対岸



「んーーー、おいしょーーー!!」


 絞り出すような掛け声のあと、燃え盛る炎が発火する。

 対象を焼き尽くす炎は、ボゥッと瞬間的に勢いを増して、力を使い尽くしたかのように掻き消えた。後に残ったのは、程よく火の通った焼き魚だ。


「うし!出来たぞ。ガキども!」


 怜——レイの声に、四人の少年が集まってくる。


「うぉーーすっげぇえ!!」

「魔法で一発だ!!」

「どうやったの?ねぇどうやったの!?」

「味付けは塩でいい?」


 少年たちからの称賛を浴びて、気持ちよくなったレイは、得意げな顔で胸を張る。


「すげぇだろすげぇだろ!俺にかかればこんなもん一発よ!」

「兄ちゃんすげえ!」

「魔法ってすげえ!」

「炎ってすげえ!」

「塩ってすげえ!」


 ひとしきり称賛を楽しんだレイは、少年たちと焼き魚の前に座りこんだ。


「おーし、それじゃあ食うぞ!こんな大物滅多にお目にかかれねぇ。ガキども、かかれ!」


 号令と同時に、焼き魚を貪り始めた少年たちとレイ。場所は、皇国北部から中部にかけて流れる川沿いである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 皇聖隊の面々と別れてから、レイは一人で皇都を目指した。元よりそのつもりであった道中だが、皇国の気候は想像していたより厳しいものだった。


 未だ寒さは厳しく、ワーズ村を発ってから吹雪に見舞われるような日さえあった。凍結した路面はレイの足を滑らせては後頭部を地面に打ちつけ、積もった雪に足を取られては顔面を地面に強打した。


 怒り狂ったレイが炎を撒き散らしながら爆進し続けた旅は、度重なる迷子により、想定よりも時間を費やした。


 山を越えては炊き出しの世話になり、雪に耐えては炊き出しの世話になり、川を渡っては炊き出しの世話になり、村を出発して一月と少し経った頃、澄んだ水の流れる清流へと抜けた。

 川では飲み水を汲んでいるものや魚を釣り上げるものなど、各々が自然の恩恵にあずかっていた。


 この川は皇国中部を流れる清流であると、釣り人は言う。皇都を目指していることを伝えると、このまま上流に向かっていけば、皇都付近に到着すると教えてくれた。


 流れに逆らうように上流へと上っていく途中、レイは川沿いの村へと立ち寄った。


 清流がもたらす豊かな自然の実りに囲まれた村は、皇都と付近の街を繋ぐ中間に位置しているといい、旅人のレイを快く迎えてくれた。


 村の空き家を一つ貸してもらい、日中は採集や釣りを手伝い、夜は村の家々に暖の用意で回る。意図せず手に入れたのどかな生活を楽しんでいた。


「平和だなぁ」


 焼き魚を食べ尽くし、膨れたお腹を摩りながら気の抜けた声をだす。この世界に戻ってきてから慌しかった日々は嘘のように穏やかな一日を過ごしていた。


「もうこの村に定住しちまうかな」


 本気で口にしたわけではない。ただそれもありかなと、臆病な高橋怜が顔を出す。


「兄ちゃん村に住むのか!?皇都に行くんじゃねぇの?」

「村に住んだら魔法教えて!」

「炎出すやつ教えて!」

「塩!」


 村の子どもたちは歓迎してくれるらしい。前の世界において、兄の子どもと同年代くらいの少年たちに慕われている気分は悪いものではなかった。


「……言ってみただけだ。明日になったら皇都に向かう商人が来る予定みてぇだからな。そいつらと一緒に皇都まで向かうさ」


 がっかりしたような様子の子どもたちに、レイは笑う。


(子どもは分かりやすくていいよな。こうも素直に感情を表現できたら人生生きやすいだろうな)


 ふと脳裏に、ボンボルの顔が浮かぶ。裏表のなさそうな、快活な笑顔を浮かべた姿が。


(あいつも、分かりやすいやつだったけどな)


 もはや懐かしい思い出を胸にしまい立ち上がる。清らかな川に手を沈めると、手先から凍えるような冷たさを感じた。


(……それにしても、皇国ってのはもっと戦争の傷跡みたいなものが残ってるだと思ってたんだけどな)


 レイが皇国で立ち寄った街や村は、クロトヴァと変わりなく人々は忙しなく働き、悲惨な戦争の影響を受けているようには見えなかった。

 戦後の国というものがどのような様相を成しているかはレイには分からない。イスティフとしても高橋怜としても、戦後間もない国で生活した記憶などない。


(リアは、村にも被害が出たって言ってたけどな)


 腰をあげ、対岸の岸に目を移す。そこには、リアとともに街道で目にしたものと同じような、大きな穴が地面に掘られていた。


(てっきりこれが戦争の傷跡ってやつかと思ってたけど、違うみてぇだな。村人に聞いても朝起きたらいきなり出来てたって言うし、なんの穴なんだ?——木偶の坊に聞いたら、知ってたのかもしれねぇな)


 謎の穴に疑問を感じるも、現時点で確かめる術はない。一見平和に見える村でも、対岸を挟んだ向こう岸まで危険が迫っている。そんな想像が浮かびあがり、レイは唇を噛み締める。


「兄ちゃん、どうした?」


 横から少年の一人に声をかけられる。きょとんとした顔で不思議そうにこちらを見つめている。


「……なんでもねぇよ。そろそろ帰るか。あんまり遅いと母ちゃんに怒られるぞ」

「やっべ!それだけは勘弁!——みんなー!そろそろ帰るってよ!」


 思い思いに川遊び興じていた少年たちが一斉に帰宅の準備を始める。前の世界の子供たちと変わらない光景に、懐かしさを感じた。


(母ちゃんが恐えぇのはどこの世界でも一緒だな)


 支度を済ませた少年たちと、村の方へ歩き始める。最後に振り返ると、もう一度対岸の穴を見つめる。


(……見えていないだけ。前に起こったとかいう戦争で、皇国も小さくはない傷を負ったはず)


 主戦場になったのは皇国南西の地域だという。中部に位置するこの村一帯では、大きな影響を受けなかったようだ。


(皇国は、対岸の脅威に怯えている)


 皇国の事を詳しくは知らない。ただレイはそんな予感を感じつつ、村への帰途へついた。

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