゆるやかになったと思うのもつかの間、大きく弧をえがく枝がミシミシと裂けて、すぐに折れてしまう。わずかな時間、速度をとどめたていどでは、気休めもいいところだ。

「くそったれ……!」

 枝を投げ捨てて、岩肌に手を伸ばす。しかし、落下速度に対して自分の体重を支えきれない。手のひらが激しく擦れて、裂傷が血をこぼす。今度は背中の曲刀を抜いて、つき立てる。血がにじむ手のひらの痛みを奥歯で噛み殺す。痛がっている余裕も、泣きごとを言っている時間もなかった。

「止まれぇぇぇぇええ!」

 ガキキキキ、と不快な激しい音と共に火花が散った。瞬間。まるで拒まれるかのように曲刀が硬く突出した岩にぶつかり、その衝撃で弾かれると同時に、手のひらににじんだ血で持ち手がすべって、曲刀はあっけなく手からこぼれた。


(しくじった)


 怪我をするまえに武器を握っていれば、すべって手から離れることはなかったかもしれない。武器もろとも、ソウが落下してゆく先は、真っ白な枝葉を伸ばした死の森だ。それは見るまに迫り、後悔を重ねるひまもなく眼前を大きく覆いつくす。目を見ひらいたまま、ソウはどうにか手立てを探した。せめて、少しでも衝撃を逃がせる場所に。ただの怪我では済まないかもしれないが、それでも、黒影たちが来るまでのあいだ、生きのびることができるように――――。


――絶望をつきつけられる、とはこういうことを言うのだろう。


 がっ、と鈍い衝撃が背中を打った。それがなにかはわからなかった。通りすぎた白色があったから、飛行型の魔種が、ぶつかってきたのだろう。

 それ自体は、眼前に迫る現状に比べればそれほど問題ではなかった。

 問題は、その衝撃で落下先が大きく変わってしまったことだ。

 枯れ折れた木の幹は、鋭利な棘を伸ばすように地面から無数に突きだして鎮座している。身体を返して逃れる時間も、どうにかできるような手立ても、ここにはない。


(これは――――)


 ド、と鈍い音が、身体の中で響いた。

 暗転。

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